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春を蒔く  作者: ねるね
麦ふみ
9/10

短い便り

 セドリックとの再会は、ベアトリスが思っていたようなものではなかった。

 ではどのような再会ならば良かったのかと問われても、これといった答えはない。しかし少なくとも、意地になって睨み合い、腹の虫を鳴かせ、逃げ帰る。そのどれでもないことは確かだ。



 グラニエール領都で一泊して商隊と落ち合ったベアトリスは、客車に乗せてもらうことにした。


「よお、嬢ちゃん。帰りはこっちに乗るのか」


 声をかけてきたのは商隊の護衛だ。


「なんだい、ずいぶんといいマントを着てるじゃないか。さては嬢ちゃんの麦と交換してきたのか?」


 護衛がマントに触れようとするのをひらりとかわす。


「いいえ、これはきっとすごく価値があるものです。引き換えるにはあれよりもっとたくさんの麦がいるわ」


「そうか? 南部の収穫したての麦なんざ、北の連中にとっちゃ金の粒も同然だぜ。辺境伯様のところでも良い値で売れたようだしな」


 護衛が指し示す先では、商隊の長が見るからに機嫌の良さそうな顔をしていた。


「南の麦って、そんなに良い物なんですか?」


「そりゃあ段違いさ。北部の麦は安いが、南の美味さを知ったら多少無理してもそっちを食いたくなっちまうだろうよ」



 ベアトリスは衝撃を受けた。

 北の麦なら安く買えるものを、自分が麦を持ち込んだせいで、セドリックに余計なお金を使わせてしまったのだ。

 美味しい麦を食べてもらいたい。ただそれだけの思いが彼に負担を強いてしまうなんて、そんなことは不本意もいいところだ。


 ベアトリスはマントをきゅっと握りしめた。


(これは、少しばかり考えないといけないわね)




 バーレイ領に戻ると、また畑作りに勤しむ。

 屋敷の裏、自身の畑のさらに奥にある雑木林のきわに目をつけた。そこは薪拾いのために下草が刈り取られ、ぽっかりと地面が露出した場所だった。踏み固められていないせいか、クワは思ったよりもすんなりと入る。


 単調な作業を繰り返しながら、ベアトリスは空を仰ぎ見る。

 南部らしからぬ弱い日差し。ここなら少しはあちらに似ているだろうか。


 二週間ほどが経ち、やっとそれらしくなった畑に、ベアトリスは拳を突き出した。


「北でも育てられる美味しい麦を作ってみせるわ!」



 蒔いた種は、木陰でも意外とすくすく芽を出した。

 特別なことは何もしない。北部の厳しい自然に太刀打ちするには、根拠はないが甘やかしてはいけないと思った。

 ヒョロリと頼りない穂が出たが、肥料の追加はせずに見守る。

 収穫した麦は見慣れたものよりも軽くて、薄い色をしていた。

 それでも食べると柔らかく、繊細な味わいがある。


「あら、美味しいじゃない」


 たまたま近くにいた姉にも好評だった。


 ベアトリスはこの麦を「ベ02号」と名付け、北部へ送った。


『セドリック・グラニエール様

 日陰で育った麦を送ります。そちらの畑で蒔いてみてください。

 ベアトリス・バーレイより』


 ベ02号が北部で育てば言うことはないが、慎重派ベアトリスはここで終わりになどしない。


(次は、あそこだ)



 ベアトリスは屋敷の裏山を目指した。

 山頂近くから農夫たちがちょこちょこ動くのを見下ろしていると、少し肌寒い。

「これよ、これ。こんな感じだったわ」

 ぶるりと震えて孤独な作業を始めた。


 山の作業小屋のまわりで草むしりをする。なぜか山をうろついていたトムに石を掘り起こさせて、開墾は早々に完了した。

 この畑は、少し厄介だった。

 風のせいで土が乾き、夜の冷えが生育を遅らせた。


「北部の夜もこんなに寒いのかしら……」


 しかし苦労の甲斐あって、小粒ながら噛みしめるほどに甘さがにじむ麦になった。



 この畑で穫れた「ベ03号」を、グラニエールへと送る。


『セドリック・グラニエール様

 寒い場所の麦です。北部で育つでしょうか?

 ベアトリス・バーレイより』




 しかし順調に思えた「バーレイ領に北部を作ろう計画」は、翌年に大きく崩れた。


 南部を襲った日照りによって、畑の土はひび割れ、若い芽はことごとく枯れていった。

 収穫量は激減し、すべての農家は悲嘆しながら蓄えを削った。


 ベアトリスの畑も例外ではなく、ベ01号から03号まで、すべてが無残に力尽きた。

 自然は、思うよりもずっとずっと容赦がないと思い知る。


 グラニエールへは、便りは送れなかった。




『ベアトリス・バーレイ殿

 もらった麦は北部には根付かなかった。残念だ。領で育つようになった芋を送る。

 セドリック・グラニエール』



 ベアトリスが送った麦を、彼は蒔いてくれていた。結果が残念でも、その事実がベアトリスのしおれかけた心に水を与えた。


 北の厳しい暮らしのなか送ってくれたであろう芋を、ベアトリスは家族で大切に食べた。

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