第二十四章 卒業式
家へ向かって歩いている間、道中ずっと自分は「友達留まり(友達カードを発行された)」なのだと考えていた。
これが初めてというわけではない。それでも、この手のカードを受け取るのは実に複雑な気分だった。僕たちの情誼が告白によって断ち切られるわけではない安心感がある一方で、今回の時間軸でも彼女を射止めることができず、再び心に大きな心残りを抱えることになったからだ。
けれど、もう二度とタイムペッパーを破るつもりはなかった。この時間をもう一度やり直したところで、やはり彼女を射止めることはできないかもしれない。それならいっそ諦めて、このまま友達として過ごすのも悪くはないはずだ。
家に帰り、ベッドに横になってぼんやりと天井を眺めた。
あの「三十歳」という約束を、彼女がどこまで守るつもりなのかは分からなかった。本来、この時間軸で起こらないかもしれない出来事で彼女を縛り付けるべきではない。だが、彼女もあのトラウマに直面した以上、二人の「アンカー(錨定者)」による引き寄せ効果が再現される確率は極めて高いはずだった。
僕はパソコンの前に歩み寄り、Yahoo!メッセンジャーを立ち上げた。
『さっきの件だけど、よく考えたら三十歳の約束は解除したほうがいいかもしれない。大学時代に恋愛をしないと、単位を落とすようなものだしさ。キャンパスライフの三大単位といえば学業、恋愛、サークルだ。僕は昔どれも単位を取れなかったけれど、君にはその力があるんだから、挑戦してみるべきだと思うんだ』
しばらく待っても返信は来なかった。相手はオンラインではないらしく、ステータスもオフライン表示になっている。それとも、もう僕からのメッセージを見たくなくて、一時的に避けているのだろうか?
やはり、自分の本音をすべて曝け出すべきではなかった。こんな言い方をされたら、誰だって引き下がるに決まっている。
パソコンの画面を消し、ベッドに戻って横になった。何も考えず、眠ろうともせず、ただ静かに横たわっていた。
十数分後、突然パソコンから通知音が響いた。彼女からの返信に違いなかった。
跳ね起きるようにベッドから飛び出し、再び画面をつけると、案の定、陳逸樺からのメッセージだった。
『あたしとしてはね、この件は卒業旅行の時の出来事よりもずっと重大なことなの。あのトラウマからずっと抜け出せずにいたあたしを連れ出して、未来の希望を見せてくれたのはあんただった。だから感謝してる。あの時言った通り、あんたの要求なら何でも聞くわ。言ったことは撤回しない。周任って男が現れるまでは、約束を守り続けるから』
僕たちは互いにとっての光だったのだ。ただ時空がズレてしまい、僕を正しい時間軸に配置してくれなかった。彼女もまた、正しい時間軸に置かれなかった。傷ついた二つの魂が、こうしてこの時間軸で交差しただけに過ぎない。
『危険源を避けるために、今回は東海大学じゃなくて逢甲大学の経済学科を選ぶことにしたの。でも同じ台中だから、あたしが連絡したらちゃんと返信しなさいよ』
『へえ、すごいね。まだ成績すら出てないのに、もう逢甲の経済に受かる気満々なんだ』
『もう備審資料(推薦入試の提出書類)を作り始めてるもの。お母さんには「成績も出でてないのに何を急いでるの」って言われちゃったけどね』
『成績発表まであと一ヶ月もないんだし、今から準備するのは正しいよ。君に触発されて、僕もそろそろ準備しなきゃって気になってきた』
『あんたは静宜の社会福祉学科に行くのよね?』
『そうだよ。成績が良ければ東海の社会福祉学科も狙うけど、僕にそこまでの実力はないだろうな』
互いに台中の大学へ進むと約束を交わした。僕たちはそれぞれ、自分の成績と積み重ねてきた努力に自信を持っていた。
実際のところ、ネットで備審資料の書き方を調べる必要すらなく、たった二日で書き上げてしまった。
試験勉強などに比べれば、未来の僕にとってこの手の資料作成など赤子の手をひねるようなものだった。
