4話 ひとりぼっちの
色々な世界を見届けてきた。停滞を迎えた世界に与える試練はどれも難しいものだったはず。それでもいくつかは幾度となく乗り越る。
四度目の停滞を迎えたこの世界にどんな試練を与えるか長いこと考えていた。自然災害も、外敵も、内紛も。どれも乗り越えてきた世界。今まで見てきた中で最も長く繁栄してきたそれに、不思議と興味が湧いた。
試行錯誤の末、既に母体にある命の魂に宿ることに成功したが、神の力は簡単に人の子が抱えられるものではない。幾度となく繰り返した先でようやく産まれ落ちることができた。
しかし、思い通りに行くことはなかなかない。強すぎる力は時に混乱を呼ぶ。強い力を災いだと殺され、自身の魔力で体が耐えられず死に、子ども離れした知識に恐れられ捨てられたこともあった。
ノエルとして生を受けたのは何度目か数えることも諦めたころ。
裕福な家ではあるもののなかなか子宝に恵まれなかったらしい両親はたいそうノエルのことをかわいがり、惜しむことなく教養を与えた。
見ているだけでは味わえないもの、こと。どれも新鮮で、神が作った世界に広がりを与えたのは他でもない人間だったことに気づいた。
人はおもしろい。神が作ったシステムを落とし込み、上手く生活に組み込んでいる。彼らがいかにしてこの世界を発展させてきたのか。知っているつもりになっていたと直に学ぶことで痛感する。
ノエルのことをなにも知らない周りの人々は覚えの早い姿に喜び、卓越した魔法技能に驚き、心優しい振る舞いを褒めたたえた。
優れた力を忌み嫌われることも崇められることも人間らしい反応。個の力への脆弱性は試練に使えるかもしれない。世界に降りた理由にも足り得る。
ラルクに出逢ったのは偶然だったが、近づいたのは打算だった。それでも一途に向けられる愛は神として受けた信仰とはまた違うものがあって。
「ごめんね」
ある夜、ノエルはふと彼に謝罪の言葉を口にしていた。
「急にどうしたの?」
当然の反応に、ノエルはそうよねと笑ってしまう。
「言いたくなっただけ」
「なんだそれ」
そう笑って優しく頭を撫でてくる。ラルクの手は暖かくて優しい。
彼なら、強い力を持つ子を見捨てず支えられるだろう。きっとこの世界や魔力の理不尽に振り回される子を。
ユウトには神の力を授けることができなかった。理由は明白で時間が足りない。人が胎内で育つ期間は神の子を産むには短すぎる。
長い時を経て無事権能を継いだアクトには厳重な封印を施し、人の子として育てることにした。試練を与えるために消える理由が必要だったから。
愛しい子を二人も残して去ることに罪悪感が無いわけではない。大切な子を神の試練として産んだノエルは母として失格なのだろう。
神としてもこれだけ一つの世界に肩入れするのはよくないとわかっている。
それでも、私の愛した世界を私の目で見てみたかったのだ。
******
白い世界。魔界を行き来したときに二回だけ見た場所。
「セト、ありがとう」
「本当にいいんだな」
きっと、すぐに決めてしまったことを言っているんだろう。
「……うん」
声が震えた。
「あの神はお前のことも愛していると告げた。きっと試練で命を捨てるようなことはさせないだろう」
セトが話した予測は希望論でしかなくて、本当に無事帰ってこれるかなんて誰にもわからない。
ラルクとユウトは上界で手段を探すことを望んだが、セトが難しいと言ったことをどうにか出来るとも思えなかった。
「ねぇ、セト」
「なんだ」
「これが終わったら……セトは俺の使い魔じゃなくなる?」
セトがアクトの使い魔として協力していたのは神の試練のため。その目的がなくなってしまったら、セトがアクトの傍にいる必要はなくなるだろう。
しかし、セトは笑ってアクトの頭を撫でた。
「お前が望むなら死ぬまで共にいるさ」
お互いを囲むように使い魔契約の魔法陣が浮かぶ。重なるようにもう一つの魔法陣が展開して、本能的にセトが持っていた分の魔力を返されていると理解した。
「だから戻っておいで」
既にアクトは全ての封印の解放権をもらっている。あとはいつでも、自分のタイミングで解放すればいい。
「まだ、俺は……あの世界にいても許されるのかな」
「ああ。むしろ戻ってこないほうが怒られるぞ。あれだけ心を許した者たちになにも言わずここに来ているからな」
その言葉に、それは……と目をそらす。
「みんなに話したり……時間を置いたら決心できなくなる」
今もずっと不安で、やっぱり無理だとセトに上界に帰らせて欲しいと頼みたい。
セトはアクトの気持ちをわかっているのだろう。そうだなとうなずいて、そっとアクトのことを抱き寄せた。
「セト……?」
「お前だけを置いていくことを許してくれ。アクトの力を俺が防ぐことさえできれば、こんな賭けのようなことはしなくて済んだ」
それは、今まで聞いたことのないセトの弱い言葉。全てを解放したアクトの力を防ぐのは難しいだろうとセトは正直に全てを話してくれた。
「使い魔として傍にいながら、お前が天秤が揺れた原因だと想定はしていた。魔王になってからは初めてだが神の試練は毎度理不尽なものだと、記録で知っている」
アクトが無事に帰れるかどうかわからないし、試練を失敗とみなされる可能性も捨てきれていない。上界ではない場所で遂行しようとしているこの状況を、神が許すかどうか。
「俺は……大聖堂で、話した通り」
「本当に一人でいいんだな」
それでも神ではなくノエルという人格を家族だった三人は信じている。ここに来てもそれが変わらないならばとセトも信じることにした。
「セトのおかげで、俺は今までアクトでいられたんだ。きっと……セトがいなければ、ずっと前に壊れていた。恩人を巻き込むことなんてできない」
「そうか」
静かな覚悟を持って話すアクトに、これ以上なにかを言うのは邪魔になるだろう。
「……じゃあ、離れるぞ」
「うん……ありがとう、セト」
頭を撫でて、セトが姿を消す。魔力が眠る胸の辺りでぐっと拳を握って、少し静止してからあてもなく歩き始めた。
意味がないことはわかりきっている。どこまで行っても景色は変わらない。アクトにはもうここから出る手段はないのだから、先延ばしにすればするほど追い詰められるだけ。
なんで、せっかく楽しいと思える日々が続いていたのに。せっかく少しだけ自分を受け入れることができたのに。
涙が溢れてきて小さく唸る。誰にも聞かれる心配がないことに気づき、声を上げて感情に任せて魔力も暴れさせた。
きっと、一年前の自分なら迷わず解放していたのだろう。こんなに変わってしまった自分が怖い。
生きたいだなんて、あの世界にいたいなんて。みんなに会いたいなんて、そんなわがままは――許されていいわけがないのに。
ノエルはどうしてアクトを試練に選んだのか。考えてもどうしようもないことを恨んでしまう。あの世界にとって、アクトは異物でしかない。
「っ……!」
二層目を解放する。抑えていないアクトの魔力は、一瞬で周囲の地面まで抉っていく。
三層目。この魔法陣を解けば、アクトは。
今ならセトに念話すれば迎えに来てくれる。今ならまだ逃げられる。一度決めたはずなのに揺らいでしまう自分が情けない。
次、目を覚ますことはあるだろうか。そのとき、どこにいるだろう。
「アクトなら、きっと大丈夫よ」
大聖堂で聞いたノエルの言葉を思い出す。
「……大丈夫」
涙を乱暴に拭って、胸に手を当てる。
最後の魔法陣を――――。




