第四章 二度目の紙破り
後悔した。どうせすべてが「必然性」なのだとしたら、さらに過去に戻ったところで、いったい何が変えられるというのだろう?
……だが幸いなことに、破ったのはほんの一部分だけだった。
今の僕は新竹の実家の自分の部屋のベッドに横たわっている。まだ台中に引っ越して一人暮らしを始める前だ。
二つ折りケータイすらまだ持っていない。手元にあるのは、アニメを観たり音楽を聴いたりするためだけのMP5プレイヤーだけだ。
家にはブロードバンド回線もWi-Fiもない。どうやら僕はここで仙人のような生活を送るしかなさそうだ。
この時点で、もう彼女に告白は済ませていただろうか? それすら分からない。
……というか、いま僕は高校何年生だっけ? 教室はどこだっけ?
幸いなことに、自分の習慣で時間割表(課表)をドアの裏に貼っていたはずだと思い出し、ドアを開けて確認してみる。今は「3年1組」。ということは、すでに告白は済ませていて、今はまさに「指考(大学入学指定科目試験)」の直前という時期なのだろう。
だけど、授業で習う内容については、前の世界線でしっかりと復習しておかなかった。
大学一年生という最も気楽な時期に、あんな大事故に巻き込まれてしまったのだから、もう「くそくらえ、ランダム性め!」と叫ぶしかなかった。
汚い言葉を吐きたいわけじゃない。けれど、この物語を執筆している時、まさかこんな現実のトラブルが次から次へと降りかかってくるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
読者には想像しにくいかもしれないけれど、僕は「キャラクターに物語を勝手に歩かせる」タイプの創作者だ。キャラクターたちプロットを引っ張っていってくれてこそ初めてストーリーが書けるのであって、自分のインスピレーションだけで書いているわけではない。初期の創作インスピレーションだって、すべては睡眠や夢の中から得たものであり、あらゆるランダム性は、キャラクターたちがどんなトラブルに遭遇するかに委ねられている。
だから「くそくらえ、ランダム性」というのは、タイムペッパーという特異な存在を呪っているだけではなく、自分自身を罵っている言葉でもある——なんで僕をバスになど跳ねさせたんだ、あんなの絶対めちゃくちゃ痛かったじゃないか。
「阿華(ア華)、何やってるの? 一体何ブツブツ騒いでるのよ?」
突然、母親の声が聞こえてきた。どうやら独り言がちょっと大きすぎたらしい。
「ううん、なんでもない! 教科書を読んでるんだよ」
今の僕は本当に教科書を眺めながら、頭の中では「やばい、全然内容が頭に入ってこないぞ」と焦りつつ、「もう一度タイムペッパーを破り直すべきか?」なんて考えていた。
だけど、破るたびに僕は必ず後悔することになる。なぜならそれは、これまでの自分が必死に積み上げてきた未来をすべてチャラにしてしまうことを意味するからだ。
今回はそう簡単に破るわけにはいかない。いつまでも逃げ続けるわけにはいかないんだ。前の世界線の僕なら、もしかしたらすでに彼女と結ばれて恋人同士になれていたかもしれない。ただ、その代わりとして家庭内の様々な問題、特に高齢の家族の介護問題や、その後に控える遺産相続のいざこざなどに頭を悩ませることになるのだろうけれど。
分からない。分からないことは分からないままにしておけばいい。たとえ知ったところで、僕にとって何の得にもならないのだから。
とにかく、今一番心配しなければならないのは試験のことだ。恋愛でもおじいちゃんの件でもない。もし中部の大学に合格できなければ、そんな話はすべてお蔵入りだ。
僕は文系(文組)だから、準備すべきメインの科目は社会科だ。
けれど、僕が最も苦手としているのは英語だ。これは元の世界線でも変わったことがない。もし試験で英語の代わりに日本語(日文)を選べるなら、迷わず日本語を選ぶのに。
……待てよ。
じっくりと時間割表を見直してみると、英語の授業だったはずの枠が「日本語(日文)」に変わっている。
慌ててカバンの中を探ってみると、中に入っていたのは英語の教科書ではなく、見慣れたお馴染みの日本語教材だった。
もしかして、この世界線は僕に優しすぎるんじゃないか? 本当に日本語で受験できるのか? いや、そんな馬鹿な。
「母さん、ちょっと聞きたいんだけどさ。なんで僕の時間割、英語じゃなくて日本語になってるの?」
「阿華、何言ってるのよ。自分で日本語の授業を選んだんじゃない。今さら英語に変えようなんて言ってももう間に合わないわよ。もうすぐ試験だっていうのに、何ボケたこと言ってのよ。勉強しすぎて頭がおかしくなったんじゃないの?」
「うん……ちょっと休憩するわ」
そう言うと、僕は自分の部屋のドアをピシャリと閉め、再びベッドに倒れ込んだ。胸のうちは、まるで国家の観兵式のように壮大な高揚感で満たされていた。
『わお、日本語万歳! やったぜ、ランダム性最高!』
元の世界線での僕は、もともと日本語能力試験N2の資格を持っていた。本来ならそのスキルを活かして仕事を見つけることもできたはずなのに、どの企業も僕のうつ病の履歴にびびって逃げ出してしまったのだ。
これなら日本語の復習なんてしなくても大丈夫なはずだ! ……たぶんね!
