3話:師匠が示す道
それから、小さかった頃の話を少しだけした。
楽しかったことも、辛かったことも。
そんな時間は、あっという間に過ぎてしまう。
「そろそろ時間でしょ?広場に向かおう」
この後、私は師匠に最後の手ほどきをしてもらう予定だ。
そのことは、ナテアも知ってはいたけれど、気にさせてしまった。
「ありがとう」
私たちは広場を後にした。登って来た道を下る。
ナテアの足取りは重く、私の足も自然と遅くなる。
そんなことを思った時だった。
「ちょっ!?」
ナテアが私の腕を掴み、走り出したのだ。
無邪気に走り回っていた、あの頃のように。
きっと、お互いが明日へ向かうための一歩のように、そう感じた。
広場に着き、ナテアは精一杯の笑顔で言う。
「明日、楽しみにしてるからね!」
そう言い、ナテアは走り去っていく。少しだけ、下を向いて。
その後ろ姿に、応えようと、思えた。
「見ていたよ。悩んでいるね?」
振り返ると、立っていたのは大斧を担いだネヒト族の女性。
特徴的な獣耳がぴこぴこと動き、尻尾が揺れている。
猫のようで可愛い。
……はずなのに、鋭すぎる眼光が全部を台無しにしていた。
彼女の名前は、ティグレナ。
私に剣を教えてくれた師匠だ。
「師匠、ごめんなさい」
「いくら剣の才能があろうと、お前はまだ子供だ。悩んで決めたことを後悔しないよう努力すればいい」
そう言い、私の頭を撫でてくる。
「誰かの言う通りにしたって、その責任は自分が背負うことになる。だから自分で決めた道をいくんだ」
師匠は担いだ大斧を、親指で示す。
自分道は、自分で切り開け。
そういうことなんだろう。
「おれからの手向けだ。本気でかかってこい」
本気で殺しに来るんじゃないだろうか。
そう思わされるほどの気迫だった。
でも、私が向かう先はそういう場所なんだ。
師匠からの最後の手ほどき。
剣を構え、一歩を踏み出す。
それに合わせて師匠は大斧を後ろへと引く。
そして振り抜く。
豪快なのに速い一撃。まともに受ければ身体を浮かされてしまう。少しでも剣で軌道をずらし、身体の動きを最小限に。
刃先だけ警戒するな。そこに集中すれば、柄で打撃を入れられる隙になる。
師匠の攻撃は大斧とは思えないほどに速い。だから、すぐ動ける状況を作り続けるしかない。
そして、先を読まないと避けられない。足元を薙ぎ払われれば、一気に状況は悪くなる。
跳んで避ければ、そのままの勢いで繰り出されるであろう二撃目を避けられない。
だから間合いを意識する。避けられる時間を作る。
それならばと、強烈な連続攻撃になると、捌くだけでも体力が削られる。いなすだけでも、衝撃は十分にあるからだ。
このやり取りを何回も繰り返す。繰り返す。繰り返す。その中で、師匠の隙を見つけることは、無理難題だ。
腕が痺れる。
息が浅くなる。
それでも、師匠の隙は見えない。
だから、隙を作りにいく。今回の為だけに仕込んだ一撃。
攻撃を避けた瞬間、私の左手が身体の陰に隠れる。
その一瞬を狙って、腰に隠していたナイフへと手を伸ばす。
最初から使ってはいけない手段だった。
私に状況を変える手段がない。そう思わせるために、ここまで隠してきた。
今だと思った瞬間に。
気づかれるより速く。
「焦ったね」
私がナイフを放つと同時に、師匠が言う。斧の柄でナイフを弾き、そのまま振り下ろす体勢。
動揺してしまった。隙を作る為の攻撃は、私自身の隙になる。
勢いよく振り下ろされた大斧に、私は絶望した。
「反省会だ」
その一言で我に返る。
あの一撃は確実に私を殺しに来ていた。でも私は生きている。
「呆けてんじゃねぇよ。寸止めしたろ」
私は完敗した。最後くらい、一矢報いたかったな。
「すみません。悔しくて」
弟子にしてもらって数年、一撃すら入れられたことはなかった。
そういえば、師匠がこの村に来たのは、父が死んだ後だった。
母の知り合いだと言い、やってきた師匠は村を守ってくれる力を示していた。
その力があれば、守れる力になると感じたのを覚えてる。
だから弟子入りをお願いした。もちろん、母は反対した。それを押し切って、剣を学んだから母と壁が出来てしまった。
母と師匠が喧嘩しているのを見かけるようになったのも、この辺りの頃だっただろうか。
旅立ちを前に、思い返している自分がいる。
母とちゃんと話がしたい。このままの別れは嫌だと、改めて思ってしまう。
その後、師匠に指摘されたのは、行動を焦ったことだった。
繰り返していたはずの動作とは少しだけ違い、そしてリズムが崩れていたと。
「師匠、ありがとうございました」
「村のことは守るからよ。安心して行ってこい」
「母のことも、よろしくお願いします」
こうして、師匠からの最後の手ほどきは終わった。
日が暮れる前に帰ろう。そう思い、家に向かう。
母は私の話を聞いてくれるのだろうか。
そんな不安が大きく、だから気分は重く、帰りづらく思ってしまう。
でも、そんな私の不安は一瞬で消えることになる。
「おかえりなさい」
私は目を疑ってしまう。家の外で、母が帰りを待っていてくれていたから。




