第十七章 風雨迫る前夜
警察はすぐに轢き逃げの容疑者を割り出した。採血検査の結果、やはり飲酒運転(酒駕)を行っていたことが発覚した。さすがは防犯カメラの設置密度が世界トップクラスの台湾といったところか。
示談金(和解金)はわずか十万元(約四十五万円)程度だったが、この時代においては決して小さな金額ではなかった。
僕はそのお金で新しい自転車を購入し、新しい携帯電話を買い、クラスメイトたちと電話番号を交換した。元の世界線での僕はそんなことなど一度もしたことがなかった。高校の同級生と連絡先を交換するのはこれが人生で初めての経験で、どこか新鮮で誇らしい気分だった。
事故から一ヶ月が経ち、傷もすっかり癒えた。
これでようやく、みんなと元通りの日常(互動)を取り戻すことができる。
今日、燕子(ヤンジ=ツバメ)、芊涵、そして小可愛の三人が僕のデスクの周りに集まっていた。僕たちは高二の校外学習——つまり修学旅行(畢業旅行)の班分けについて話し合っていたのだ。
一班につき六人グループ。だから僕たちの班には、あと二人ほど入れる余裕があった。
だが、誰を誘うべきだろうか?
正直に言えば、元の世界線で自分が修学旅行に参加したかどうかすら覚えていなかった。行ったこと自体は確実なのだろうが、どこへ行き、誰と同じ班だったのかといった記憶はきれいに抜け落ちていた。きっと担任の先生に適当な班へと突っ込まれたのだろう。居心地の悪さに苛まれた痛々しい記憶など、覚えているはずもなかった。だが今回の人生では、自分の未来だけでなく、他人の未来だって変えて見せるのだ。
「軍神(戰神)と芸芸はどうかな?」
芊涵が真っ先に提案した。小可愛と燕子は賛同も反対もしなかった。
「まずは二人の意向を聞いてみないとね」
僕たちが真っ先にグループを組んだとはいえ、ア哲(阿哲)や帥哥たちも次々と自分の班を決めており、クラスで余っている生徒はごくわずかになっていた。
「温嘉鴻と陳逸樺でもいいんじゃない?」
今の温嘉鴻はすっかり心を開き、周りの助けを受け入れてくれるようになっていた。
「でもKIKIはいつも六組に遊びに行ってるからさ、向こうの友達と同じ班になりたいんじゃないかなぁ」
小可愛がそう口にした。考えてみれば確かにその通りだった。けれど、今の彼女はうちのクラスの生徒なのだから、同じクラスの班に入らなければ意味がない。僕たちの班に引き込んでおけば、僕が彼女を守ることができる。修学旅行という非日常の場には、クラスという境界線による保護網が存在しない。ロン毛(長髮)がその隙を突いて彼女に告白してくる可能性だって十分に考えられた。彼女は断るだろうが、もし万一のことがあったら大変だ。
「そういえばさ、この前KIKIに聞いたんだけどね。あんたが告白したのは小学生の時だったんでしょ?」
口に水を含んでいなくて本当に良かった。含んでいたら一瞬でデスクに吹き出していたところだ。
「……彼女がそう言ってたのか?」
「うん。高校生になってからは、あんたが自分に興味を示さなくなったって言ってたよ」
僕は心底胡散臭そうな視線を小可愛に向けた。『それ本気で言ってるのか?』と問いただすように。
けれど、今の僕の立場としては肯定せざるを得なかった。
「……ああ、その通りだよ。高校で再会してからの彼女は何かとベタベタしてきてさ、正直鬱陶しいとすら思ってたんだ」
言葉にしなくても、僕が彼女のどんな行動——背後から不意打ちで抱きついてくるような行為——を指しているのか、三人は察したようだった。
だが胸の奥では、はぁと溜息をついていた。彼女は僕を特別に思っているのか、それともただの玩具扱いなのか、本当に見極めがつかない。放課後、もう一度ちゃんと話してみよう。
「本当? 鬱陶しいなんて言っちゃってさ、私から彼女にそう伝えてあげようか?」
芊涵が怪しむような目つきで僕を見つめてきた。
「コホン……いいよ。僕から直接言ったけど、あの距離感を考慮しない癖は死んでも治らないんだ」
「二人って本当に付き合ってないの? こないだ他のやつから聞いたんだけど、放課後に二人だけで教室に残ってコソコソ話してるらしいじゃん」
今度は燕子が攻め立ててきた。
まさか目撃されていたとは。学校はオープンな空間なのだから見られても仕方がないが、僕たちはそれぞれの世界線の物語を語り合っていただけで、高校生として一線を越えるような破廉恥な真似なんて一切していなかった。
「で、あんたは今でも彼女のことが好きなの?」
小可愛が追い打ちをかけてくる。
「好きだよ。でもそれは『友達』としての好き(友情)だ。君たちに対するのと同じ、純粋な友情だよ」
燕子の追及をスルーすることにした。深追いされると面倒だからだ。
「なーんだ、要するに『ただの友達』カード食らったってことね。泣かないで、泣かないで〜」
僕の心の中では、確かに大号泣の嵐が吹き荒れていた。
「違うって、そんなんじゃないよ! 今の良好な関係で十分じゃないか。現状に満足すべきだよ、これ以上望んだって仕方ないだろ?」
……今のセリフ、ちょっと老け込みすぎて(老成)いただろうか?