となると、苦労するのは地理、歴史、そしてそれほど重要でもない公民(現代社会)か……いや、今のこの世界線の「公民」のカリキュラムには詳しくないから、やっぱり勉強しないとダメだ。
とにかく教科書を開いて、読み進めるぞ……と、あっさり眠気に負けて眠りについた。
夢の中で、僕はそれが「夢である」とはっきりと自覚していた。なぜなら、僕は夢の中でのみ、両手を大きく広げて気流に乗り、空を自由に飛ぶことができるからだ。
僕は彼女の手をしっかりと握り、一つの美しい湖の上空を飛び越えていく。湖底にはいくつもの小さな街が沈んでいて、アトランティスのように人々がその中で暮らしている。僕たちは言葉を交わすこともなく、ただずっと大空を滑空し続けていた。
她的手はとても温かい。冷たい風が吹き抜けていくというのに、僕の体を包む温もりは少しも薄れることはなかった。
「ねえ、オタク華、どこまで飛んでいくつもり?」
「さあ、あそこの山を越えるあたりまでかな?」
「宅華」とは、僕がオタク(宅)だからという理由で彼女が呼んでくれる専用のニックネームだ。
僕が日本の深夜アニメやマンガといったサブカルチャーに足を踏み入れたのは中学校の頃だった。一人の友人に誘われて、いわゆる「オタク道」に引きずり込まれたのだ。
そういえば、僕が高校で彼女と再会できたのも、放課後の教室で行われていた選択制の「放課後日本語クラス」を受講したことがきっかけだった。彼女は偶然にも僕のすぐ後ろの席に座っていたのだ。
最初はメガネをかけていなかったせいもあり、小学生の頃の面影と結びつかなくて同一人物だと気づかなかった。
古人の言う「女の十八変化(娘盛りにはめまぐるしく容姿が変わる)」とは、まさにこのことかもしれない。
やがて目の前に険しい山が見えてきた。そこまで高い山ではないけれど、とても美しい。豊かな緑の植生が山全体を覆っていて、その上空を飛んでいると、草木の爽やかな青臭い匂いや、花や果実のような甘い香りが風に乗って鼻をくすぐる。
もっとも、こんなところで墜落するわけにはいかない。大空を滑空するなんて、なんて心地よいことなんだろう。
僕たちは気流に乗り、山の斜面に沿って徐々に高度を上げていき、ついに山頂へと到達した。その目の前に広がった景色に、思わず息を呑んだ。
まるで台中榮民総医院の屋上から東海大学を見下ろした時のように、僕たちの目の前には、まさにその東海大学のキャンパスが広がっていた。
緑豊かな芝生が広がり、その中心にあの「路思義教堂(ルース礼拝堂)」が佇んでいる。
「ねえ、静宜大学にも連れていってあげようか? ちょっと遠いけど、あの山を越えればあっという間に行けるよ」
「うん、行きたい! 静宜大学なんてまだ行ったことないもん!」
僕は彼女の手をしっかりと握りしめ、風向きを読みながら懸命に右へ旋回した。今、僕たちは台湾大道の上空を飛んでいる。道路を走るどんな自動車よりも、空を飛ぶ僕たちの方がずっと速い。
スピードを落として、彼女と一緒に過ごす時間をもう少し楽しみたい——そんな思いが頭をよぎるけれど、風を切るスピードはまるでオービス(速度取締りカメラ)に写真を撮られてしまうんじゃないかと思うほど猛烈だ。それに、気流に逆らわずに飛んでいなければ墜落してしまう。この高さから地面に落ちたら、大怪我では済まないだろう。
僕たちはそのまま国道3号線を飛び越え、弘光科技大学の上空を通り過ぎ、ついに目的地の静宜大学へとたどり着いた。
正門からキャンパスへ滑り込むと、広大な芝生エリアの向こうに、赤茶けた二つの巨大な高層ビルが見えてきた。
「あそこが任垣楼。僕が通う社会福祉学科がある建物だよ」
「うわあ、すごく大きな建物だね!」
「そうなんだよ。講義の教室移動(跑堂)の時に間に合わなくて焦ることがよくあるんだ。特に寝坊した朝なんかはね」
「また講義中に寝てたんでしょ? そんなことしてると留年しちゃうよ?」
