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ハレを望む  作者: 明深 昊
10章『帰る場所』
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3話 咲かないバラ

 数日後国王のロイに呼び出されたのは大聖堂で、中に入るとラルクとユウトが揃っていた。


「来たな」


 大聖堂の中にいるのは三人だけ。前に来たときと違って静寂に包まれているからか、どこか雰囲気が違って見えて自然と背筋が伸びる。


 謁見を控えた緊張感で話せることもなく、静かに待っていると長いローブをまとい正装したロイが一輪挿しの黄色いバラを持って現れた。頭を垂れる三人に顔をあげるように声をかけられる。


「双風、お初にお目にかかる。まずは先日の王都で発生した魔物の侵攻において、よく働いてくれたね。幻光も、ギルドには大変助けられた」


「もったいないお言葉、光栄に存じます」


 ラルクの言葉に、アクトもうなずく。緊張している面持ちの二人に、ロイは微笑んでこちらへと近くに寄るように促した。


「今日ここへ来てもらった理由はもう一つあってね……このバラは、王家に伝わる神器」


「神器……?」


「普段このバラは白い花を咲かせているんだけどね。この色が変わるとき、この世界になんらかの危機が訪れることを示している」


 危機。この前のこともそれが原因だろうか。すると、アクトの背後に急にセトが現れた。


「セト」


 アクトが呼びかけると、ふ、と柔らかい笑みを浮かべてロイへ視線を移す。


「ロイ、俺も同席するぞ」


「もちろん。元よりそのつもりだよ」


「……その色、まだ神託を残しているのではないか」


 セトの言葉に、ロイはさすがとうなずいた。


「本当によく知っているんだね。以前受けた神託の際にもう一度だけ神降ろしの儀を許されている。アクト君」


 呼び名が変わってはい、と驚きながら応える。


「このバラに触れてみてくれ」


「いいんですか?」


 うなずいて差し出してくる神器。優しい魔力が込められたそれはこの聖堂と同じ雰囲気を帯びていて、少し迷ってから受け取りそっと花弁に触れた。


 激しい光が放たれて思わず俯いて目を覆ってしまう。


「……えっ!?」


 らしくないユウトの大きな声で目を開けると、女神像の前に白い衣を纏った女性の足が視界に入る。顔を上げその姿を見て、衝撃で鋭く息を吸い込んだ。


 癖のある長い髪。金に近い茶色のそれはユウトにそっくりで、目鼻立ちはアクトによく似ていて。


「お、かあ……さん?」


 絞り出した言葉に、母と呼ばれた存在はただ笑みを浮かべる。


 おかしい。だって、ノエルは、母は。


「此度の厄災は神の試練」


 ノエルの口から告げられるのは神託の言葉。


「神の子であるアクトの嵐を乗り越えること。手段も場所も問いません。全ての力の嵐が収まり、それを乗り越えた暁には望む祝福を与えましょう」


 アクトの力を全て。セトが後ろでため息をついたのがわかったが、アクトには訳を聞く余裕なんてなかった。


「どうなって……ノエルは……」


「私はこの世界の盛衰を見守るもの。これは停滞を迎えた世界に更なる発展を与えるための試練です」


 ラルクの問いにあくまで事務的に語るノエルに、ユウトが待てよ、と一歩近づく。


「母さんはこいつに殺されたんじゃ、ないのか……? 神様、母さんが……?」


「私が消えた日、痕跡はありましたか」


 ラルクが息をのむ。あの日アクトが暴走した一帯は地面すら大きくえぐれてノエルの死体はおろか、血液すらも残っていなかった。その場にあったのは力尽きて倒れたアクトのみ。


「結果として私はあなたたちを騙してしまったのでしょう。でも、これだけは覚えていて」


 話し方も、声も、人としての彼女と変わらない。


「私は、全ての人の幸せを心から望んでいます。ラルクもユウトもアクトも、心から愛しているわ」


「お母さん、なんで……」


 ぼろぼろと涙を流すアクトに、少しだけ悲しげな笑みを浮かべて大丈夫とうなずいた。


「アクトなら、きっと大丈夫よ」


 ゆっくりと幼子を諭すような優しい声音は懐かしくて暖かくて、その温もりを求めるように一歩近づく。しかしノエルは首を横に振って今ここにいる全員と目を合わせ、両手を祈るように握る。


