第20話 銀猫さん、モフモフは許可制に
次に入ってきたのは、新人魔法使いのリーネ。
水色の髪をきっちり束ね、外套の裾には新しい焦げ跡。
真面目そうな顔と、服の被害状況が微妙に噛み合っていない。
「魔法学校レノル校、今年度卒業。リーネ・フィオレットです。火術と風術の基礎課程を修了しました。細かい制御は……目下、改善中です。焦げ跡は努力の痕跡です!」
そこでギンの鼻先が、ぴたりとリーネの腰袋で止まった。
ふん。ふんふん。神獣の鼻が、腰袋の縫い目を真剣に追う。
リーネの肩は、びく、びく、と妙なリズムで跳ねた。
「ひゃっ……ふ、ふにゃっ!?」
会議室に、魔法学校の卒業生らしからぬ声が響いた。
どうやら鼻息が外套越しに脇腹へ当たっているらしい。
面接開始早々、弱点が発見された。
リーネは両手で腰袋を押さえ、耳まで真っ赤にして固まる。
「い、今のは違います。ち、違うんです」
カイはすぐさま口元を押さえたが、肩を震わせている。
「うん。ちょっと珍しい声だなとは思ったけど」
「忘れてください」
ギンはまったく悪びれない。
ふん、ふん、と真剣な顔で匂いを確かめ続けている。
――おにく。
どうやら狙いは、リーネの腰袋の中にある干し肉のようだ。
カイは笑いを引っ込めた。
「それと、今ので分かった。驚いても杖は落としてない。視線も戻せてる」
「そこを見ていたんですか」
「斥候だからね。笑うだけなら、ただの野次馬だ」
「……褒めていますか」
「褒めてる。からかった分も、ちゃんと見てる」
騒動が収まると、リーネは杖先に小さな火を灯した。
風を添えようとした瞬間、炎が横へ跳ね、外套の裾をかすめる。
ぱしん、
とギンの前脚が机を叩いた。
――こげ、ふえる。だめ。
「焦げ跡が増えるから駄目だそうです」
「ごもっともです!」
「でも、火はすぐ消した」カイが言う。「反応は速いよ」
リーネは今度こそ、風だけを細く絞った。
ギンの頬毛だけが、ふわりと揺れる。
「涼しくて良いそうです」
「風、乱れてない。いい制御だ」
ここで終われば、きれいに面接を終えられた。
そう、ここで終われば。
しかし、風に揺れたギンの頬毛がいけなかった。
銀糸みたいにふわりと広がり、すぐ元に戻る。
柔らかそう。あまりにも柔らかそう。
リーネの視線は杖先から頬毛へ、頬毛から前脚へ、そして胸元のもっふりした毛並みへ、吸い込まれるように移っていった。
「リーネさん?」
僕が声をかけると、彼女ははっと肩を震わせた。
「だって、モフモフなんだもん……」
銀色の毛並みに負けた新人魔法使いの、あまりにも正直な敗北宣言だった。
ギンはリーネをじっと見上げた。
金色の瞳がすっと細くなる。怒ってはいない。
リーネは杖を胸に抱えたまま、なぜか面接本番より真剣な顔で一歩前に出た。
「もう無理です」
「何が?」
「そのモフモフです。我慢できません。今すぐ触らせてください」
「直球だな」カイが笑う。
「はい。もう理屈では抑えられません。モフモフが目の前にあります」
「そこまで言い切る?」
「お願いします。三秒でもいいです。だから今、触らせてください」
――さんびょう。
ギンが短く許可を出した。僕が訳すより早く、リーネの顔がぱっと輝く。
リーネは深呼吸した。杖を脇に挟み、右手をそっと上げる。
戦闘前より慎重な手つきだった。
指先が、ギンの頬毛に触れた。
「…………」
リーネが固まった。
「リーネさん?」
リーネは手のひらを添えた。
「……モフ」
ふわっ。沈んで、戻って、また沈む。
「モフモフ……」
頬がゆるむ。目がとろんと細くなる。
「リーネさん、帰ってきてください」
表情は完全に負けていた。
「無理です。ここが帰る場所です」
彼女は指先で頬毛をそっと梳いた。銀色の毛が指の間からこぼれ、すぐにふくらむ。
「すごいです……許してくれます。包んでくれます」
「リーネちゃん、残り一秒」
リーネは名残を刻み込むように、ゆっくり、ゆっくり頬毛を撫でた。
三秒きっかりで、ギンの尾がぴしりと床を叩いた。
「……モフモフは、短すぎます」
リーネは名残惜しそうに手を離した。
「奇跡です。癒しです。指先が沈んだ瞬間、心も体も蕩けました。
ギン様のモフモフは、私には毎日必要です。できれば朝昼晩で」
――ごうかく。
――もふは、きょかせい。
ギンの判定は、いつだって短い。
「ええと、ギンは二人とも合格だと言っています。
モフモフは許可制にする、だそうです」
「俺は異論なし。銀猫様の背中を追えるなら面白い。報酬の匂いもするし」
カイが笑う。
「私も参加します」
リーネは頷いた。
――よい。
ギンが満足げに目を細める。
面接は、これでようやく終わった。
問題は、この妙な条件つきの仮パーティーに、どんな初仕事を任せるかだった。