「留年する時はするさ、仕方ないよ。できるだけ起きてるように努力はするけどさ」
「駄目だよ、そんなんじゃ時間の無駄遣いだもん」
「あそこのちょっと小さな建物が、学内にある食堂の一つだよ。個人的には、上の建物にある食堂の方があんまり美味しくないと思うけど」
僕たちはさらに上空へと上昇していく。
「この建物は『伯鐸楼』。僕が副専攻の日本語を勉強している場所だよ。ここの講義は本当に眠気を誘うんだ。夜の6時以降にしか授業がないから、みんな大体ぐっすり眠りこけちゃうんだよね」
「朝たっぷり寝たのに、夜もまた寝るの?」
「朝だって寝足りないことあるし! ほら、古人も『日出づれば働き、日没れば休む』って言うだろ。だから夜に休息を取るのは理にかなってるんだよ」
「嘘言いなさいよ!」
「で、あっちが中部地区で一番蔵書数が多いと言われている伝説の図書館。……まあ、本当に一番かどうかは、ちょっと疑わしいけどね」
「でもこの図書館、本当にすごく大きいよ! 私たちの東海大の図書館より大きいもん、もしかして本当に蔵書数一番なんじゃない?」
「その上を左に行ったところにあるのが『思源楼』で、右側が『静安楼』。もし僕が昔、静宜の情報管理学科(資管系)を受診して合格してたら、あっちの左側で授業を受けてたはずだね」
「東海大の方がすごいもん、偏差値(分数)も高いし」
「うう、うるさいなあ! 僕だってこんな高い学校に入れなかったんだから、いじめないでよ、ううっ」
「そして最後がこの建物、主顧楼。……なぜか分からないけど、ここの高層階から飛び降り自殺する学生がやけに多いんだよね」
そう言い終えた瞬間、まさに一人の学生が校舎の屋上から飛び降りようとしているのが目に入った。僕は彼女の手をパッと離し、その学生を救い出すために急降下していった。
けれど、間に合わなかった。
その学生は地面に叩きつけられ、鮮血がゆっくりとアスファルトの上に広がっていく——。
――ハッと目を覚ました。
「なんて素晴らしい夢だ……前の世界線だったら、もしかして本当に実現できたかもしれないのに……」
「いや、これ以上考えても仕方ない。すでにタイムペッパーを破ってしまった以上、僕はここからやり直すしかないんだ。二度と教科書を開いた瞬間に寝落ちしたりしないように、しっかりと勉強し直さなくてはならない。絶対に中部の大学に合格してやるんだ」
……あ、いけない。英語よりもっと苦手な教科があったんだった。数学だ。
たとえ文系の「数学A」だとしても、その難易度は泣きたくなるほど高い。
僕はただの丸暗記は苦手で、本質を理解(融会貫通)しなければ覚えられないタイプだ。なのに数学には理解しきれない公式が多すぎて、どうやって公式が機能しているのかさっぱり分からない。だから実践問題に応用することなんて到底できなかった。
そういう意味では、歴史も僕にとっては大きな難関だ。特に台湾の歴史は、教科書に書かれている記述があまり面白くない。中国史や世界史にしても、数々の戦いの名前なんてすっかり忘れてしまっている。まあ、もう一度読み直せば、当時の記憶が蘇ってくるかもしれないけれど。
地理に関しては、台湾の地形そのものが巨大な「地理の教室」のようなものだから、比較的すんなりと理解できた。台湾の地理から派生して世界の気候などにも応用できるから、この科目を教科書をパラパラと見直すだけで十分対応できるはずだ。
公民(現代社会)については……これから毎日新聞を読むようにすれば、この時代の政治的な動きも自然と頭に入ってくるだろう。他の部分も教科書を一通り読めばなんとかなるはずだ。
国語(国文)の暗記科目に関しては、若い頃の脳ミソなら朝飯前だったかもしれないけれど、今のこの若い肉体に宿っているのはすでに中年を迎えた僕の魂だ。あんな大量の古典文学や漢文を暗記し直すなんて、本当に冷や汗が出る思いだった。