「試練を乗り越えることを祈っています」


 そう告げて、ノエルは光に包まれ姿を消してしまった。


「なんで、お母さん……おれ、は……」


 黙って様子を見守っていたロイが、狼狽しているアクトからそっと神器のバラを取り上げる。バラの色はいつの間にか緑色へと変化していた。


「……私はね、アクト君。先日の戦いでこの試練が成されると考えていた。あの魔物の召喚陣は同じ神託を受けた隣国のミレントが仕込んだもの。ミレントを巻き込むようなことにならないように先手を打ってきたようだ。その方法はともかく……試練を達成していないことに懐疑的なのは両国共に一致している」


 その言葉に、確かにと胸に手を当てる。


「あ……でも、セトが制限をかけてくれて」


「神託は手段を問わないと告げた。制限をかけた上での解放は想定されているはず。ならば、あの日君は全ての魔力を解放した訳ではない。そうだね、セト」


 体が震える。さっきから意味がわからなくて、信じたくなくて。


「ああ。アクトの魔力の一部は俺が持っている。その上で伝えておこう。こいつが制限無しで魔力を解き放ったら国が一つや二つでは済まない」


「……また、あの日みたいにしてくれれば」


「無理だ。俺が抑えるのも困難だし、アクトの体がもたない。なんのために魔力を肩代わりしていたと思ってんだ」


 その言葉に首を横に振る。


「俺が犠牲になって国が助かるなら、そうすればいいだろ」


 自暴自棄に叫ぶようなアクトの声が聖堂に響く。気が動転して落ち着かなくなっていく魔力が憎らしい。あの王都の混乱も、元はと言えばアクトのせいということだ。


「アクト。ラルクもユウトも聞け」


 呆然と眺めることしかできていなかった二人がその言葉でアクトからセトに目を移す。その隙をつくように剣を手元に引き寄せたのを見て刀身を掴んで止めた。


「アクト」


「離せ……!」


「……アクト」


 繰り返し名を呼びながらセトの翼がアクトの額に触れ、力が抜けて崩れ落ちる。手から離れた剣を近寄ってきたラルクに渡し、落ち着けと頭を撫でた。


「きっと、その魔力がある限りお前は死ねないだろうさ。下手な真似はやめてくれ」


 アクトは神の試練のために産み落とされた存在。それを知ると、死んでもおかしくなかった事象で生き延びてきた理由がわかってしまう。


「じゃあどうしろって言うんだよ!」


「海のはるか沖や上空はどうだ。場所さえ把握しておけばお前が力尽きたあと回収できるだろう」


 ユウトの言葉に、セトは首を横に振る。ユウトから具体策が出ることにそこにいる誰もが意外に思ったが、それを口に出すことはなかった。


「海岸線付近の街に影響がないとは言いきれないし、アクトの魔法は風だ。上空はリスクが高すぎる」


「それじゃ、人の生活圏を避けるのは……」


 ラルクがつぶやき、それを聞いてアクトがさらに混乱していく。うめき声や戸惑いの言葉を繰り返すアクトを宥めながら、ロイへと目を向けた。


「なぜ初めの神託を受けてから今まで黙っていた」


「司令部と共に検討を続けていたんだ。様々な方法と実現性を考えている間に、こちらの判断を待っていたはずのミレントが動いてしまった」


 君たちには早く伝えるべきだったのだろう。そう苦い顔をしてつぶやくロイは、長く仕えるユウトにも見たことがない顔だった。


「王都での解放を黙認したのは……セトがアクト君の使い魔であるなら、最悪の事態が起きることはないだろうとわかっていたからだ。起きてしまった以上、ミレントに試練を超えるための機会を与えられたとして乗るしかないと考えた」


「せめて俺には伝えるべきだっただろうな」


「なんで、セトは……なんで俺を」


 繰り返しの鎮静魔法でようやく話を聞くことができたらしい。


「この世界の均衡を守るためにお前に協力を求めたのが契約のきっかけだ。覚えているか」


 少し考えてからうなずく。上界で動きやすくなるためにアクトに協力してほしいと話していたはずだ。


「そのときはまだアクト自身が問題の元だとは思っていなかったが……改めてロイ、お前にも伝えておこう。魔王は今、上界が大きな厄災に見舞われた際には協力することを約束している。アクト」


 顔を上げないアクトに痺れを切らしてあごを掴んで目を合わせる。


「お前の望み通り誰も傷つけず、なにも壊すことなく試練を乗り越える方法がある」


「……え」


 アクトだけでなく静かに聞いていた三人も前のめりで続きを促して、セトは不敵に微笑んだ。


「場所を選ばないと言っていたからな」

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