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異相の理  作者: 赤鰯 はこぼれ
第三章 わが身ひとつの 心にも
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第七話 三人寄れば

「栗花落君、大丈夫?」


 もう直ぐ昼休みに入るかといった時刻になったところで、世良さんが不意に声を掛けてきた。


「え? だ、大丈夫ですけど……俺、何かしましたか?」


 大丈夫か、と問われる程のことに身に覚えがなく、首を傾げる。

 そんな俺に、世良さんは困ったように笑う。


「いや、何かさぁ。ずっと溜息吐いてるから、何かあったのかなぁって思って」

「……そんなに溜息吐いてましたか」

「そんなにってわけじゃないけど、気になる程度には?」

「……す、すみません」


 かっと顔に熱が集まってくる。

 ――夕奈との溝は、あれ以来解消できていない。

 自覚はなかったが、彼女との一連の陰鬱とした出来事が、溜息となって表に出ていたらしい。


「こっちこそごめん。単純に心配だっただけだから、深い意味はないよぉ」


 世良さんは慌てたように言う。


「ほら、御子神とバディだし、色々大変なのかなぁってさ。振り回されたりしてたら、ガツンと言ってやらないとなぁって」

「い、いや、御子神さんには良くしてもらってますよ」

「本当ぉ? 困ってることとかない?」


 疑いの眼差しを向ける世良さんに、俺は苦笑いする。

 困っていること、か。

 仕事上、割と無茶振りをされることはあるが、それは困る程ではない。強いて言うならば、勤務後に俺の家に居座ることくらいだろうか。最近、また少し頻度が増えて、夜遊び後もうちに雪崩れ込んでくることもしばしば。こればっかりは本当に止めてほしい。深夜にインターフォンの音で起こされるのは地獄である。


「まあ……ちょっと強引なところもありますけど、そこまでは……」

「暫くあいつら帰ってこないし、言いたいことがあるなら今のうちだぞ」


 書類を読んでいた志木さんまで便乗してくる。

 御子神さんら班長たちは、只今課内の打ち合わせで席を外している。玄も打ち合わせに連れていかれているので、執務室内は俺と世良さん、志木さんの三名のみだ。


「ちなみに、俺は勅使河原さんの低血圧に悩まされている」

「勅使河原さん、寝起き最悪ですもんねぇ」

「そうなんですか?」

「仮眠後、コーヒーを飲むまでは話掛けない方がいい」


 鬼気迫るような志木さんの声色から、相当寝起きが悪いことが窺えた。


「僕も村上さんの血の気が多いところ、ちょっと苦手なんですよねぇ。刑事には向いてると思いますけど、危なっかしくて」

「あいつ、昔っから猪突猛進だからなあ」

「負けん気が強い印象はありますね。御子神さんとのやり取り見てると」

「そうそう。男社会だからってのもあるだろうけどねぇ。もう少し、穏やかになってくれたらなぁって」

「御子神さんと村上さんってなんであんなに仲悪いんですかね」

「仲悪いというか、村上がライバル視してんだよ」

「ライバル視……」

「御子神ってあんなんでも一応優秀だからさ。キャリア組でもないのに、昇進スピードが異常」

「事件の解決件数もうちじゃトップですからねぇ。村上さん的にはそれが悔しいらしくて、私生活では屑のくせにってこの前も愚痴ってましたしぃ」


 酷い言われようだが、擁護もできないのがまた御子神さんと言ったところである。


「――で、栗花落君は何でそんなに溜息吐いてるのぉ?」


 世良さんがじっとこちらを見詰めてくる。

 流石にここまで色々話を聞いて、自分だけ誤魔化すのは気が引けた。俺は少し間を置いてから、意を決してゆっくり口を開いた。


「……実は、彼女との折り合いが悪くて」

「ええ、意外な悩み事だった!」


 世良さんはオーバーなリアクションをしながら椅子に座り直す。


「こういう話って聞いちゃって大丈夫な感じ?」

「寧ろ聞いて頂いた方が、気持ちが晴れるというか……」


 自分の選択が間違っているのかどうか、客観的に聞いて欲しいという思いもある。


「多分、俺が悪いんだと思います。最近、仕事優先だったので、それを気にしているのかなって」

「ははーん。警察官あるあるだな」

「あるあるですねぇ」


 志木さんと世良さんは顔を見合わせながら、なんとも言えない表情を浮かべていた。


「あるある……なんですか?」

「俺らの仕事柄、どうしても私生活に仕事が割り込んでくることが多々あるだろ。身内なら理解してくれるかもしれないが、外からみたら仕事人間で恋人を顧みない奴って思われがちなんだわ」

「そうそう。もう、どうしようもないんですけどねぇ……」

「……そういうもんなんですか」


 ぽつりと零すと、志木さんは控えめに笑う。


「そうなりやすい、って話な」

「理解してもらうのは大変かもしれないけど、ちゃんと話していくしかないねぇ」

「……そうですね」


 返事をしながらも、胸の奥は残念ながら晴れない。


「栗花落君」


 そんな沈み掛けた気持ちを一気に浮上させたのは、聞き慣れた声。

 振り返ると、打ち合わせを終えたのか、御子神さんが腕を組んで立っていた。


「談笑中のところ悪いんだけど、ちょっと来て」


 その言葉で、瞬時に頭の中が切り替わる。


「分かりました」


 椅子から立ち上がり、小走りで御子神さんの元へと向かう。

 今は仕事中だ。余計なことを、考えている場合ではない。


「随分と盛り上がってたみたいだけど、何話してたの」


 通路に出ると、御子神さんが少し怪訝そうな顔をしながら訊ねてきた。


「……人生相談ですかね」

「何それ」

「そのままの意味ですよ」


 御子神さんは眉間に皺を寄せて、更に怪訝な表情を浮かべたが、直ぐに真顔に戻る。


「まあ、何でもいいけど、雨堂橋の件が動いたらしいから刑事課に話を聞きに行こうか」


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