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異相の理  作者: 赤鰯 はこぼれ
第三章 わが身ひとつの 心にも
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第十五話 選択と代償

 久我昭子の遺体には、無数の刺し傷が残されていたそうだ。

 水瀬やよいや不二見茜と同様に、棒状の凶器で繰り返し刺された痕だと聞いている。

 当時、夫の久我英二は仕事に出ており、帰宅したタイミングで彼女が亡くなっていることに気が付いたという。それは自宅マンションの監視カメラからも判明している。

 久我英二が帰宅するまで久我宅を訪れた人物はおらず、また凶器も見付かっていないため、このまま事件は未解決で終わるだろう、と刑事課の間で囁かれていた。


 俺は手に持ったコーヒーカップに視線を落とす。

 志木さんの報告によると、彼女の自室から久我英二と浮気関係にあった女性たちの写真が見付かったそうだ。その全てには、無数の穴が開けられていた、と。

 そして、久我昭子の遺体には”呪い返しの痕跡”である手足の黒化が視られ、呪いの発生源である彼女の死亡によって、事件は終息に向かうだろう、とのことだ。


「栗花落君、浮かない顔してるね」

「……そうですか?」

「思い詰めてます~って空気が漂ってる」

「……何ですかそれ」


 御子神さんは俺の隣にどかっと腰を下ろした。

 その勢いでソファが若干沈み込む。

 人の家だというのに、家主の俺よりも寛いでいる気がする。


「何を考えていたのか当ててあげようか?」

「久我昭子の件を考えてました」

「……ノリ悪くない?」


 御子神さんは文句を言いながら、背もたれに体を預ける。


「久我昭子の件って?」

「……いや、その……」


 少し戸惑う。

 口に出してしまったら、自分の犯したことの重さに堪えられない。そんな気がした。


「――呪い返しのこと?」


 口籠る俺を他所に、御子神さんが口を開く。

 的確な指摘に、俺は再び手元のカップに視線を落とした。


「……はい」


 呪い返しというものは、知っていた。

 けれど、こうして犯人が亡くなるという結末が、正しかったのかは分からない。


「全ての選択には責任が伴う」

「……え?」

「人ってのは、常に何かを選択して生きているでしょ?」

「……まあ、そうですね……」

「選択するのは自分で、例え後から後悔することになったとしても――選択したその瞬間は、誰しも”最善の選択だった”と思うわけだ。栗花落君はどうかな?」

「……それは、」


 御子神さんの言う通り、俺は最善だと思って、行動した。

 北潟幸恵を見殺しにするという選択肢は、頭になかった。御子神さん的には、それは無謀という判断だったようだけど。


「久我昭子は呪いを報復手段として選んだ。まあ、代償があるなんて、彼女は知らなかっただろうけど。それもまた彼女が選んだことでしょ? 責任を取れるのは、彼女しかいない」

「…………」

「結果として、久我昭子は呪い返しに遭った。でも、元を辿れば呪いに手を出してしまったということの代償でもある。だから、栗花落君が気に病むことはない、と俺は思うんだけどね。それに――」


 ――最終的にやったのは俺だしね。

 軽い口調でそう言いながら、御子神さんは甘い匂いが漂うカップに口を付けた。


「ところで、栗花落君」

「……はい?」

「ずっと言おうと思ってたことがあるんだけどさ」


 御子神さんが神妙な面持ちで、こちらに顔を向ける。

 暫しの沈黙。

 その重たい雰囲気に、何だかそわそわとする。しかし、次の瞬間放たれた言葉に、俺はソファからずり落ちそうになった。


「――冷蔵庫の中、酷すぎない?」

「…………このタイミングでそれ言います?」


 会話の落差に、くらりと眩暈がする。


「いや、ずっと気になっててさ」

「……意味が分からないんですけど」

「凡そ成人男性の冷蔵庫とは思えない中身だよ、あれ。エナジードリンクしかないって」

「普通ですって」

「……いや、あり得ないから」


 ドン引いたような表情を浮かべながら、御子神さんが呟く。

 というか、勝手に人の家の冷蔵庫の中身を見るのは、遠慮がなさすぎないか。


「自炊くらいしなよ」

「面倒くさいじゃないですか」

「面倒くさいって何だよ。こりゃもう叩き込むしかないな」

「叩き込むって……」

「自炊の素晴らしさを」

「……どうやって」

「君の腕が回復するまで、俺が生活の面倒を見ることになってるからさ」


 一瞬、時が止まる。

 そして再び動き出す。


「いやいやいやいや、なんで?」

「なんで? じゃないよ。俺だって男の面倒を見るのは嫌だよ。甘崎さんに頼まれたから仕方なくだって」

「……あ、甘崎さんからですか」


 甘崎さんからのお達しであるならば、断り難い。でも、御子神さんとの共同生活は――想像しただけでも頭痛がする。

 利き腕が使い物にならないこの状態が、不便で仕方がないことは間違いない。けれど、生活の面倒を見てもらう必要があるかと言われれば、ない。絶対に。


「俺から甘崎さんには断りを入れておくので……」

「そうしてくれると俺としても非常に有難いんだけどね。多分、それは無理」

「……どうして」

「一応、怪異から受けた傷だし、経過観察は必須。何か起きた時に備えての判断ってわけ」

「…………」


 尤もな理由に、返す言葉もない。


「こういうことが嫌なら、それこそ無茶するなって話ですよ~」


 そう悪戯っぽく笑う御子神さんに、俺は苦笑いしかできなかった。


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