第一話 呪いと祟り
「また心霊番組見てるんですか?」
紅茶の入ったマグカップを御子神さんに手渡しながら、テレビに映る胡散臭いテロップを眺める。
『入った者は呪われると言われる曰く付き物件』――等と書いてあるが、どうせやらせの類だろう。そんな番組を視聴する特異案件捜査課の刑事というのは、何とも可笑しな構図だ。
「案外、こういうところに事件が転がってたりするんだって」
「殆どやらせですよね」
「まあね。でも、稀に本物が混じってたりするんだよ。本当に“曰く付きの場所”なら、尚更。ちなみに、今やってるのは完全にやらせ」
「やっぱりやらせじゃないですか」
俺はダイニングテーブルの椅子に腰を下ろす。
俳優も大変である。視聴者に向けて、いい塩梅で恐怖演出をしなきゃいけないのだから。
「ここで問題です」
「……いきなりなんですか」
「呪いと祟りの違いはなんでしょうか」
マグカップをテーブルに置くと、御子神さんはごろりとソファに寝転がった。
御子神さんが俺の家に居る状況にはすっかり慣れたが、それにしたって相変わらず寛ぎすぎだ。この人の頭には、遠慮という言葉がないらしい。
そんなことを考えていると、早く答えろと言わんばかりの冷ややかな視線を送られた。
「呪いと祟りの違い、ですか……。呪いの方は規模が小さくて、祟りの方は規模が大きい――とか?」
「不正解。正解できなかった栗花落君は、スクワット百回」
「いや、やりませんから」
「もー、ノリが悪いんだから」
けたけたと笑いながら、御子神さんは俺に視線を向けた。
「呪いと祟りっていうのは、似たような扱いを受けがちだけど、根本的なカテゴリが違うんだよ。呪いは“仕掛けるもの”で、祟りは“起こってしまうもの”」
「……つ、つまり?」
「この前の事件を例に出すと、久我昭子は明確な意志をもって被害者を恨んで呪い殺した――呪いを“仕掛けた”わけだね。祟りっていうのは、“何かの反動で起こってしまう“災厄。呪いは指向性で、祟りは無指向性。だから、この番組は、”入った者は呪われる”って言っているけど、正しくは”祟られる”」
「……てっきり同じ意味合いの言葉かと思ってました」
「仕事柄、覚えておいた方がいいよ。呪いか、祟りかによって対応も変わってくるし」
こうして偶に仕事に役立つ話をして頂けるのは、大変有り難い。
お陰でここ最近は、俺が矢面に立って対応することも増えてきた。
性格は少々――いや、結構難ありだが、それでも仕事の上では、彼は非常に頼りになる先輩である。それは、悔しいが認めざるを得ない。
「祟りによる事件って、どんなものがあるんですか?」
「うーん、色々あるけど……例えば、竹杉区の案山子事件って知ってる?」
俺は静かに頷く。
案山子事件――穂坂に居た頃、橋部さんから聞かされた特異案件捜査課絡みの事件だ。
「あれなんかは典型的な祟りだね。あそこの地蔵は、鎌倉時代末期に作られたものらしくってさ。長い月日を経て、土地神のような怪異が宿ったわけなんだけど――そこで偶然、交通事故が起きた。怪異の宿った地蔵は壊され、その反動は地元住民に厄災として降りかかってしまったわけだ」
「……だから、地蔵を直すように特案が指示を出したんですね」
「そういうこと。この件はそこまで被害が出なかったけど、ケースによっては大惨事になりかねない。それこそ、村一つが消えるなんて話は、大昔には結構あったらしいよ」
「……呪いより怖いですね」
「厄災だからね。ま、昔に比べて危険性が分かっている場所については、”禁足地”なんて呼ばれて立ち入りが禁止されていることが多いから、祟りが絡む事件自体は激減してるけど」
――禁足地。
日本各地にそういった場所があるのは知っているが、怪異由来の場所もあるのか……。
「ところで、栗花落君」
御子神さんがにやりと笑ってみせる。こういう時、碌な話を振られたためしがない。
俺は反射的に顔を顰めた。
「何ですか」
「“例の話”、どうする? その気があるなら紹介するけど」
「例の話……?」
「ほら、セフレ紹介するって話」
思わず手に持っていたカップを落としそうになった。
「……本当に間に合ってるんで、大丈夫です」
「そう?」
けろりとした顔で「残念だなぁ」なんて言うもんだから、この人には貞操観念というものがないらしい。
俺が夕奈と破局してから、事ある毎にこういう話題を出されるようになった。御子神さんなりの気遣いなんだろうけど、明らかに気遣いのベクトルが間違っている。
「栗花落君は恋愛下手だから、手頃なところで勉強した方がいいと思うよ」
「御子神さんはもう少し真っ当に生きた方がいいと思います」
「こんなに真面目に生きてるのに? これ以上は無理だなぁ」
ああ言えばこう言う。
御子神さんに何を言っても無駄である。一緒に生活してみて、それは今まで以上に身に染みていた。




