図書館の出会い
数あるお話の中から目に留めてくださり、ありがとうございます。
今日は3話投稿します。よろしくお願いします。
「ベア? あんなの領主様の娘じゃなきゃ願い下げだって」
収穫祭で幼馴染みに声をかけようとしたベアトリスは、上げかけた手を下ろし口を覆って息も止めた。
「やだあ、トムってばあの子と結婚するんじゃないの? おじさんがうちでいつも自慢してるわよ」
一緒にいるのは酒場の娘のレイナだ。ベアトリスと同様にしっかりした体つきだが、彼女は十五歳にしてすでに大人の色気を醸し出している。
ベアトリスはすぐにでも逃げ出したかった。しかし、混雑した周囲に身動きが取れず、聞きたくもない話は次々と耳へ流れ込む。
「だいたいアイツ、俺がなんでベアって呼んでるか気づきもしないでさ。ヘラヘラ笑いやがって、時々イラッとするんだよな」
「えーひどぉい。そんなこと言って、もう婚約の話も出てるんでしょ?」
「俺は別に。アイツがどうしてもっていうなら受けてやるさ。能天気だしやりやすいだろ。色々と、な」
横並びで歩いていた二人の距離が近づいていく。ベアトリスを追い越した人が目の前を歩いて、それから先のことは覚えていない。
息が続かなかったのだ。
◇◇
ベアトリス・バーレイは、緊張しながら王立図書館に足を踏み入れた。
貴族子息が通う学園と女学校との中間地点にある図書館には、学生らしき人たちが多く見受けられる。
余計な物音はなく、紙をめくる風さえも感じられそうなその空間で、ベアトリスは足音ひとつにも神経を使いながら歩いた。
(読書席は……あそこかな?)
何人かが腰掛けて本を読んでいる一角を見つけ、壁際の席に荷物を置いて書架に向かった。
ベアトリスは王都の女学校にみごと補欠入学を果たした強運の持ち主だ。
収穫祭でベアトリスが倒れたあと周囲は大騒ぎになり、近くで呑気にいちゃいちゃしていたトムたちは大勢に目撃された。
当然、婚約の話は立ち消えた。トムはおじさんに殴られていた。ざまあみろだ。
トムの家の農場を手伝うつもりだったベアトリスは予定がなくなり、途方に暮れた。
だから毎日トムの家に入り浸って嘆いていたら、おばさんが女学校への入学を勧めてくれた。もう試験も終わっていたのに、『地方志願者枠』というよくわからない制度を使って入学することができたのは、本当に幸運だったと思う。おばさんも泣いて喜んでくれた。
しかしベアトリスの運はそこで尽きてしまったらしい。
女学校の勉強が、とんでもなく難しいのだ。
行儀作法は壊滅的で、教師は頭を抱えていた。ダンスは羽根が生えたような軽やかさとはほど遠く、男性パートを覚えさせられた。実技で落第することはないのがせめてもの救いだった。
座学の方はまだマシかと思われたが、暗記でなんとかなったのは初回の試験だけだった。あとはもう、答案を見返すのも情けないほどの点数しか取れなくなって、ベアトリスは入学後半年にしてすでに落第の淵に立っていた。
ため息をつきながら教師が出した課題こそが、落第回避の唯一の希望の光だ。
『課題書を読んで感想文を書く』──なんと無慈悲で、困難極まるものだろうか。
ベアトリスは慎重に足音を忍ばせながら図書館じゅうを歩き回り、どうにか三冊すべての課題書を手にして読書席へと戻った。
すると壁際の席には、一人の青年が座っていた。
ベアトリスの荷物は隣の席にどけられているようだ。
「私の荷物、あなたが移動させたんですか?」
ベアトリスは驚いていた。
なぜなら、彼女の荷物は相当に重いからだ。領にいた時の癖で、ついあれこれと入れすぎてしまう。肥溜めにはまった時用の着替え、疲労回復に効く茶と膏薬各種、小麦を固めた保存食に小腹がすいた時のための干し肉。どれもベアトリスにとっては欠かせないものだが、その分なかなかの重量なのだ。
それを、この細くて白い青年が動かしたというのだろうか?
驚きをあらわに、ついまじまじと見てしまったベアトリスに対して、青年は冷たく言い放った。
「ここは場所取り禁止だ」
その物言いに、ベアトリスはカチンときた。きてしまった。
「他に空いている席があるのになぜわざわざ荷物のある席に座るんですか? そこがあなたの席ということですか? 知らずルールを破ったのは申し訳ないですが、あなたの行いだって場所取りと同じじゃないんですか?」
小さな声で低くまくし立てると、青年はあっけに取られた顔でベアトリスを見ていた。
やがて頬に赤みが差し、白い顔が化粧をしたように色づいた。
「そ、そうだな。君の言うとおりだ。恥ずべき行いだった……すまない」
意外にも素直に謝った青年に、今度はベアトリスがあっけに取られた。
これまでベアトリスは、同年代の男の子にからかわれることが多く、いつも言い返していた。そのせいでつい好戦的になってしまうのだが、こんな風にすぐに非を認める相手など初めてだったのだ。
「す、すみません。言い過ぎました。私こそ偉そうなことを言ってごめんなさい……」
しどろもどろになりながらどうにか返事をしたベアトリスは、「あ!」と思い出した。
「私のカバン、重くなかったですか? よく動かせたなって驚いたんです」
「ああ、とんでもなく重かった。君は力持ちだな」
ふっと笑った青年の顔からは冷たさが消え、思いのほかあどけない表情が見えた。
その後、ベアトリスは青年の正面に荷物を置き直し、そこに座った。
課題書はやはり難しく、時々居眠りをしてしまったが、そんな時には正面の彼が足先をこつんと蹴るので、熟睡せずに済んだ。
ベアトリスの運はまだ、尽きてはいないようだ。
今日中にあと2話投稿します。