「ってことは、本当はもっとアプローチしたい(追求)んだ?」
あー! もういい、もういい! これ以上追及しないでくれ! これ以上突っ込まれたら、僕はまた自分探しの迷宮に迷い込んでしまう!
「してないって言ってるだろ! ……それより温嘉鴻はどうかな? 僕たちの班に入れてあげないか? 彼の修学旅行に良い思い出を残してあげたいんだ」
僕は慌てて話題を逸らした。連打で尋問され続けたら、本当に精神が持たない。
「ふん、相変わらずお人好しなんだから。まあ本人の意思次第だけどね。最近はようやくクラスと会話してくれるようになったし、いいんじゃない?」
「じゃあ僕が聞いてくるよ。みんなが反対しないならね」
「うん、私たちは反対しないよ」
燕子が他の二人を見やると、二人とも嫌そうな顔はしていなかった。これなら問題なさそうだ。
僕はおとなしく自分の席で眠っている温嘉鴻のところへ行き、彼のデスクをコンコンと叩いた。
「どうした……授業始まったか?」
「ううん、修学旅行の件だよ。もうグループは決まった?」
「まだ。でも帥哥から『うちの班に来ないか』って誘われた」
「そっか。それなら良かった。実は僕たちの班に来ないか誘おうと思ってたんだ」
確か帥哥のグループはすでに定員に達していたはずだ。一足遅かったか。
「あ、それ言いに来たのか? じゃあお前らの班に入るよ」
「あと、もし僕が陳逸樺をこの班に誘ったら、君は気にするかい? どうせ自由行動の時間は六組の友達のところへ飛んでいくだろうし、安心していいと思うよ」
何に「安心」するのか自分でも分からず、疑問形で問いかけてしまった。
「お前ら、班の中でイチャつくつもりか?」
「絶対に違う! 僕と彼女は付き合ってないし、いい雰囲気にすらなってない! 僕は彼女から『ただの友達』カードを切られた関係だと思ってくれればいいからさ!」
「ははっ、冗談だよ。俺は気にしないから誘ってくれば」
この時になって初めて気づいた。僕はいつの間にか班のメンバーを集める役割(主導者)になっていたのだ。かつての立場とは大違いだった。神様、これが僕の努力の成果なのですか!
