学びの意味
ベアトリスが落第回避の感想文をどうにか自力で書き上げたのは数日前のことだ。
提出すると教師はさっと目を通し、「よろしい」と厳めしく頷いた。
しかしほっとしたのもつかの間、続けて次の課題が言い渡された。
それは算術の問題集と、歴史年表の作成だった。
詐欺だ。危うく叫びそうになった。
次の休日、理不尽な課題をこなすために図書館に行くと、ロビーでセドリックに声をかけられた。
保存食の礼として勉強を見てやると言われ、自習室の四人がけの卓を二人と大きなカバンで占領する事態となってしまった。
そして今。
意味もなくペンを持ち替えたり、出入りする人の気配に振り向いたりと、ベアトリスは野ネズミのような落ち着かなさを発揮している。
これではいけないと思い背筋を伸ばして顔をきりっとさせるが、当然彼はすでにこちらの様子に気づいていた。
「集中できないなら終わりにするが」
淡々とした声に、ベアトリスの肩がきゅうと縮こまる。
「算術以外が良かったか?」
セドリックの呆れ気味の問いかけに、ベアトリスは首を横に振った。勉強なんて嫌いか苦手の二択だ。『良い』科目などない。
「算術ならセドリックさんに答えを教えてもらえるかなーなんて思ったんですけど……」
口から滑り出た本音をセドリックは聞き逃さなかった。
白皙の美貌が発する睨みはあまりに恐ろしく、ベアトリスはさらに肩をすくませる。
「す、すみません……」
はあ、とひとつため息を落としてセドリックは諭すような表情になった。
「答えだけを知って、それで君はどうなる? やり方を覚えないと、次の試験でまた手も足も出ないままだぞ」
ベアトリスは唇を噛んだ。彼の言うことは正論すぎていつもみたいな口答えなど浮かびすらしない。
ようやく覚悟を決めて腰を落ち着け、固くペンを握りしめた。
先ほど聞いたとおりに自分で式を組み立ててみる。学校で習った公式よりも、セドリックが順序立てて教えてくれるやり方のほうがわかりやすく思えた。
やがてベアトリスはペンを置き、ノートをセドリックに差し出した。
「できました!」
そのページは、何度も書き間違えてもはや真っ黒になっていた。けれどそのなかからすぐに解答を見つけ出したセドリックは短く答える。
「正解だ」
彼のその言葉にベアトリスは喜んだ。のだが──
「次はこの問題をやってみるといい。今やったものより難しいだろうが、理論をわかっていれば解けるはずだ」
セドリック自作の難問を提示され、ベアトリスは絶望した。詐欺だ。
かくも厳しいセドリックの個人授業がベアトリスの算術嫌いを加速させたかといえばそうではなく、意外にも学ぶ楽しさに目覚めつつあった。
算術を知れば収穫量の増加につなげられる。商人に安く買い叩かれることも防げる。領地経営に携わる者なら当然知っているべきことだが、のびのびと育ったベアトリスはこのとき初めて勉学の意味に触れたのだった。
一区切りがつき、休憩しながら新たに取り寄せた保存食を食べる。セドリックは今日は手で割りながら食べることにしたようだ。
「セドリックさんてめちゃくちゃ頭いいですよね。将来は学者さんか教師になるんですか?」
ふと口をついて出たベアトリスの問いに、セドリックはわずかに動きを止めた。
「いや、領地に帰る。一つでも多くの知識を持ち帰って、期待に報いるために学んでいる」
飾り気のない言葉に迷いはない。そのためだけに学びを重ねてきたとわかる、確固たる口調だった。
(帰っちゃうんだ。岩とか呼んでこない男の子、初めてだったのにな)
ベアトリスは胸のなかにすきま風が吹いたような心地がした。
「セドリックさん、ありがとうございました。おかげさまで算術はなんとかなりました。これで栄養つけて頑張ってくださいね」
別れ際、ベアトリスはまた保存食をセドリックに押しつけた。
『またこれか』そんなふうに言われたらと思うと怖くなって、彼の返事も聞かずに慌てて去った。
残されたセドリックはしばらく手渡された袋を眺めていたが、やがて頭をかきながら、ため息とともにぼやきを吐き出した。
「また『礼』が要るじゃないか」
その顔には、苦笑が浮かんでいた。
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