4話:停滞と前進
昼下がり、メルザは夕食の準備を始めていた。
「リズウェル……」
私は、自分の両親が嫌いだ。
言いたいことも言えず、言われたことをやり、やりたいことは許可を得なければならなかったから。
だから、なのだろうか。
娘と、どう接すればいいのか分からなくなる時がある。
自分が嫌だったことなのに、逃げているだけなのはわかってる……。
「私は最低な母親だ」
自分の生まれが嫌いだ。
決められた道を、親の言う通りに歩むことが、当たり前だったから。
そして、それを自分の子供にも背負わせてしまう可能性があることも。
そんな私に、選択する考えを教えてくれたのが、ティグレナだった。
何年前だろうか。
小さな頃から、一緒にいたティグレナは、私の悩みをよく聞いてくれた。
「そんなに嫌ならハッキリ言っちまえよ。考えるだけ馬鹿馬鹿しい」
悩むだけもったいない。
それがティグレナの考えだった。
それでも、言い出す勇気なんてなく、周りには、贅沢な悩みとまで言われたこともあった。
「言えないんだったら、家出しちまえよ。壊れちまう」
面倒くさそうにしながらも、私のことを気にしてくれていた。
でも、そんな勇気はなかった。
けれど、その日は突然訪れた。
家を飛び出したのは、16歳の誕生日だった。
「この男性とお付き合いしなさい」
親から薦められたお見合いだった。
写真には、私より明らかに年上の男性が写っていた。
両親が決めたことから逃げるために、何も持たずに飛び出した。
そして、私を追う振りをして、逃がしてくれたのが、ティグレナだった。
「お前が望んだ未来の先で、その時に会おう」
それが、別れの言葉だった。
屋敷から出て、街を走り、外へと向かう。
行先なんてなかった。
それでも、自由になりたいと思って走ったのを覚えている。
これは、私の、わがままだ。
静かに娘と暮らしていたいという、ただの、押し付け。
生涯を誓ってくれた人を失い、娘までが戦いへと向かう。
大切な人を再び失う可能性。
でも、否定してはいけないこともわかっている。
娘が決めたことの代わりなんて、ないのだから。
進みたい道を閉ざし、将来を閉ざしてなんていけない。
子は子で、私の代わりじゃないことなんて、わかっているのに。
その時だった。
「メルザおばさん、いる?」
誰かが、ドアを叩きながら、呼んでいるのが聞こえた。
扉を開けると、そこにはナテアが立っていた。
私に何の用だろうか。
そう思った時だった。
ぱん、と乾いた音が響いた。
少し遅れて理解する。
ナテアにビンタされたのだと。
怒っているのではない。
泣きそうなのを、必死に怒りに変えているようだった。
そして、ナテアは震えながら叫んだ。
「お互いに想っているのに!なんで話そうとしないの!?
もし、リズが言うことを聞いて、村に残ったら幸せなの!?」
わかってるつもりだった。
だから、止めることはできないと、冷たくしてきた。
それ以上に、娘を失いたくない、ただそれだけなのに。
「もし、また何かあったら、リズに黙って受け入れろって言うの?死ねって言うの!?」
その一言が、私の中で響いた。
私は現状に立ち止まる選択をした。
でも、娘は進む選択をしたんだ。
もう誰も失いたくないと、剣を握った娘を、引き止めることは、娘の覚悟を削いでしまう。
「ナテア、ごめんね。あなたにまで、悩ませたね」
私はそっと、ナテアを抱きしめていた。
「本当にごめんね」
何年も悩んでいたことを、簡単に納得できるわけではない。
それでもでも。
「ちゃんと向き合うから、ありがとうね」
ナテアの目には、涙が浮かんでいた。
それでも、そこには小さな輝きが見えた気がした。
ナテアを見送り、夕食を作りながら、娘の帰りを待つ。
冷たくしてきたから、いい反応はされないかもしれない。
私の勘違いで、娘は話そうともしないかもしれない。
それでも、今日が一緒に過ごせる最後の日。旅立つ前の、最後の夜。
どんな結果になっても、後悔はしないように。
そして、帰ってきた娘の目には、涙があふれていた。




