第五話 二人の証言
私たちの馴れ初めは、学生時代に遡ります。
出会いは小学生の頃でしょうか。
幼い頃から、私と彼の想いは一つだったのでしょう。だから、こうして夫婦として今も互いに愛し合えているのです。
羨ましいですか?
ええ、ええ。そうでしょう。
自分で言うのは憚られますが、私は、誰よりも幸せだと思っております。
――だから、でしょうか。
時々、私に羨望を向ける方々がいらっしゃるのです。
いいえ、羨望ではなく――妬み、という言葉の方がしっくりきます。
彼女たちは、その妬みから私たちの関係を壊そうとしたのでしょうね。
本当に、頭の悪い人たちです。
その程度で、私と彼の関係が終わる筈がないのに。
彼女は英二に取り入り、体の関係を求めたそうです。
英二は、どこまでも優しい人ですから、断れなかったのでしょう……。
悪いのは、彼を誘惑した彼女です。
私は知り合いの弁護士を通じて、彼女たちが二度と英二に近付かないように、と誓約させました。
私がしたことは、それだけです。
え? この日に何をしていたか、ですか?
ええっと、この日は友人と一緒にショッピングをしていました。その日のレシートも持っていますよ。
ふふ、刑事さんも大変ですね。
死んだ人が悪人でも、捜査しないといけないなんて。
***
だから、ずっと言ってるじゃないですか。
確かに不倫はしてましたけど、昭子にバレてからは会ったりしてないですって。
大体、なんで俺が不倫相手を殺さなきゃいけないんですか。
それこそ、バレなきゃ続けてましたよ。自分で言うのもアレですけど、良好な関係だったんで。
……相手も既婚者だったかって?
そんなのどうだっていいでしょ。
相手の旦那が甲斐性なしだっただけでしょ。それを俺の所為にされるなんて、お門違いってやつですよ。
大体、言い寄って来たのはあいつの方なんですから、俺はある意味被害者ですわ。
とにかく、俺はその日はあいつに会ってないです。なんなら職場の方にも確認取ってもらってもいいんで。
***
久我夫婦からの聴取資料を眺めながら、俺は頭を抱える。
雨堂橋で起きた刺殺事件――遺体の状況からも、猟奇的殺人の線が濃厚という話も出ている嫌な事件だ。
被害者との接点のあった人物を虱潰しに捜査しているが、揃いも揃って強固なアリバイで固められている。この久我夫婦というのも、遺体の死亡推定時刻にはそれぞれ明確なアリバイがあった。
正直、手詰まりである。
こんな時に限って、頼れる真田さんは先月のミイラ化事件の一件で、厳重注意を食らって小案件に回されてしまっているし。全く、そんなんだから奥さんと娘さんに詰められるんだぞ、と言ってやりたいくらいである。
でもまあ、真田さんが特案に掛け合ってくれていなかったら、事件はまだ続いていたかもしれない。
そう思うと、あの人の判断は正しかったのだろう。
なんて、考えていると食堂から戻って来た真田さんの姿が目に入った。
「しけた面してんなぁ、植木」
「どっかの警部さんが厳重注意食らった所為ですかねぇ。困っちゃいますよね、ホント」
「そりゃ俺じゃなくて上に言えよな」
真田さんは鼻で笑いながら、隣の席に腰掛ける。
「で、例の殺人事件の状況はどうよ」
「どうも何も、手掛かりなしです。関係者は全員アリバイがありますし、通り魔という話も出てきてますね」
「また大層な事件ですこと」
「正直、刑事課の方では二進も三進も……。上に掛け合って正式に特案にも依頼を出しました」
「正式に」というくだりで、真田さんの眉間に皺が寄ったのを俺は見逃さない。
「……まあ、使えるものは使え。俺たちの目的は事件の解決だからな」
「ですね。真田さんの方はどうなんです? 課長が小案件に回す! って大騒ぎしてましたけど」
「ボチボチだな。小案件って言っても、何だかんだそれなりの事件が多い。最終的に特案案件になりそうだが……」
「ええ? 特案案件多くないですか?」
特案に回される事件は少ないというわけではないが、それでも月に二、三件程度が常だ。だというのに、俺の知る限り、十月に入ったばかりだというのに既に五件である。このままいけば十件は超えるのではなかろうか。
「あちらの課長も随分いろんな課に引っ張りだこらしい」
「そうなんですか……。御子神さんには悪い事したかな」
「いいんだよ、あいつは。自分から喜んで飛び込んで行くタイプなんだから」
「確かに……。栗花落君、可哀想だなー」
御子神さんの下に就いた新人君。真面目そうだったし、御子神さんに振り回されてなきゃいいけれど。
「何せよ、早く片付くといいな」
「ですね。長引かせたくはない事件ですから」
あんな滅多刺しにされた遺体なんて、もう当分は見たくはない。
そう思いながら、俺は特案に引き継ぐ資料まとめに取り掛かるのであった。