チャイムが鳴ると、陳逸樺が六組から慌ただしく戻ってきた。僕の忠告を全く聞いていないようだったが、向こうに友達がいるのだから責めるわけにもいかない。
「ねえ陳逸樺、修学旅行の班、僕たちと一緒にならないか? あと一人足りないんだ。まだ決まってないだろ?」
「うん、まだだけど……小玉からも誘われてるんだよね」
「そっか。まあ、君の都合の良い方でいいよ」
「この授業の間に少し考えさせて。次の休み時間に教えるから……ううん、やっぱり放課後残ってよ。その時に話すね」
「えっ……まあ、分かったよ」
燕子たちが返事をそこまで待てるか分からなかったが、修学旅行まではまだかなり時間がある。ただ僕たちが早めに動き出しただけなのだから大丈夫だろう。
この時間は歴史の授業だった。先生は僕が最も興味のない「台湾史」について熱弁を振るっていた。台湾の歴史は歴史が短く、大規模な合戦や戦役がほとんど存在しないからだ。『三國志』などの戦略シミュレーションゲームを愛好する僕としては、海外史や中国史の方がずっと魅力的だった。
いま自宅のパソコンには『エイジ オブ エンパイアII』が入っており、たまに起動しては遊んでいた。あるいは『曹操傳』だ。この時代にはまだプレイできるスマホゲームなんて存在せず、PCのシングルプレイ(單機遊戲)が主流だった。
ようやく終業のチャイムが鳴り響いた。燕子たちがこちらへやって来る前に、僕の方から話しかけた。
「陳逸樺が『放課後に返事する』って言ってるんだけど、それまで待てるかな?」
「あ、いいよー」
「OK」
「全然平気、急がないし」
三人の了解を得たので、放課後は二人きりで気兼ねなく秘密の会話ができると思っていた。……だが、この三人組は一向に帰ろうとしなかった。
「ねえ君たち、早く帰りなよ。僕たち私用の話があるんだからさ」
「そうだよ、早く帰りなよ。私、オタク華に聞きたいことがあるんだから」
「私たち三人に聞かれたらマズいことなの〜?」
「そうだよ、コソコソしちゃってさ、怪しいなぁ」
「『ただの友達』カードを切った癖に、気を持たせるような真似してさぁ」
こんなことなら三人に許可なんて取らなければ良かった。まさか野次馬根性で見物しようとしていたとは。
「早く帰りなよ! ここから先は『お子様お断り』なんだからさ!」
「そうだよ、ここからはお子様お断り!」
「そんなこと言われたら、余計に好奇心がくすぐられるじゃん! ていうか、あんたらだって『お子様』でしょ!」
「僕の中身は三十五歳の大人(未來人)だから違うよ。お子様じゃない」
「じゃあKIKIは? 彼女は紛れもない『お子様』でしょ! あんたみたいなオジサンが子供に何しようとしてるわけ!?」
「何も触らんよ! とにかく僕たちに話し合わせろって。明日になれば彼女がうちの班に入るかどうか分かるからさ。時間を無駄にしないで、サッサと帰るのが身のためだよ?」
「まあね。じゃあ帰るよ……本当に帰るからね」
そう言い残して、三人は教室を後にした。
「……って、帰ってないじゃないか! なんでドアの隙間から頭だけ覗かせてるんだよ! 盗み聞きするな!」
こうしてようやく、あの三人の姿は完全に消え去ったのだった。
「それで? なんで放課後まで待たせたんだ?」
「僕の元の世界線では、君とは別の班だったんだよ。その時にちょっとした事件があったんだ……君には話していなかったから知らないだろうけど、僕は六組の生徒から告白されたんだ」
「……それって、ロン毛(長髮)?」
「ううん、違う人。でもすごく嫌な思いをしたんだ。……君の世界線では、そんなこと起きなかった?」
「ううん、聞いてないよ。修学旅行で何かあったなんて……あ、待って。一つだけあったかも。他校の男子で、私と同じ中学出身のやつから告白されたんだ。私がその人のこと好きだったから告白してきたんだけど、実は彼女と別れたばかりで寂しくなったから私に声をかけてきたらしくてさ。要するに『備胎(キープ扱い)』にされたの。後でYahoo!メッセンジャーで『付き合うべきかな』ってあんたに相談したでしょ」
「うぅ……なんで私の周りって、そんな男ばっかり寄ってくるのかなぁ……」
「モテるってのは良いことじゃないか」
「こんなモテ方なんて嬉しくないよ! 私は一人だけの人に一生一途に愛されたいだけなのに。付き合っては別れてなんて繰り返すのは嫌だもん」
「じゃあ僕たちの班に入りなよ。僕が隣にいれば、少なくとも『煙幕(避雷針)』の役割を果たせる。……ただ、あまり頻繁に六組へ遊びに行けなくなるかもしれないけれどね。六組に知り合いはいないから、できる限り僕たちの班の輪の中にいてほしい。小可愛とも親しいんだろ?」
「うん、そうだね……」
「もし誰かが君を二人きりで呼び出そうとしたら、まず僕のところに来なよ。そのためにも同じ班にいた方が都合が良いし、できれば一緒に行動した方が安全だ」
「……じゃあ約束ね。私を守ってよ?」
彼女と同じ班になれるなんて、思いもしなかった。元の世界線では夢のまた夢だった出来事だ。けれど、僕の目的は彼女と遊び浮かれることではない。僕の目の前にいる、この愛おしい存在をしっかりと守り抜くことなのだ。
◇
「昨日彼女と話したよ。僕たちの班に入ってくれるって」
こうして、六人の班が正式に結成された。奇妙なことに、男子三人・女子三人の綺麗なイーブンで、まるで「トリプルデート」のような構成だった。
……本当にただのデートだったら、どれほど良かっただろうか。




