第四章:真の男
一
箱根・竹下の合戦は、武士が朝廷の権威を「武力」によって完全に凌駕できることを証明した歴史的転換点であった。しかしそれは同時に、日本という国が「天皇の国」と「武士の国」に分裂し、激しく喰らい合う、長い南北朝の内乱の幕開けでもあったのだ。
ひとときの勝利に沸く軍勢を率い、尊氏は再び西へと進路を取る。
京の都を奪還するため。そして、己が犯した大罪の結末を見届けるために。
箱根の険を越えた足利の軍勢は、もはや誰にも止められぬ破竹の勢いで東海道を西上した。
延元元年(1336年)一月、尊氏は怒濤の進撃をもってついに京の都を占拠した。
ついに後醍醐天皇を比叡山へと追い詰める。
武士の世の完全なる到来を誰もが確信したその瞬間、歴史は神の悪戯のごとき劇的な逆流を用意していた。
「奥州より……、奥州より北畠顕家の大軍が迫っております! その数、数万!」
物見の悲鳴のような報せが、新春の京の街に鋭く響き渡り、足利方の将兵を震撼させた。
北畠顕家――弱冠十七歳の公家でありながら、奥州の屈強にして獰猛な武士たちを力で束ね上げる、不世出の天才将軍である。顕家は尊氏謀叛の急報を受けるや否や、陸奥国から京までの気が遠くなるような巨距離を、わずか一ヶ月あまりで駆け抜けるという、常識を完全に置き去りにした超人的な大強行軍を成し遂げたのである。
この顕家の電撃的な動きは単なる奇襲ではない。
東国のなかでも鎌倉を中心とする足利の巨大な地盤に対し、朝廷が奥州という広大な土地を対抗馬として長年育成していたという、大局的な地政学的配置の結実であった。地理的な遠隔の地から放たれた氷の矢が、いまや尊氏の喉元を正確に貫こうとしていた。
「兄上、新田の残党と、北から来た顕家の本隊が合流いたしました。三方からこの京を完全に包囲されつつあります。ここは一度都を出て、西国へ軍を退いて立て直すべきです」
政治と戦況の「理」を重んじる直義は、冷徹に戦力差を計算し、苦渋の撤退を具申した。
しかし、高師直は不敵に笑い、刀の柄を鳴らした。
「直義様、何を弱気なことを。せっかく血を流して手に入れた花の都を、公家の小倅ごときに無血で明け渡してなるものですか! 恩賞としての土地を餌にすれば、京の野武士や浮浪の徒などいくらでも集まります。力ずくで押し潰してくれましょう」
迫り来る奥州軍の地鳴りを聞きながら、尊氏の脳内で再び思考の天秤が激しく揺れ動く。
(北畠顕家の軍勢は、長旅で肉体の限界を迎えているはず。されど、彼らが掲げる『主上(後醍醐天皇)を救う』という大義の勢いは、いまや天を突き、死をも恐れぬ狂熱と化している。人間は、極限の飢えと疲労のなかにあっても、強固な信仰に似た志を持てば、通常の兵力を遥かに超える神がかり的な力を発揮するものだ。
翻って今の我が軍は、箱根での勝利に驕り、都の栄華に目を奪われて骨抜きになっている。この精神の弛緩のまま戦えば、我が軍は必ず大敗する)
尊氏は、師直の迎撃策を退け、直義の撤退論を採用した。優先すべきは一時的な面子や都への執着ではなく、「足利の軍そのものの崩壊を防ぐこと」であった。しかし、若き天才・顕家の進撃の速度と猛悪さは、尊氏の予測を遥かに超えていた。
京の淀川一帯で行われた激戦は、凄惨極まる地獄絵図となった。
二
「逆賊・足利を一人も生かすな! 怨敵を屠れ!」
顕家が率いる奥州の容赦なき騎馬軍団が、地を割り、泥を撥ね上げて足利の陣へ突撃する。その一騎当千の武勇に加え、比叡山の衆徒(僧兵)たちの怨念に満ちた数万の軍勢が、おびただしい数の長刀を振り回して死に物狂いで襲いかかってきた。
鎧を切り裂かれ、内臓をぶちまけて崩れ去る足利の兵たち。
淀川の川面は瞬く間に赤黒い血に染まり、累々たる死体が川の流れをせき止めた。宮方の圧倒的な猛攻の前に、足利軍は完膚なきまでに叩きのめされ、かつて数万を誇った無敵の軍勢は、見る影もなく四散し、潰走していった。
尊氏は、這う這うの体で摂津国・兵庫の港まで追い詰められた。
背後に広がるのは、鉛色にどんよりと曇った、冷たい冬の瀬戸内海だけである。
「もはや……、これまでか……」
都を追われ、再び朝敵の汚名を着せられた。
己を信じた無数の武士たちを戦場に晒して死なせた。
どうしてこうなった。
尊氏は冷たい砂浜にがっくりと膝を突き、再び底知れぬ深い絶望の淵に沈んでいた。
生きる気力を完全に失った尊氏は、震える手で刀を抜き、光る白刃を己の腹に突き立てようとした。
「兄上――っ!! 何をされるのですか!」
その腕を、直義が狂ったように飛び込んできて必死に掴み取った。直義は兄の体を激しく揺さぶり、涙を流して絶叫した。