成績が発表され、武器のように分厚い大学合格予測本と照らし合わせると、確かに僕が最も合格しそうなのは静宜の社会福祉学科だった。東海の社会福祉学科もダメ元で挑戦してみるとしよう。試してみる価値はあるし、同じ学科の資料ならカバーを差し替えるだけで中身はほぼ同じなのだから。
「その資料、ちょっと見せてよ」
右隣に座る軍神が声をかけてきた。
「ちょっと恥ずかしいんだけど……」
口ではそう言いつつも、素直に差し出した。見せられないような内容ではないし、出来栄えには自信があった。今回は元の時間軸のように、必死で指定科目試験(指考)の準備に追われずに済みそうだ。
「へえ、すごく上手に書いてるじゃない。スラスラ読めて、まるでデタラメを並べてるみたいだわ」
軍神姉さん、それは褒めているのか貶しているのかどちらなのだろう。
「なにせ未来人だからね。就活の履歴書を書くのに比べればこんなの朝飯前だよ。それに一発勝負で結果がはっきり出るから、不採用のまま放置されることもない。明確な返事がもらえるだけマシさ」
「まあね。でも就活なんて、まだまだ先の話だけど……」
「実はそんなに先でもないよ。大学の四年で順調に卒業して、院に進むつもりがないならあっという間さ」
僕自身、大学院に進むつもりはなかったし、この時期の静宜大学の社会福祉学科にはまだ大学院(修士課程)自体が存在していなかった。
面接の日があっという間にやってきた。
面接の受け答えも資料作成と同じだった。今の僕にとって、嘘をつくことなど日常会話と同じくらい自然にこなせる。面接官の質問にも淀みなく答えることができた。……これってある種のカニング(ズル)にならないだろうか? もしこれで合格してしまったら、補欠合格の一番手の人に少し申し訳ない気がした。
だが、僕はやはり合格した。
補欠第一位の受験生には、ここで心からお詫び申し上げたい。
卒業式まであと二ヶ月。
その前に、まずは卒業記念冊(卒業アルバム)が配られることになる。
進路が決まった以上、この最後の二ヶ月間は思いっきり充実した高校生活を送るとしよう。
クラスで指定科目試験に挑む生徒は半分にも満たないようだった。
推薦で早期合格を決めた生徒が多く、すでに授業を消化試合のようなリラックスした態度で受けていた。高校生活の最後の数ヶ月なのだから、楽しむのは当然のことだ。
正直なところ、前回すべての本音を打ち明けてからというもの、心がずいぶん軽くなっていた。仮面を脱ぎ捨てて「本来の自分」として生きていきたい気もしたが、そうすると再び社会との摩擦にぶつかってしまうだろう。この社会において、陰キャという性格は好かれるタイプではない。やはり明るく活発な人間を演じ続ける必要があった。
だから僕は仮面を被り直し、笑顔で周りと接した。僕が告白して振られたことなど誰も知らないし、陳逸樺とのやり取りも以前と何も変わらない。誰もその違いに気づくことはないだろう。
僕たちは、この時間軸に溶け込むように、すべてを正常な軌道へと戻す努力をしなければならなかった。
五月に入り、卒業記念冊の配布が始まった。この時期になると、普段のクラスでの立ち振る舞いが如実に表れる。
面倒を避けるために、最初から誰にもサインを求めない生徒もいた。
一方の僕はやる気満々だった。元の時間軸でも僕のアルバムの寄せ書きページはぎっしり埋まっていたが、今回はそれ以上に埋まるかもしれない、と期待していた。
まずは燕子の席へ歩み寄った。僕がアルバムを手にしているのを見ると、彼は僕の意図を察したようだった。
「自分の席に戻りなよ。すぐにみんなが君のアルバムにサインしにやって来るからさ」
「え? 僕ってそんなに有名人だったっけ? 席で棚ぼたを待っていればいいのかい?」
「そうだって。早く席に戻らないと、みんな君を探せないだろ」
彼の言う通り素直に席に戻ると、案の定、次々と人が押し寄せてきた。
「もう先生に逆らうなよ!」
「大学に行ったら必修の三大単位、ちゃんと取れよな!」
「二人の幸せを祈ってるよ!」……待て、これは誰が書いたんだ。「二人」って一体誰と僕のことだ!
