第31話 異世界で、王様に呼び出されたんだが
翌朝――村の鐘よりも早く、王都からの使者がやってきた。
現れたのは、国王直属・王都封印局の精鋭たち。
そして、その先頭に立つのは――セラフィナ・ローデン隊長。
エルフェリアさんとの面会を終えたセラフィナ隊長は、その足で僕たちの宿までやってきた。
……そのころの僕はというと、夜明けになってようやく浅い眠りへ落ちたばかり。
三匹だけが、気持ちよさそうに夢の中である。
「タロウさん。先日は世話になった」
寝台から身を起こした僕が髪を手ぐしで整える間も、セラフィナ隊長は扉の前でかっちり背筋を伸ばしていた。
「こちらこそ。それで、今日は?」
僕が空いている椅子を勧めると、彼女は首を横に振り、懐から一通の封書を取り出した。
「王都封印局からの要請だ。王都へ来てほしい。国王陛下との拝謁になる」
赤い封蝋の押された封書を両手で差し出しながら、セラフィナ隊長はわずかに眉を寄せた。
「ただし、詳しい用件は私も知らない」
差し出された召喚状には、僕の名とともに、ギンたちの正体――「神獣・銀霜猫王」「精霊獣・カーバンクル」「魔獣瘴気狼・グリムウル」――が記されていた。
けれど、僕の目を釘づけにしたのは肩書きではない。召喚状の末尾。そこに、ありえない一文があった。
――『四つの魂の帰還を確認した』。
召喚状を見つめる僕に、エルフェリア村長がそっと手を添え、静かな声で言った。
「王都ハイランドは、私の故郷でもあります。とても美しい都ですよ」
エルフェリアさんは窓の向こうへ目を向け、遠い景色をたどるようにまぶたを細めた。
「国王陛下は慈愛深く、自然への祈りと、その恩寵たる力を尊ばれるお方です。きっと今回の瘴気撃退を喜び、タロウさんたちや神獣様、瘴気核から生まれた精霊獣にお会いになりたいのでしょう」
柔らかな声には、故郷への懐かしさと、王への敬意がにじんでいた。
――そういえば、エルフェリアさんは王族だと聞いたな。
ハイエルフであり、高位の魔法使い。この世界の“魔法”は、自然への祈りに大いなる力が応えるもの――異世界の超能力であり、まさに神の恩寵だ。
その事実を思い出した途端、胸の奥が小さくざわついた。
けれど、今それを口にするのは違う気がして、僕は問いをそっと飲み込む。
彼女の故郷の話を聞けるのは嬉しい。
でも、王族として背負っているものに踏み込むのは、まだ早い。
そんな僕の迷いを知ってか知らずか、エルフェリアさんは穏やかに微笑んでいた。
その笑みに背中を押され、胸のざわめきが少しだけ静まる。
「ところで、“四つの魂の帰還”とは、いったい何のことでしょうか?」
召喚状を指先で軽く叩く。エルフェリアさんは一度だけ文字へ目を落とし、困ったように首を振った。
「それは、私にも分かりません。ただ、タロウさんと神獣様たちには、何か特別な使命があるのかもしれません」
王都はこの国の中心であり、封印局の本部も王城のすぐそばにあるという。
異世界の王に会える。普通なら、もっと浮かれていい話だ。なのに胸へ重く沈んだのは、『四つの魂の帰還』という言葉だった。僕と三匹のことだとしても――なぜ、“復活”ではなく“帰還”なんだ?
引っかかる。ものすごく引っかかる。けれど、ここで頭を抱えていても答えは降ってこない。エルフェリアさんに背中を押され、僕はギン、ゲン、ポンタとともに王都ハイランドへ向かうことを決めた。
セラフィナ隊長によると、途中でレノルに立ち寄り、カイとリーネにも合流してもらうらしい。
レノルは北と東の街道が交わる町で、王都を目指す旅人や荷馬車が集まる。先日の瘴気騒ぎで道は傷み、魔物もまだ落ち着いていない。そこで、土地勘のある二人に道案内と護衛を頼んだのだという。
カイなら危険な場所を把握しているだろうし、リーネには精霊獣や瘴気の知識がある。
顔なじみが一緒だと分かり、僕はほっと肩の力を抜いた。
話がまとまった――そのはずだった。ところが次の瞬間、セラフィナ隊長とユーディアさんの視線が、そろって僕の足元へ吸い寄せられる。そこには三匹のモフモフ。久々の再会を前に、二人の凛々しい顔が見る見るうちに崩れていった。
「任務中だ。節度を保て、ユーディア」
きりっと言い放つセラフィナ隊長。なお、その手はすでにギンの銀色モフモフへ伸びている。
それを見逃すユーディアさんではない。
「隊長こそ」
頬を膨らませたユーディアさんが、すかさずポンタの前へ。
ポンタは撫でられる気満々で胸を張り、ゲンだけは僕の後ろへ半歩下がった。
一方のギンは、ため息でもつきそうな顔で尻尾をひと振り。
それを許可と受け取ったセラフィナ隊長は、とうとう両手で首回りの毛を抱え込み、そのまま顔を埋めた。
「ふぁ……これは、反則だろう……!」
銀毛へ頬を押しつけたまま、口元をだらしなく緩めている。
「ずるいです、隊長! ポンタさん、私にも! その胸のふわふわを、ぜひ!」
ユーディアさんがしゃがみ込むと、ポンタは待ってましたとばかりに前脚をその膝へ乗せた。途端に彼女は「わあっ、ふかふかです! 隊長、ここ、ここが最高です!」と子供のように声を弾ませ、夢中で首元を撫で回す。
「ギン様のほうが上だ」「いいえ、ポンタさんも負けていません!」
いつしか二人は頬をゆるませ、モフモフへ顔をうずめては笑い、撫でては歓声を上げている。
部下たちが遠巻きに目をそらす中、王都封印局の威厳は、三匹の毛並みの中へきれいさっぱり消えていった。
出発したのは、その翌朝だった。レノルでカイとリーネに合流し、傷んだ街道を北へ進むこと数日。セラフィナ隊長たちに護衛されながら幾つもの丘を越えた先で、僕らの行く手に白い城壁と高い塔が姿を現した。




