第十四話 お説教
病室に入ると、俺に気が付いた栗花落君は、ばつが悪そうに眉を下げた。
彼の右腕はギプスで固定され、少し痛々しい。
「栗花落君、お疲れ様」
「……お、お疲れ様です」
絞り出すように口から出た声は、俺に対する申し訳なさが滲み出ていた。
「腕の調子はどうなの」
「……骨に罅が入っていたようで、そちらの治療も含めて全治二ヶ月らしいです」
「結構かかるね」
傷を見た時からそうだろうなとは思っていたけれど、なかなかの重傷だ。
暫くは絶対安静だろうな。
「……その、先程はすみませんでした……」
「本当に悪いと思ってる?」
「……思ってます」
栗花落君の視線が少し揺らぐ。
分かりやすい嘘である。
如何に嘘が下手か、こいつはまだ自覚がないらしい。
「思ってないよね」
「……いや、思ってますよ。何で疑うんですか」
「栗花落君は嘘が下手だからね」
「……嘘なんてついてませんって」
なんでこんな時に嘘なんか、と困ったように眉を寄せながら抗議してくる。しかし、彼は今回の件に関して何が悪かったのか分かってはいるようだが、どうにも理解はしていない。
「君さ、被虐趣味でもあるの?」
「……は、はあ? ないですよ、そんなの」
「じゃあ、何であんな無茶をしたのさ」
「それは、北潟幸恵が殺されると思ったからですよ。呪いに殺されようとしているのに、見過ごせません」
「言わんとしていることは分かるけど、結果的に君も北潟幸恵も無事だったってだけで、最悪共倒れしていた可能性もある。そこまで考えて行動したのかな?」
俺の問いに、栗花落君は押し黙る。
そりゃそうだ。きっと、考えなしに飛び込んだのだから。
「でも、あそこで何もしなかったら北潟幸恵は――」
「あのね、よく思い出してみて欲しいんだけど、今までの被害者の死因はなんだった?」
「……出血多量によるショック死です」
「それで、鑑識の見解としては、時間を掛けて”ゆっくり殺害された”って話だったね。つまり、北潟幸恵も同じように、徐々に体を刺されて殺される筈だったわけだ。この意味分かる?」
あの杭は、一撃だけでは致命傷にはならない。
北潟幸恵は無傷では済まないかもしれないが、総合的なリスクを考えた際に、もっと別の選択肢も存在したということだ。
「勿論、君の行いが全て間違いだったとは言わないよ。でもね、もう少し君自身も大切にしなよって話」
栗花落君は眉間に皺を寄せる。
まだ話を飲み込めていないその様子に、溜息が出た。
「正直に言うけどさ。君がこうやって怪我をすることによって、俺の仕事に支障が出るわけ! だから、今後は無茶で無謀な行動は控えろ、マジで」
「……わ、分かりました」
栗花落君は困惑しつつも、そう呟いた。
こいつが何を考えているのかは、全く分からない。
最初は新人警察官特有の正義感から来ているのかとも思ったが、どうにも違う。そこに彼自身の感情はなく、ただ単に”そういう在り方を模倣している”だけのような、上っ面だけの行動に見えて仕方がない。
そこまで思考してから、俺は考えることを止めた。
他人のことなんて理解できる筈もない。無駄なことである。それよりも、やるべきことは栗花落君が病院に運ばれたあとの情報共有だ。
「――仕事の話に戻るけど、栗花落君が搬送された後は志木さんに現場を引き継いでもらったから」
「……そうですか」
「北潟幸恵はまだ意識不明――ただ、命に別状はないってさ。勅使河原さんが張り込んでいた新橋杏南の方も、特に変化はなし」
「とりあえず、二人とも無事なのはよかったです」
「まあね」
そう答えながら、俺はベッド脇の椅子に腰を下ろす。
病室特有の消毒液の匂いが、まだ鼻の奥に残っている血の生臭さを、無理矢理塗り替えてくるようだった。
「で、この件はそのまま勅使河原班が担当することになったので、君は自分の治療に専念してください」
「……はい」
わざとらしく言うと、栗花落君は目を伏せる。
少しは反省しろってんだ。
「――何はともあれ、だ。呪いの結末がどうなるかは、気になるところだね」
「……どういうことですか?」
「北潟幸恵を助けたことによって、呪いはその役目を果たせなかったわけ。呪いってのは碌なもんじゃない。強力ではあるけど、成就するしないに関わらず、相応の代償を支払う必要がある」
「人を呪わば穴二つ、ですよね」
「そう。でも、それは成就した時の話」
成就できなかった呪いがどうなるのか――。
「呪い返し――聞いたことくらいあるでしょ?」
「……はい。聞いたことはあります」
「北潟幸恵へ向けられた呪いは、成就しなかった。それじゃあ、行き場をなくしたその呪いは――どこへ行く?」
ふと、スーツの内ポケットに入れていたスマートフォンが振動する。
取り出して画面を見ると、志木さんの名前が表示されていた。
「電話ですか?」
「うん、志木さんから」
俺は直ぐに通話ボタンを押す。
「はい、御子神です」
『お疲れさん。お前、まだ病院に居る?』
「丁度、栗花落君の病室に居ますよ」
『彼の怪我の具合は?』
「重傷ですが、本人は元気そうです。全治二ヶ月らしいですよ。今、スピーカーにします」
『栗花落君、結構派手にやられたらしいね。ちゃんと治すんだよ~』
「……は、はい。ご迷惑をお掛けしてしまって、すみません」
『いいのいいの。責任は全部御子神が取るから』
聞き捨てならない台詞に、文句を言おうと思ったが、止められなかった俺にも責任があるのはそうである。
「まあ、そうですね」
『うわ、お前が素直にそう言うの珍しくない? 槍とか降ってきそうで怖いんだけど』
「……何でもいいですけど、本題に戻ってくださいよ」
『悪い悪い。ついさっきの話だが、刑事課の方に動きがあってな』
「何かあったんですか?」
『久我英二から、久我昭子が自宅で亡くなってると通報があったらしい』
どういうことですか、と言わんばかりに俺を見詰めてくる栗花落君を無視して会話を続ける。
「遺体はもう確認されました?」
『いや、俺も今現場に向かってるところ。でもやっぱり、こりゃアレかね……』
「遺体の状態によりますけど、恐らく、呪い返しでしょうね」
『だよねえ』
呪い返しに遭った人間の遺体には、総じてある特徴が現れる。
それは手足の黒化だ。指先から肘、膝の辺りまで黒ずんでしまう。久我昭子の遺体にその特徴があれば、間違いなく呪い返しに遭ったことになる。
『また、報告するわ。全く、少し前まで暇だったのに、最近はこういう事件が多くて困る』
「志木さんが今持っている事件ってなんでしたっけ」
『直近だと、国道十七号の連続玉突き事故の処理。あとは、例の溺死事件について刑事課から相談が来ていたから、そっちにも手をつけることになりそうだけど、回るかどうか……』
「大学生が布団の上で溺死していたやつですか」
『そうそう。何で布団の上でずぶ濡れで溺死してたのか……。ま、そんな話は置いておいて――あとはこっちに任せて、お前たちは休んでな』
「分かりました」
『はいはーい。じゃあ、栗花落君はお大事にね』
そんな言葉を最後に通話が切れた。
これで呪いの発生源は久我昭子ということで、今回の事件は幕引きになるだろう。




