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第十八章 修学旅行初日

今日は修学旅行(畢業旅行)の初日だ。二泊三日の日程で、台湾南部を巡る旅が始まる。


六つのクラスが大型観光バス(遊覧車)へと乗り込んでいく中、僕は偶然にも例の「ロン毛(長髮)」を目にした。トレードマークだったあの長髪をバッサリと切り落とし、さっぱりとした短髪に変貌を遂げていたのだ。


……これは本当に警戒を強めた方が良さそうだ。髪を切ったのは、彼なりの「覚悟」の表れなのかもしれないのだから。


バスの隣の席には温嘉鴻(ウェン・ジアホン)が座り、僕に気さくに話しかけてくれた。


けれど、昨夜ほとんど眠れなかったせいで、彼が何を話しているのか半分も頭に入ってこなかった。


未然に防ぐにはどうすればいいのか、未発生の突発的トラブル(事件)をいかにして回避すべきか、そればかりを延々と脳内で考え巡らせていたからだ。


三十五歳という年齢の精神的疲弊は、そう簡単に回復するものではないらしい。若い頃より物事を熟慮して処理できるようになった反面、一度エネルギーを消耗してしまうと、元に戻るまでに途方もない時間がかかってしまう。


結局、僕は揺れるバスの中でそのまま深い眠りへと落ちていった。


◇


最初に到着した目的地は、東海大学(Tunghai University)だった。


修学旅行は受験生たちの気分転換という名目があるものの、一応は「校外学習(戶外教學)」なので、こうして大学見学がスケジュール組み込まれているのだ。


「どうだ施懷華、思い出深い大学に来た気分は? 昔のゴミみたいな不快な記憶でも蘇ってきたか?」


担任の先生が嫌味っぽく僕をからかってきた。


「めっそうもないです。大学なんてゴミみたいな場所だったなーってことくらいしか覚えてませんよ」


もちろん、このセリフは小さな声で呟いた。在校生に聞かれて「うちの大学を侮辱された」と誤解されては堪ったものではない。


「ねえオタク華、大学ってすごく良さそうな場所じゃん。高校よりずっと自由だし、気楽に過ごせそうだよね?」


燕子(ヤンジ=ツバメ)が目を輝かせながら尋ねてきた。


「そりゃあ今は表面上の綺麗な部分しか見えてないからさ。実際はどの教授の講義を受けるかによるし、講義内容でちゃんと学びがあるかどうかだよ。『栄養単位(營養學分)』ばかりじゃ意味がないしね」


「栄養単位? なにそれ?」


「要するに楽単(ラクタン)のことさ。出席しなくても単位がもらえて簡単に単位が取れる代わりに、講義からは何一つ学べない講義のこと。本来なら『無栄養単位』って呼ぶべきなのに、なぜかみんな『栄養単位』って呼ぶんだよ」


正直なところ、僕はそうした楽単の講義が大嫌いだった。だが、当時の僕の成績と学習能力では、そうした単位に頼らなければ卒業すら危うかったのも事実だ。


突然、先生たちから集合がかかり、クラスごとに分かれて教室で説明を聞くことになった。東海大学の概要や各学部の紹介など、僕たちの進路選択に役立てるためのオリエンテーションだ。


二時限分ほどの講義が続いたが、大学の授業らしくチャイムが鳴っても休憩時間すら挟まなかった。


他のクラスメイトたちがこの環境に適応できるかどうかは疑問だった。


教授の講義がようやく終わり、構内を散策する自由時間(參觀)となった。僕はさりげなく陳逸樺(チェン・イーファー)の隣へと歩み寄った。


「どう? 懐かしい?僕のいた世界線で、君が通っていた大学だよ」


「私のいた世界線でも、私は東海大学に通ってたんだよ。ってことは、これって『必然性』ってヤツなのかな?」


「企業管理学科(企管系)?」


「ううん、経済学科(經濟系)。社会科学部(社科院)のキャンパス……あ、ちょうどこの近くだよ! だからすごく懐かしいな。あんたはどこに通ってたの? 私の世界線だと、あんたは朝陽科技大学に通ってて、映画系の学科にいたって前に話したよね?」


朝陽科大に映画系の学科なんてあっただろうか? 行ったことがないので僕にはさっぱり分からなかった。


「僕は静宜大学(Providence University)の社会福祉学科(社工系)だよ。僕のイメージとは全然違うだろ?」


「ううん、そんなことないよ。温嘉鴻が心を開くのを手伝ってる姿を見てたら、あんたには社工系がすごく向いてると思うな。あ、社工系がボランティアサークル(志工系)と違うことくらい私だって知ってるから安心してよ」


「はは、東海大学にも社工系はあるけどね。まあ福祉学科がボランティアと混同されるなんて今に始まったことじゃないし、もう慣れっこだよ」


「経済学科だって『数学にすごく詳しいんでしょ』って誤解されがちだけど、実際は高校レベルの数学なんてほとんど使わないしね」


「高校生が抱く『大学生』のイメージなんて幻想だらけさ。卒業後に母校から招かれて、後輩たちに各学科のリアルな姿を講義する日が来たりするのかな」


「考えすぎだって。うちの建功高校は進学校じゃないんだからさ、高校生たちには夢を見させてあげなよ。その方が夢があって良いじゃん、ヒヒッ」


「この意地悪め。後輩たちを救ってあげようよ」


「そんなの知ったこっちゃないもん。私はこの世界線でも絶対に東海大学の経済学科に合格してみせるから!」


「じゃあ僕も静宜大学の社会福祉学科に合格しなきゃな。……いや、やっぱり映画系の学科に挑戦してみたいかも」


「ちょっと、急に台芸大(國立臺灣藝術大學)とか受け始めるのはやめてよ? あんたの成績じゃ無理だからね」


「分かってるって。ただ未来に対してまだ迷いがあるんだよ。社会福祉学科が自分に向いていないと知りつつも、人を助けることと文章を書くこと(寫作)の両方が好きなんだ。全く異なる二つの道だから、選ぶのが本当に難しいよ」


