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春を蒔く  作者: ねるね
ひとつぶの種
2/7

白皙の青年

「あなた、ご自分がセドリック様に相応しいと思っていますの?」


 ベアトリスが図書館に向かうために寄宿舎から出たところで、可愛らしい声に呼び止められた。

 振り向くとそこには、少しのつり目が愛らしい気の強そうな少女がいた。


(家の猫にそっくりだ。リリィ元気かな)


 ベアトリスが郷里の飼い猫に思いを馳せている間にも、目の前の少女はにゃあにゃあならぬキャンキャンと小言を繰り出している。

 ベアトリスに向かって毛を逆立てているところも飼い猫にそっくりで、ついいつもの調子で接してしまった。


「おーよしよし。リリィは怒ってても可愛いねえ」


 気づけばベアトリスはそんなことを言いながら、少女の頭を撫でていた。


 ──バシンッ


 だから顔を真っ赤にした少女に手をはたき落とされても、怒りの言葉をぶつけられても、仕方ないことだ。


「何よ気持ち悪い! 田舎者が気安く触れないでちょうだい!」


 ぼさぼさの頭を押さえながら走り去る少女を眺めて、ベアトリスはつぶやいた。


「あは。気持ち悪い、は初めて言われたなあ」


 熊、かべ、おとこ女、邪魔。色々な言葉を投げつけられてきたベアトリスだって、傷つかないわけではない。




 気持ちを切り替えて図書館に向かう。静かに、慎重にと足を進めているうちに、いつの間にか心は落ち着いていた。



 いつもの席、壁際の青年の向かい側。気づけばそこがベアトリスの定位置になっていた。

 ベアトリスがそろりと椅子を引くと、青年はちらりと目を上げた。こちらの姿を認めるとほんの少しだけゆるむ目もと。それを見るのがベアトリスの密かな楽しみだ。


 ところが、今日の彼はいつもほどにその表情を動かさなかった。

 不思議に思い、じっと見つめていると、いつもよりもページをめくる手が遅いことに気づく。ノートに書き込みをする頻度も少なく、明らかに精彩を欠いていた。


 ツン、と足先で突いてみる。

 彼は気だるげに目を上げてベアトリスを見るが、その顔色はガチョウの羽より白かった。


 がたりと音を立てて回り込み、「少し出ましょう」と言って青年を立ち上がらせる。



 肩を貸した彼はあまりにも軽かった。


「ちゃんとご飯食べていますか!?」


 ベアトリスの剣幕に圧倒されたようにのけぞって、青年はゆるく頭を振った。



 ロビーでバーレイ家特製の茶を飲み落ち着いた彼は、自身をセドリック・グラニエールと名乗った。


「地方から来たのなら知らないかもしれないが、うちはいささかつましい生活をしている。軽いのはそのせいだ。他人の君に迷惑をかけて申し訳ない」


 ベアトリスの二歳上、齢十八だとは思えないほどに、その口調は老成していた。


「休日の寮の食事は実費でね。恥ずかしながらそれを払えないことも多い。だがここで没頭していれば気も紛れる。問題ない」


 まだいくらか気だるそうにしながら立ち上がろうとするセドリックを、ベアトリスは押しとどめた。


「問題ありすぎですよ、セドリックさん。そんな状態、見過ごせません」


 セドリックを支えながらもう片方の腕でカバンをあさる。そうして取り出したものを、彼の手に持たせた。


「これ、うちの領の保存食です。少し固いですけど、ゆっくり噛んで食べてください」


 彼に渡したのは、小麦粉と砂糖と塩を少しの油で練って焼いたものだ。クッキーほど菓子らしくはないが、腹持ちがいいので肉体労働にも頭を使うときにも重宝している。

 セドリックはまじまじとそれを見つめてから、意外にも思い切りよくかじりついた。

 案の定、固さに苦心しながらバキリと噛んだ彼は、じっくり味わうように噛みしめて、大きくひとつ息を吐いて言った。


「君の領の麦は、美味いな」


 そのあまりに優しい笑顔に、ベアトリスは見惚れた。

 手持ちの保存食を全部渡したことに気づいたのは、帰り道のカバンがやけに軽いと思ったときだった。

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