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ハレを望む  作者: 明深 昊
10章『帰る場所』
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1話 守られたものは

 魔物の掃討が落ち着きを見せ、局所的な戦闘を残すのみ。少しずつ避難命令も解除される中、ハルマとユウトは揃って国王のロイに召集されていた。軍の司令部と話はしてあるはずだが、現場の話を聞きたいのだろう。


 四年前に崩御した先王は服飾も生活もきらびやかに着飾っていたが、ロイはその費用を無駄だと切り捨て、祭事以外では簡素な装飾と王族の徽章のみが施されたものを好んでいる。そのせいか王の威厳がないなどと言われることもあるが、浮いた金は民に渡るもの。新しいものを拒む者が口うるさい程度で、概ね王都の人々からは好意的に見られている。


「疲れているところを呼び立ててすまないね。まずは魔物の掃討お疲れ様。軍やギルド、市民の協力で無事に切り抜けられてよかった」


「恐れ入ります」


「しばらくは休息を与えたいんだけど、その前に今回の元凶について話しておきたくてね」


 二人が同意するようにうなずく。地帝とラルクが持ち帰った人形から出てきたのは、他国からの侵攻だと裏付ける証拠の数々。人形の作成元がミレントであること。魔法の痕跡がミレントでよく見られる使役魔法や召喚魔法に酷似していること。


 ロイは二人を順番に見て、少しためらうように目を伏せてからため息をついた。


「ミレントが攻撃してきたのは理由がある」


「……理由、ですか」


「そう。まさかこんなに早くしかけてくるとは思わなかったけれどね」


 北の大国である自国イシュルと南の大国ミレント。この二つの国を中心にこの世界は回っている。


 ロイはそう言ってから深く長い息を吐いた。


「ひとまずは君たちのような主力を一人も欠かさなかったことに喜ぶべきかな……双風はまだ眠っている?」


 その言葉に、二人が驚いて目を見開く。王政直属の軍部以外の魔法使いのことを直接ロイが口にすることはまずなかった。ハルマたちの親であるリランやラルクの名ですらロイから聞いたことがない。


「はい、まだ……」


 現在の回復量がわからないが未だに高い熱が続いていて、あの日から眠り通し。


 あの日、死にものぐるいで作り上げた無人の南地区は、避難が急がれたことで住宅街にも関わらず死人はかなり抑えられた。さらには単純に掃討初期に四分の一を占める区画を彼一人で引き受けてくれたおかげで、作戦もローテーションを組む余裕ができたと言える。


 結果双風はこの侵攻を知る者たちに大英雄としてまつりあげられていた。ロイにとっても無下にできる人物ではないのだろう。


「そうか」


「目覚めましたら登城させますか」


 ユウトの問いに、ロイは首を横に振る。


「近いうち招請するだろうけど、充分に回復してからで構わない。二人もよく暖かくして過ごしなさい」


「ありがとうございます」



******



 ベッドで目が覚めて、しばらく困惑で周囲を見渡す。確か、魔物と戦っている間に……。


「あ」


 状況を思い出して起き上がろうとして全身の痛みでうめいてしまう。物音に気づいたのかミルナがカーテンからそっと顔を覗かせた。


「おはよう。急に起き上がっちゃだめだよ」


 ベッドの脇の椅子に腰掛けて、額に手を当ててくる。まだ熱があるのか、手が冷んやりとしていて心地いい。


 少し頭を持ち上げて水の入ったコップを近づけてくれて、一気に飲み干した。


「ミルナさん、魔物は……」


「大丈夫、もうほとんどの掃討は終わってるから。お腹は空いてる? 食べられそう?」


 その言葉に素直にうなずく。今にもお腹が鳴り出しそうで、なんでもいいから口にしたい。


「俺、どのくらい」


「寝てたのは二日半くらいかな。今消化にいいもの作ってもらうから待っててね。ラルクも呼んだからすぐに来ると思う」


「すみません……」


「大丈夫、もう外は落ち着いてるよ」


「アクト!」


 ラルクが医務室に駆け込んできて、魔力知覚がまともに働いていないアクトが体を震わせる。ミルナがじと、とラルクを睨んでため息をついた。


「ここ医務室なんだけど」


「すまん」


 少しも気持ちがこもっていない謝罪。


「しばらく目覚めないかもって聞いていたから驚いたんだ。本当によかった」


「最後まで戦えなくて、ごめんなさい……」


 なにをと反論しかけたラルクの口を塞いで、ミルナがそうねとうなずいた。


「ちゃんと休むことができていれば次の日も動けてたでしょう。半日も自分のことも考えられず魔法を使い続けるなんて、自殺行為だからね」


 本気で怒られていることが伝わってきて、ごめんなさいと目をそらす。


「魔力回路、右しか使ってなかったでしょ。魔力が継ぎ接ぎしてたみたいだけど、とっくに焼ききれてもおかしくなかったんだよ。今、自分以外の魔力を受け入れられる状況じゃないから満足な治癒もしてあげられてない」


