第三話
修道院の院長が最初に見せたのは、王朝交代の際に国外へ逃れた者たちの名簿だった。
古い羊皮紙には、先王朝に仕えていた貴族や文官、その家族の名前が細かな文字で記されており、欄外には亡命先と思われる地名が書き添えられていた。
アーヴィンは以前にもこの名簿を調べたことがあったが、今回、院長から新たに見つかった補遺を見せられ、長い間分からなかった人物の行方が判明したという。
コレットは隣に座り、アーヴィンが指し示した名前を確かめた。
そこには先王朝の最後の王子に仕えていた侍従の名があり、その家族が王朝交代の翌年に国境を越えたことが記されていた。侍従は幼い王子を逃がした人物の一人と考えられていたが、王国の正史では反逆者として処刑されたことになっている。 ところが、この名簿には処刑の記録がなく、代わりに隣国の修道院へ身を寄せたと記されていた。
アーヴィンは、侍従の家族がその後どこへ移ったのかを調べる必要があると説明した。
王子が生き延びていたとしても、数百年を経た現在まで血筋が続いているかどうかは分からない。ただ、侍従の家族が王子を保護していた可能性がある以上、その足取りを追うことで新たな手がかりが得られるかもしれなかった。
コレットが関心を持ったのは、名簿の後半に記された別の女性の名前だった。
王朝交代の直後に神殿へ迎えられた最初の聖女についての記録で、彼女は先王朝に仕える家の出身だったという。
王国の正史では、疫病によって国が混乱していた頃、神の加護を受けた聖女が現れたことで災厄が収まったと伝えられている。しかし、修道院に残された記録では、その女性が神殿へ迎えられる以前、一度行方不明となっていたことが分かった。
院長は、聖女についての記録が少ない理由を説明した。王朝交代の混乱によって多くの文書が失われ、神殿に関するものは特に厳しく管理されていたため、外部へ持ち出された記録は限られているという。
それでも、最初の聖女が現れた時期と、王宮の一部が長期間閉鎖されていた時期が重なっていることは確認できた。
コレットは祖母の手帳を開き、王族の身体に異変が現れた時期についての記録を見せた。
オディールはある年の冬、先王の右手に黒いものが現れたと書き残しており、その後、特別な祈祷を命じられて数日間寝込んだことも記している。
さらに、コレット自身が聖女だった頃にも、国王の病が発表された年に限って祈祷の回数が増え、身体の痛みが激しくなったことがあった。
「祖母は、王家の病と聖女の務めが関係していることに気づいていたのだと思います。ただ、何を引き受けていたのかまでは、手帳にも書かれていません」
アーヴィンは記録を確かめ、修道院で見つかった古い誓約書の写しを取り出した。
そこには現在の王家の始祖が、王位を得るために何者かと契約を交わしたことが記されていた。契約相手の名は古い言葉で書かれており、正確には読み取れなかったが、代償について記された部分には、始祖とその血を引く者たちが人としての姿を保てなくなるという意味の一節があった。
コレットはその記述を読み、祖母の手帳にあった黒い痣について考えた。聖女が引き受けていた呪いが王家の血に宿るものであれば、王族の身体に異変が現れた時期と、聖女の苦痛が増した時期が一致していることにも説明がつく。
しかし、現在の神殿では聖女は国全体の災厄を引き受ける存在だと教えられており、王家の病について詳しい説明を受けたことはなかった。
院長は、契約書の末尾にさらに重要な記述があることを告げた。
そこには王位を奪われた者の血筋について何らかの条件が定められているようだったが、文字が傷んでいるため、正確な内容は分からないという。アーヴィンはその部分の写しを受け取り、古い言語に詳しい研究者へ解読を依頼することにした。
調査を終えた頃には、窓の外が薄暗くなっていた。二人は翌朝まで近くの宿に滞在することにし、院長へ礼を述べて修道院を後にした。
帰りの馬車の中で、コレットは祖母の手帳を膝の上に広げていた。
修道院で確認した記録と照らし合わせると、これまで意味の分からなかった記述にも、いくつか思い当たることがあった。
特に気になったのは、オディールが王族の身体に異変が現れた時期を細かく書き留めていたことである。聖女としての祈祷が増えた日や、自身の体調が悪化した時期と重なる部分には印がつけられており、祖母が何らかの関連を疑っていたことがうかがえた。
