↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕が死んだ夜、猫は「ごあん」と鳴いた ~銀色の相棒と異世界を歩く~  作者: 浮島太郎
"ごあん"で始まる冒険者生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/68

第20話 銀猫さん、モフモフは許可制に

次に入ってきたのは、新人魔法使いのリーネ。

水色の髪をきっちり束ね、外套の裾には新しい焦げ跡。

真面目そうな顔と、服の被害状況が微妙に噛み合っていない。


「魔法学校レノル校、今年度卒業。リーネ・フィオレットです。火術と風術の基礎課程を修了しました。細かい制御は……目下、改善中です。焦げ跡は努力の痕跡です!」


そこでギンの鼻先が、ぴたりとリーネの腰袋で止まった。

ふん。ふんふん。神獣の鼻が、腰袋の縫い目を真剣に追う。

リーネの肩は、びく、びく、と妙なリズムで跳ねた。


「ひゃっ……ふ、ふにゃっ!?」


会議室に、魔法学校の卒業生らしからぬ声が響いた。

どうやら鼻息が外套越しに脇腹へ当たっているらしい。

面接開始早々、弱点が発見された。


リーネは両手で腰袋を押さえ、耳まで真っ赤にして固まる。

「い、今のは違います。ち、違うんです」


カイはすぐさま口元を押さえたが、肩を震わせている。

「うん。ちょっと珍しい声だなとは思ったけど」


「忘れてください」


ギンはまったく悪びれない。

ふん、ふん、と真剣な顔で匂いを確かめ続けている。


――おにく。


どうやら狙いは、リーネの腰袋の中にある干し肉のようだ。


カイは笑いを引っ込めた。

「それと、今ので分かった。驚いても杖は落としてない。視線も戻せてる」


「そこを見ていたんですか」

「斥候だからね。笑うだけなら、ただの野次馬だ」


「……褒めていますか」

「褒めてる。からかった分も、ちゃんと見てる」



騒動が収まると、リーネは杖先に小さな火を灯した。

風を添えようとした瞬間、炎が横へ跳ね、外套の裾をかすめる。


ぱしん、

とギンの前脚が机を叩いた。


――こげ、ふえる。だめ。

「焦げ跡が増えるから駄目だそうです」


「ごもっともです!」

「でも、火はすぐ消した」カイが言う。「反応は速いよ」


リーネは今度こそ、風だけを細く絞った。

ギンの頬毛だけが、ふわりと揺れる。


「涼しくて良いそうです」


「風、乱れてない。いい制御だ」


ここで終われば、きれいに面接を終えられた。

そう、ここで終われば。


しかし、風に揺れたギンの頬毛がいけなかった。

銀糸みたいにふわりと広がり、すぐ元に戻る。

柔らかそう。あまりにも柔らかそう。

リーネの視線は杖先から頬毛へ、頬毛から前脚へ、そして胸元のもっふりした毛並みへ、吸い込まれるように移っていった。


「リーネさん?」

僕が声をかけると、彼女ははっと肩を震わせた。


「だって、モフモフなんだもん……」

銀色の毛並みに負けた新人魔法使いの、あまりにも正直な敗北宣言だった。


ギンはリーネをじっと見上げた。

金色の瞳がすっと細くなる。怒ってはいない。

リーネは杖を胸に抱えたまま、なぜか面接本番より真剣な顔で一歩前に出た。

「もう無理です」


「何が?」


「そのモフモフです。我慢できません。今すぐ触らせてください」


「直球だな」カイが笑う。


「はい。もう理屈では抑えられません。モフモフが目の前にあります」


「そこまで言い切る?」


「お願いします。三秒でもいいです。だから今、触らせてください」


――さんびょう。


ギンが短く許可を出した。僕が訳すより早く、リーネの顔がぱっと輝く。


リーネは深呼吸した。杖を脇に挟み、右手をそっと上げる。

戦闘前より慎重な手つきだった。

指先が、ギンの頬毛に触れた。

「…………」


リーネが固まった。

「リーネさん?」


リーネは手のひらを添えた。

「……モフ」


ふわっ。沈んで、戻って、また沈む。

「モフモフ……」


頬がゆるむ。目がとろんと細くなる。

「リーネさん、帰ってきてください」


表情は完全に負けていた。

 「無理です。ここが帰る場所です」


彼女は指先で頬毛をそっと梳いた。銀色の毛が指の間からこぼれ、すぐにふくらむ。

「すごいです……許してくれます。包んでくれます」


「リーネちゃん、残り一秒」

リーネは名残を刻み込むように、ゆっくり、ゆっくり頬毛を撫でた。


三秒きっかりで、ギンの尾がぴしりと床を叩いた。

「……モフモフは、短すぎます」


リーネは名残惜しそうに手を離した。


「奇跡です。癒しです。指先が沈んだ瞬間、心も体も蕩けました。

ギン様のモフモフは、私には毎日必要です。できれば朝昼晩で」


――ごうかく。

――もふは、きょかせい。


ギンの判定は、いつだって短い。

「ええと、ギンは二人とも合格だと言っています。

モフモフは許可制にする、だそうです」


「俺は異論なし。銀猫様の背中を追えるなら面白い。報酬の匂いもするし」

カイが笑う。

「私も参加します」

リーネは頷いた。


――よい。

ギンが満足げに目を細める。


面接は、これでようやく終わった。

問題は、この妙な条件つきの仮パーティーに、どんな初仕事を任せるかだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。