 そう言われて右腕を見る。言われなければ気づかなかったがほとんど感覚はなく、満足に手指が動かせない。ミルナの言い分は痛いほどわかる。それでも。


「じゃないと……多分途中で意識戻らなかったし、それに……」


 あのときセトはすぐに息切れするからと魔力回路を絞ってくれたが、それは表向きの理由でしかなく。目が覚めて広がっている惨状を見てそれを思い知った。


 王都全体に届いた魔力。全身から爆発させたような勢いだったそれが右手の回路一つのみだったとわかってミルナはにわかに信じられず、アクトが言いたいこともよくわかった。


「……そうだね、きっと封鎖した南地区だけでは収まらなかった」


 ずっと封じ込めていた三つ目の魔法陣。絶対に、解放してはいけなかった魔力。


「俺は……」


 どうして、こんな魔力を持ってしまったのだろう。


 声にならないその言葉に気づいたラルクが、そっと頭を撫でてくる。


「アクト目覚めたって本当?」


 少し落ちた空気を和らげるようにハルマがそう言いながらお椀を片手に入ってきて、あのねぇ、とミルナが再び小言を漏らす。


「ここ、医務室」


「ごめんなさい、ちょうど料理をアクトに届けてる人に会って。アクト、麦がゆだって。食べられそう?」


「食べる……」


 なんとか体を起こしてハルマからお椀を受け取ると、よかったとつぶやいてから扉の方へときびすを返した。


「入ってくればいいのに」


 腕を引かれるようにして入ってきたユウトに、思わず生唾を飲み込む。固まってしまったアクトを見て、ユウトが目を逸らす。


「だからいいって言ったんだろ」


「まさか今後も不干渉続けるつもり? 俺が許さないけど」


 じと、とハルマを睨んで枕元に近づいてきたユウトになにを話すか迷っていると、おもむろにお椀を取り上げられた。


「あの……」


「黙って聞いてろ」


 スプーンに少なめにすくったそれを寄せてくる。困惑しながら口に含むと、その内にといったように話し始めた。


「俺はお前を許すことはない。お前がいなければ母さんは死ななかったし、暴走なんて、しなければ」


 発話しかけたアクトを黙らせるように口に麦がゆを突っ込まれる。二口、三口と続けて差し出されながら、ユウトは少しずつ言葉を選んで続けてきた。


「お前のせいじゃない。わかってる。俺が、わがままなのも……意地をはってるだけなのも。それでも……俺はやっぱりその魔力のことは受け入れられない」


 ユウトの気持ちを聞いたのはアクトもラルクも初めてで。


 食べる速度が落ちて飲み込むのに時間がかかり始めたのを見て、半分以上残ったお椀をハルマに返す。


「ただ、この魔物の侵攻で見せた活躍は……兄として、誇らしいと思った。それだけ」


 そう言い残して離れようとするユウトの裾をとっさに掴む。


「なんだよ」


 なにを言いたいのだろう。わからない。


 ただ込み上げてきた涙が止まらなくて、嗚咽を漏らし始めたアクトに呆れてため息をつく。


「ごめ、なさい……」


「……こればっかりは、お前が謝ることは何一つないんだけどな」


 夜話したときよりもいくらか優しくなった声音。ゆっくりと寝かされ、こぼれた涙を拭われる。


「動けるようになったらハルに伝えろ。国王陛下がお前を呼んでる」


「陛下が?」


 ラルクの問いに、ハルマがうなずく。


「恐らくは今回の謝意を伝えたいのかと。アクト、俺からもお礼を。魔物が出現してから一時間で体制を整えて円滑に作戦を進められた。これは間違いなくアクトのお陰だ。よくがんばったね」


 そう言って、ぽんと頭を撫でて微笑んだ。


「でも、俺」


「魔物の討伐はもうほとんど散発的なものになっているから安心して。今日中には終わる見込みだよ」


 安心させようとしてくれているのだろう。それでも割り切れずに唸るアクトを見て、ユウトが舌打ちした。


「まだ熱もあるし俺らの魔力すらわからない状態で外になんか出せるかよ。ハル、もう行くぞ。ミルナさん、お騒がせしました」


 突き放すような言葉で会話を切り上げ、返事を待たずに医務室を離れてしまう。


「まあ、そういうことだからさ。こればっかりはユウトに賛成だし、あとは任せて。まずはゆっくり休んでよ」


 じゃ、とラルクとミルナにも挨拶して離れていったハルマを見送り、さっきまでの会話を反復する。


「……父さん」


「ん?」


「もし、本当に……二人が言っていたように役に立ててたなら」


 聞くまでもないようなもの。しかしラルクはそのまま続きを促した。


「ちょっとは……双風として、胸張れるのかな……」


 その言葉に、そうだなとうなずいて微笑む。


「今日くらい少しは自分のことを褒めてやってくれ。がんばったんだろ」

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