「今までありがとう。君のおかげでクラスが賑やかになったよ、未来人!」——溫嘉鴻。
「オタク華、大学に行ったらあんまりオタクにならないで、もっと友達と交流しなよ!」——小可愛。
「未来で一攫千金するためのコツ、早く教えろよ!」——阿哲。
「最初は変人かと思ってたけど、やっぱり本当の変人だったな。最初からクラスに共通の話題を作ってくれてありがとう、未來人」——燕子。
「大学に行ったら自分のこと未来人って言っちゃダメよ。すぐ変人扱いされてクラスに馴染めなくなるから。それと先生とケンカするのもやめなさいね」——小玉。
長文を書いてくれる者もいれば、一筆サインだけの者もいた。帥哥と芊涵は二人のイラストを描いてくれた。あっという間に、僕のアルバムの内表紙の白い余白はメッセージで埋め尽くされた。燕子の言った通り、僕が動き回る必要などなく、休み時間になるたびに誰かがサインを求めてやってきたのだ。
唯独、陳逸樺だけは書きに来なかった。仮に書こうとしたところで、もう余白など残されていなかったのだが。
放課後のチャイムが鳴り響くと、みんな足早に教室を後にした。けれど僕と彼女だけは、まるで示し合わせたかのように、静かに教室に残っていた。
「どうしたの、大人気者さん。なんで帰らないの?」
「君こそ。みんな帰っちゃったよ」
「あのね、卒業式が終わった後、渡したいものがあるの。卒業舞踏会の後まで残る?」
僕たちの高校では、卒業式の後に生徒主体で卒業舞踏会が催されるのが恒例だった。体育館で開催されるため、卒業式が終わってもそのまま学校に残り、舞踏会が終わってから帰宅する者も多かった。
舞踏会とは名ばかりで、ステージ上で音楽を流し、みんなで飲食しながらおしゃべりを楽しむ程度の集まりだ。
「残るよ。偶然だな、僕も君に渡したいものがあったんだ。君のアルバムはもう埋まっちゃっただろうから、別にメッセージを書いて渡そうと思ってね」
「ふふ、いいわね。じゃあ卒業舞踏会が始まる前にしましょ」
「うん」
光陰矢の如し。あっという間に卒業式当日を迎えた。この一日が過ぎれば、僕たちはこの高校を去ることになる。高校三年間の思い出(僕にとっては二年だが)もここで一段落だ。友達との別れを惜しんで涙を流す者も多かった。未来において再び連絡を取り合うかどうかなど、誰にも分からなかったのだから。
少し眠気を覚えながら話を聞いていたその時、突然先生が駆け寄ってきて、僕を列から連れ出した。
「どうしたんですか、先生?」
「もうすぐ君の登壇の番だ」
「はい? リハーサルにそんなプログラムはありませんでしたよ?」
頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになった。卒業式で僕にスピーチをしろというのか? 僕が一体何者だというのだ。そんな大層な人間じゃない!
「先生が手配したんだよ。この青臭い高校生たちには、君のような『未来人』からの示唆が必要なんだ。他の先生たちも同意してくれたぞ」
一体全体、この学校はどうなっているんだ。なぜ他の先生まで同意しているんだ! 僕は人前に立ってスピーチをするようなタマじゃない。そういう役目は阿哲や帥哥たちに任せるべきだろう!
「続きまして、卒業生代表のスピーチです。お招きするのは一人目、未来から現代へやって来たと噂の生徒、施懷華くん」
司会がその名を読み上げた瞬間、僕は魂が抜け落ち、二度と戻ってこないような感覚に襲われた。
「早く、君の番だ! 壇上に上がって何か喋ってこい。できれば君のあのゴミみたい大学生活の話をしてやるといい」
先生、よくもまあ僕が昔話したことを覚えていたものだ!
僕はうつむいて頭を振った。意識がハッキリしているのを確認すると、観念して体育館の壇上へと足を進めた。
「皆さん、こんにちは。僕のことを知っている人がどれだけいるかは分かりませんが、今日僕がこうして壇上に押し出されたのには理由があるのだと思います。僕がこの時間軸にやってきたのと同じように、すべての出来事には意味があるのです」
クラスメイトたちは顔を見合わせ、泣いていた生徒すら目を丸くして僕を見つめていた。その表情は誰もが「なんでお前が壇上にいるんだ?」と物語っていた。
それ、僕が一番知りたいことだから!