僕たちは路思義教堂(Luce Memorial Chapel)の近くにある芝生に座り込み、とり止めのない会話を交わした。


前々回の世界線で、僕をこの路思義教堂で待っていた陳逸樺のことを思い出した。あの後、彼女はどうなったのだろう。もしかしたら自分なりに満足のいくハッピーエンド——僕と無事に付き合えた世界線——を迎えていたのかもしれない。……だが、その後の二人が破局したのか、それとも一生の伴侶となったのかまで妄想するのはやめておこう。遠い未来を案ずるより、まずは目の前の一歩をしっかりと踏みしめるべきなのだから。


◇


昼頃に台中市内で美味しい昼食を堪能した後、僕たちはバスに揺られてさらに南下した。


初日の宿泊地は雲林県にある農場ペンション(農場民宿)だった。


夜は自由時間となったが、学校の規則により「男子が女子の宿泊棟へ行くことは禁止」とされていた。一方で「女子が男子の宿泊棟へ遊びに来ることは許可」されていた。……男女平等とは一体何なのだろうか。


陳逸樺はきっと、また六組の女子部屋へおしゃべりに行っているのだろう。少なくとも男子生徒が向こうへ行けない以上、そこには安全な防護網が存在しているわけだから、僕は胸を撫でおろしていた。


温嘉鴻に誘われ、僕は二人で夜風に当たりながら散歩に出かけた。最近の彼はどんどん口数が増えて饒舌になっており、僕も喜んで彼の話し相手になった。


歩みを進めるうちに、僕たちは街灯もない人通りの途絶えた暗闇へと辿り着いた。


「うわぁ……ここから見上げる星空、すごく綺麗だな」


見上げると、都会とは比べものにならないほどの満天の星々が広がり、視界に収まりきらないほどだった。


「施懷華、俺、お前のことが好きだ」


「えっ?」


今、何と言ったのだろう。


「俺、本気でお前のことが好きなんだ」


温嘉鴻がもう一度、はっきりと口にした。


「え、あ、ちょっと待って……僕に少し整理させてくれ」


人生で初めて受ける愛の告白だった。しかも、その相手は男子高校生だった。


同性愛に対して偏見はないけれど、僕自身はノンケ(異性愛者)だ。まさか自分が真っ先に「伏兵」の奇襲を受けることになろうとは。……慎重に言葉を選ばなければならない。彼の傷口を広げず、かつ自分の立場を明確にするために。


「……気にしないでくれ。急に言われて理解できないのは分かってるから。返事はいつでもいいよ」


「いやいやいや! 今すぐ返事させてくれ。……ごめん、君の『好き』っていうのは、恋愛感情としての『好き』なのかい?」


「お前は何度も俺に話しかけてくれて、俺の心を開こうとしてくれた。お前はそれを見事にやり遂げたんだ。だから俺もお前を好きになった。……そうだよ、恋愛としての『好き』だ」


「ごめん。僕には……もう好きな人がいるんだ」


「……まあ、なんとなく分かってたよ。陳逸樺のことが好きなんだろ?」


「えっ?」


「そんなに驚くなよ。告白すると決めた時から、振られる覚悟なんてできてたさ。今日の午後、二人が芝生の上に座って喋ってるのを見たよ。全校生徒が気づいてるレベルで仲が良いだろ、お前ら。友情を超えてるのに、まだ恋人未満みたいな絶妙な空気感さ」


「全校生徒か……『名之不可不慎也如是。欲蓋而名章,懲不義也(名を付けるのは慎重でなければならない。隠そうとすればかえって顕わになる)』か……」


……僕の不注意だった。周囲の流言蜚語(噂話)に対してしっかりと防壁を築かず、曖昧な態度のまま放置していたからこそ、こんな事態を招いてしまったのだ。


「……何ブツブツ言ってんだよ?」


「ううん、何でもない。ただ頭を隠して尻隠さず(欲蓋彌彰)というか、画虎類犬」


僕は再び空を見上げた。夜空には無数の星が瞬いていたけれど、僕の心を照らしてくれる星は一つとして存在しなかった。


「……帰ろうか。もう遅いし、お風呂に入って寝る準備をしないと」


「……振っちゃって、ごめんな」


「いいよ、分かってるから」


——分かっているはずなんて、なかった。


彼の一言は、僕が顔に貼り付けていた「微笑みの仮面」を、力任せに剥ぎ取っていったのだ。


修学旅行はあと二日残っている。明日からの共同行動は、気まずい空気で支配されることになるだろう。


僕は生まれてこの方、誰かから告白されたことなんて一度もなかった。だからどう対処すべきなのかも分からなかった。


陳逸樺に群がる質の悪い男を排除する覚悟はできていたのに、自分自身に対する覚悟など何一つ準備していなかったのだから。


——これは、僕の人生において最大の「計算違い」だった。

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