「死んではなりませぬ! 命さえあれば、再起の機会は必ずございます。泥をすすってでも生きるのです!」
傍らに立つ師直もまた、表情一つ変えぬ冷徹極まる声音で、尊氏の死生観を容赦なく揺さぶった。
「尊氏様。ここで腹を切れば、ただの歴史の負け犬、天に逆らった哀れな逆賊として、末代まで名が残るだけでございます。後悔なき生き方、棟梁としての真の意地とは、勝つまで、泥水をすすり続けてでも生き長らえる執念のなかにしかございませぬ」
直義の引き裂かれそうな情、師直のどこまでも貪欲な業。
二人の言葉が、尊氏の凍りついた心をかろうじて溶かし、その瞳に微かな光を戻した。
(私は、また死に急ごうとした。己の不甲斐なさ、不条理な現実から逃げるために、死という安易な幕引きを選ぼうとしたのだ。
あえて、生き恥を晒す危険を取る。九州へ落ち延びるのだ。西国の武士たちを募り、もう一度、この国を根底から作り直す)
同年二月、尊氏はわずか千の傷だらけの敗残兵とともに、数隻の船に揺られて九州へと落ち延びていった。
しかし尊氏は、大局的な対立を引っくり返すための決定的な一手を打っていた。
留守にしていた京の光厳上皇の「院宣(上皇の命令書)」を、密かに手に入れていたのである。
これにより、尊氏は「後醍醐天皇にとっては朝敵」でありながら、「光厳上皇にとっては正義の官軍」という、新たなる絶対的な大義名分を手に入れた。
朝廷対武士という単純な対立の構図を、朝廷内部の分裂を利用した「二つの朝廷(南北朝)の戦い」へと、鮮やかに構造転換させたのである。
三
東国武士である足利が、土地鑑も血縁もない未知の土地・九州へ向かうという選択は、極めて危険な大博打であった。当時の九州は、一族の内紛や朝廷派の筆頭である菊池氏などが複雑に割拠する、京以上に一筋縄ではいかぬ混沌の土地だったからである。
落ち目の足利が九州に着いたのを、冷徹に見つめる男がいた。後醍醐天皇に絶対の忠誠を誓う、九州最大の勤王勢力・菊池武敏である。
「足利をここで根絶やしにせねば、必ずや天下の禍根となる。西海の果てを尊氏の墓場とせよ!」
武敏は激怒し、九州全土の反足利勢力を根こそぎ動員した。その数、およそ一万。じわじわと勢力を広げつつあった尊氏らを、筑前国(現在の福岡県)の広大な砂浜――多々良浜へと完全に追い詰めたのである。
延元元年(1336年)三月。
多々良浜の広大な砂浜において、両軍はついに正面から激突した。
足利軍は、わずか千。対する菊池軍は、一万。
地平線を埋め尽くす敵の軍勢を前に、足利の将兵の間に「また負けるのではないか」という凍りつくような絶望が走りかけた。数の上では、勝負にすらならない圧倒的な戦力差であった。
しかし、背水の陣を敷いた尊氏の眼には、もはや一抹の惑いもなかった。
「直義、戦に勝ちたいか」尊氏は直義に静かに聞いた。
「勿論です兄上。ですが圧倒的大差。勝機はあるのですか」
「ある。決して兄を追うな。ここで信じてただ待て。誰も動かすな。この戦では満身創痍の千の兵の一番良い使い方はここで留まることなのだ。万事を兄に任せよ」
尊氏は白馬の首をぐっと引き絞ると、最前線へ、あえて一人で躍り出た。
敵地との中間地点に着いた時、尊氏は自軍へ振り返って笑った。
尊氏の声が、打ち寄せる波の音を圧して響き渡る。
「我こそは清和源氏の正統、足利尊氏。この戦の総大将だ!
足利の兵どもよ!
満身創痍の兵どもよ!
よくも九州までついてきた。
遠路に次ぐ遠路を乗り越えて
足が動かすのでさえ激痛が走る我がつわものどもよ!
一万の兵に対して勝ち目は無い!
ここで死ぬぞ!
ここで死ぬからこそ!
最後に一番良いものを見せてやろう!
この足利尊氏の最後の戦!
眼に焼き付けて冥途に行け!」
そして尊氏は菊池軍の前に振り返って笑った。
馬上の尊氏は何かを待っている様子だった。
菊池軍の将が意図を察してこれに応じた。
足利軍に少し馬を走らせ自軍のほうに振り向いた。
「我が名は蒲池武久。
菊池武敏が一の家臣。一番槍を任されている。
京で敗れた都落ちの侍に怖気づくな。
我らは一万。勝ったも同然。
手柄が欲しいものは我に続け。
思い通りの褒美を」
そこまで話して菊池武久の首は砂浜に落ちた。
足利尊氏がゆっくりと馬を進め菊池武久に近づいても咎める者は誰もいなかった。
誰もが都の流儀に則った、「一騎討ち」か、「命乞い」か、もしかして「対話」が始まるのではと思ったのだ。
「戦の最中によそ見をするな」
尊氏は刀の血を拭いながら至極当然の事を告げた。
(なんという堂に入っただまし討ち。なんという悪党だ……!)