「まず、皆さんは先生から『大学に入れば楽になる』という言葉を聞いたことがあるかもしれません。ですが、僕から言わせてもらえば、大学は高校よりもずっと大変で、ずっと辛い場所です。授業のコマ数は減りますが、自分自身で探求しなければならない出来事が山ほど待っています。ですから、大学は決して楽な場所ではありません。そんな甘い気持ちで進学すれば、ただ自分を苦しめるだけです」
客席のあちこちで、首をかしげながらひそひそ話す声が聞こえ始めた。
「次に、韓愈の言葉を引用させてもらいます。『世に伯楽有りて、然る後に千里の馬有り。千里の馬は常に有れども、伯楽は常に有らず』。皆さんは高校生活の中で、自分だけの光を見つけることができたでしょうか? あなたを照らしてくれる存在を見つけられたでしょうか? 本当の親友とは、一生モノの存在です。どんな時でも友を思いやり、愚痴に耳を傾け、手を差し伸べてくれる。もし高校で見つけられなかったのなら、大学で探してください。友達という存在は、魂の傷を縫い合わせ、前を向いて遠くまで歩んでいく力をくれるのですから」
僕は視線を壇下の陳逸樺に向けた。彼女もまた、僕をじっと見つめていた。
「最後に……なぜ僕がここに呼び出されたのか、僕自身サッパリ分かりません。この学校は狂っています! ですが、僕の言葉が少しでも皆さんの役に立ったのなら、これ以上の光栄はありません」
言い終えると、僕は慌ただしく壇上を駆け降り、クラスの列へと戻った。
「続きまして、二人目の卒業生スピーチです。吳承祐くん」
聞き覚えのある名前だった。確か定期テストで常に学年一位を誇る天才児だったはずだ。
「おい、オタク華! 君のスピーチ、すごく良かったぞ! さすがは大人気者だな!」
「ヒューヒュー! 一組の有名人!」
「大人気者! 大人気者!」
「一組、騒ぐんじゃない。式典の最中だぞ」
教官が歩み寄ってきて注意を促すと、みんな大人しく口をつぐんだ。
長冗な卒業式がようやく終わり、生徒たちは教室へと戻された。あちこちで小グループができあがり、別れを惜しんで涙を流す者もおり、教室には、悲喜交々の空気が漂っていた。
大勢のクラスメイトが僕の周りを取り囲み、なぜ登壇したのか、あるいは大学生活とはどんなものかを尋ねてきた。だが正直なところ、僕自身も大学生活には疎かった。前述の通り、新歓合宿にも参加せず、直屬(先輩後輩制度)とも関わらず、新歓コンパ(家聚)の類にも顔を出さなかったため、僕にとっての大学生活もまた見知らぬ世界だったのだ。
ようやく解散の時間となった。帰宅する者もいれば、残って卒業舞踏会を待つ者もいた。
もちろん、僕に残る方の選択肢しかなかった。約束していたのだから。
「「これ、君に(あんたに)あげる!」」
僕たちは声を揃えて叫んだ。
互いが差し出した手元を見て、二人は顔を見合わせて大笑いした。
彼女が差し出したのは、文字が書き込まれた彼女のタイムペッパーだった。
僕が差し出したのもまた、メッセージを添えた僕のタイムペッパーだった。
「何が書いてあるのか見せてよ……」
彼女のタイムペッパーを受け取ろうとした瞬間、彼女はサッと手を引っ込めた。
「あたしが先にアンタのを見るの!」
「分かったよ……」
彼女の押しに負け、僕は自分のタイムペッパーを差し出した。
「どれどれ……『僕たちがアンカー(錨定者)なら、ランダム性なんてクソ食らえだ』。裏には『必然性なんてクソ食らえ、自分の運命は自分で掴み取れ』か……あんた、すっごくオタクっぽいこと書いてるじゃない!」
彼女は笑いながら僕の肩を小突いた。
「こんなセリフ、タイムペッパーにしか書けないよ。口に出して言えるわけないだろ。周りは君が未来人だって知らないんだから。それとも舞踏会の時に、君も未來人だって皆にバラそうか?」
僕は冗談めかして笑いかけた。
「やめてよ! 今日あんたが登壇しただけでも肝が冷えたんだから。変なこと口走らないかハラハラしたわ」
「じゃあ、今度は君のを僕に見せてよ」
僕のタイムペッパーを受け取った以上、彼女も自分の分を渡さなければフェアじゃない。
「最初から渡すつもりだったわよ」
彼女から受け取ったタイムペッパーには、こう書かれていた。
『この二年間、一緒にいてくれてありがとう。未来でも、あたしたちは絶対に友達でいられるって信じてるわ』
「ねえ、お互いにタイムペッパーを交換しちゃったら、意味がなくなっちゃうんじゃないかい?」
タイムペッパーは破った本人しか過去に戻れない。僕が彼女のものを破ろうが、彼女が僕のものを破ろうが、相手を過去に送ることはできず、自分が戻るだけなのだから。
「意味がないなんてことないわよ。ここに書かれた文字こそが、この紙が存在する意味なんだから。卒業アルバムに挟んで、ずっと大切にしておくわ。人生は一度きりだからこそ、酸いも甘いも噛み締められるのよ」
「へえ、素晴らしい言い草だね。だから今日、あんな風に壇上に引っ張り出されたんだよ」
「あれは学校の謎チョイスでしょ! あたしは何も知らなかったんだから!」
そうやって他愛もない冗談を言い合い、太陽が西の空へと沈むまで時間を過ごした。やがて卒業舞踏会が始まると、僕たちはそれぞれの輪の中へと戻っていった。