コレットはその中の一頁に目を留めた。
先王が病に伏せたと発表された年、オディールは神殿で長期間の祈祷を命じられていた。
その間、王宮の一部が閉鎖され、王族との面会も制限されていたという。修道院に残された記録では、数百年前、現在の王家が即位した直後にも同じような出来事が起きていた。疫病の流行を理由に王宮の一部が封鎖され、国王が公の場に姿を見せなくなった後、最初の聖女が神殿へ迎えられている。
アーヴィンは、王家の秘密について調べるのであれば、今後は慎重に行動する必要があると告げた。
修道院に残された記録だけでは十分な証拠とはいえず、現在の王家が保管している文書との照合も必要になる。
しかも、王位簒奪に関わる問題である以上、王国の貴族たちがどのような反応を示すか分からなかった。
コレットはその説明を聞き、祖母が秘密を公にしなかった理由について考えていた。
オディールがどこまで真実を知っていたのかは分からない。
しかし、聖女として王家の呪いを引き受けながら、その事実を公表すれば何が起こるかを恐れていたのだとすれば、孫娘に継承させまいとした理由も理解できる気がした。
馬車が宿場町へ近づく頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
アーヴィンは翌朝まで休息を取り、それから伯爵家へ戻る予定だと告げた。コレットも異存はなかった。
聖女の役目から解放されたとはいえ、五年間にわたって消耗した身体がすぐに回復するわけではなく、長時間馬車に揺られていると、まだ疲れを感じることがあった。
宿に到着すると、従者が荷物を運び込み、二人はそれぞれの部屋へ案内された。コレットは夕食を済ませた後、もう一度祖母の手帳を開いたが、修道院で見つかった記録について考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。以前なら夜半に痛みで目を覚ますことが多かったが、その晩は朝まで眠ることができた。
翌朝、伯爵家へ戻る準備をしていると、アーヴィンの従者が一通の書簡を届けに来た。
王宮から正式な使節が派遣されることになったという知らせだった。目的は先代聖女コレットへの協力要請であり、新聖女フィオナの指導について協議したいとのことだった。
コレットは書簡を読み終えると、アーヴィンに見せた。彼は内容を確かめ、王家がようやく正式な手続きを取ることにしたのだろうと述べた。
コレットはすでにヴァルディス家から離籍し、聖女の地位も王太子との婚約も失っている。
父バルタザールにも国王にも、彼女を一方的に呼び戻す権限はない。協力を求めるのであれば、独立した立場にある相手として交渉するほかなかった。
「お会いになるおつもりですか」
「ええ。何を求めていらっしゃるのか、直接伺ってみたいと思います」
コレットはそう答えたが、帰国するつもりはなかった。
聖女の力を再び引き受けることは不可能であり、フィオナが苦しんでいるからといって、姉が代わってやれるものではない。
もっとも、王家が彼女に求めているのは、単に妹の体調を改善する方法だけではないように思われた。
修道院で見つかった記録が正しければ、聖女の役目は国全体の災厄を引き受けることではなく、王家の血に宿る呪いを抑えることにある。
フィオナがその役目を十分に果たせていないのなら、王宮では何らかの異変が起きている可能性があった。
コレットは窓の外に目を向けた。宿場町では朝市の準備が始まり、商人たちが荷車を並べている。
王国の人々は、聖女が代わったことを祝福しているだろう。美しく魔力に恵まれた新聖女が現れたのだから、これからは以前にも増して国が繁栄すると信じているに違いない。
しかし、王家の秘密を知る者たちにとって、聖女の交代はそれほど喜ばしい出来事ではなかったのかもしれない。
アーヴィンは従者に出発の準備を命じ、コレットが馬車へ乗り込むのを待った。伯爵家へ戻れば、王宮からの使節を迎えるための準備と、修道院で見つかった記録の調査を並行して進めることになる。
コレットは祖母の手帳を鞄へ収めた。オディールが何を知り、何を恐れていたのか、まだ分からないことは多い。それでも、祖母が長年引き受けてきた苦痛の理由を明らかにするためには、王家が隠してきた歴史を調べ続ける必要があった。
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