九州勢はどよめいた。名乗りすら利用して敵将を難なく打ち取る。こんな常識外れの戦をするものは、九州広しといえど一人もいない。
尊氏は止まらない。
「寄せてみよ」
一人で大軍を前にうそぶいた。
別の敵将、阿蘇惟直が逆上して指揮を取った。
「射殺せ! 放てっ!」
無数の矢が一斉に放たれる。
「当たらんよ」
尊氏が雨に遊ぶ悪童のように矢をかわす。
槍兵どもが尊氏を狙う。
「当たらん当たらん」
尊氏は愉快そうに馬を操り槍を斬る。
「たっかうじ!たっかうじ!」
ついに興が乗った尊氏は自分の名を口ずさむ。
「たっかうじ!たっかうじ!」
矢を避け刀を避け白馬が踊る。
「たっかうじ!たっかうじ!」
一万の兵卒を前に総大将が踊る。
「……すまんが、おい(私)はちょっと、命ば捨ててくる」
九州兵の一人が言った。
「敵方に付くとお家が取り潰しになっど」
「かまわん。あの御仁を見てると涙がとまらんのだ」
九州兵は菊池の旗を投げ捨て尊氏の前に立ってこういった。
「肥後の大島一右衛門!尊氏どのに助太刀いたす」
一斉に矢が放たれて矢の塊になった男が刀をふらふら振り回しながら叫んだ。
「たっかうじ。たっかうじ。」
「たっかうじ。たっかうじ。」
「たまらんなあ!筑前の桐野十郎! 尊氏どのに助太刀いたす!」
「たっかうじ!たっかうじ!」
「たっかうじ!たっかうじ!」
「こんなの我慢できるか!薩摩の島津貞久、国を賭けて助太刀いたす!」
「たっかうじ!たっかうじ!」
「たっかうじ!たっかうじ!」
南の男たちが、本能で尊氏を守り戦い始めた。
優れた男は、真の英雄は一つの時代に一人しか生まれない。
その真の英雄、真の悪党が一人で万人と戦い窮地に立っている。
だれが救う。だれが守る。
(おい(私)だ!誰よりも先に、おい(私)が守るのだ!)
「たっかうじ!たっかうじ!」
「たっかうじ!たっかうじ!」
「たっかうじ!たっかうじ!」
「たっかうじ!たっかうじ!」
「直義様、もうこれ以上堪える事はできませぬ!」
「耐えろ師直。耐えることが此度の戦だ!」
「兵たちは懸命に堪えています。しかし馬がもう止まりません!お先に御免!」
「ずるいぞ師直!兄上今行きまする!」
「たっかうじ!たっかうじ!」
「たっかうじ!たっかうじ!」
「たっかうじ!たっかうじ!」
「たっかうじ!たっかうじ!」
「何の騒ぎだ。戦はもう終わったか」
菊池武敏が小高い丘の陣からようやく外を見た。
(安全な場所でぬくぬくと。これが我らの総大将か。あちらの男と何という違いだ)
冷たい目線が彼を射抜く。
そしで菊池武敏は生涯忘れぬ光景を見る。
朝に浜を埋め尽くしていたはずの自分の旗が目の前のどこにもない。
それどころか両軍の呑み込んで膨れ上がった足利軍が猛き竜巻となって浜を駆け上り、今まさに菊池武敏の本陣を襲おうと迫っていた。
武敏はわけもわからぬまま脱兎のごとく逃げ出した。
砂浜に置き去りにされた屍同然の菊池兵たちは、あまりにも見事な敵将を祝福すべく口をわずかに動かした。
万の大軍を完膚なきまでに叩き潰した、文字通りの奇跡が起きた瞬間であった。
多々良浜は圧倒的な勝利の雄叫びで満たされた。
この多々良浜の勝利により尊氏は絶望の向こう側に跳躍して見せたのである。
ついに真の男が現れた。この知らせは九州全土を駆け巡った。
幾多の将が恭順の意思を示すために次々と集い、瞬く間にして九州は尊氏の手中に収まった。そして再び、南から東へと向かう、巨大な大河の流れが生まれようとしていた。
その行く手には宮方最強の盾が、京の都の門番として立ち塞がっていることを尊氏は誰よりも深く理解していた。
「楠木正成……。ついに、お前と戦う時が来たか」
夕日に染まる瀬戸内の穏やかな海を見つめる尊氏の横顔には、かつての戦友への、深い敬意と、逃れられぬ哀しみが混ざり合っていた。
(第五章へ続く)
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