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ハレを望む  作者: 明深 昊
9章『ここにいる理由』
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7話 すれ違う二人

 目立たないところに隠れて休息を取っていただけのはずなのだが、治癒魔法をかけられて目が覚めた。


 顔を上げるとアクトが右足の怪我を治していて、ユウトが目を覚ましたことには気づいていない様子。


「……お前」


 思わず声をかけると、ぎく、と体を震わせて距離を取る。ごめんなさいと小さい声でつぶやいてから、また治癒魔法が再開された。まともな治癒魔法が使えずに止血や痛み止めだけで放置されていた怪我が塞がっていく。


「その、怪我してるし、寝てたのは自分の意志じゃなさそうだったから……大丈夫かなと、思って」


 アクトの言葉はまさしくその通りで、深く息を吐く。意識がはっきりしてきてようやくアクトや周りのことをまともに見ることができた。


「今、何時」


 辺りが暗い。ここで休みはじめた時はまだ少し夕暮れ空が残っていたはず。


「……わかんない」


 気まずそうに目をそらし、治癒が終わってかざしていた右手を左手で押さえるようにしたのを見て、ユウトはすっと目を細めた。


「えっと……軍に、送ればいい?」


 呼吸は浅く魔力もずいぶんと大人しい。さっきまではどこで戦っているのか嫌でもわかっていたくらいだったのに。


「お前、ずっと外にいんの」


「魔力が落ち着いたときに、一回帰ったけど……ギルドや軍のことは……あまり把握してない。ごめんなさい……」


 質問の意図を曲解されて、思わず舌打ちする。日が落ちていると言うことは少なくともこの魔物掃討が始まってから八時間は経つ。ユウトですら実働はその半分に満たないのにこのありさまで。


 とっくに休むべき状態の体を魔力で鞭打っているのは明らか。というより、その誤魔化すための魔力にも限界が来ていることに気づけていない。


 ユウトの気も知らず、いらついている理由がわからなくて目線を泳がせている様子に、ため息をついて立ち上がった。


「ほら、帰るぞ」


「ギルドに送ればいいの?」


 どうしてここでユウトを転移させる話になるのだろう。


「違ぇよ。俺が転移すんの」


「俺、戦わないと……」


「は?」


 不機嫌に聞き返すと、だってと口ごもった。わかっている。アクトは焦っているのだろう。どれどけ無茶しようがどこかで倒れていようがユウトにはどうでもいい。だが、双風としての責任感を強要してきたのは直接伝えてはいないがユウトも一因だ。


「いいから手を貸せ」


 左手を掴んで立たせようとしたが、全然力が入っていなくて呆れてしまう。しゃがんでアクトの額に手を当てて高すぎる熱をある程度奪ってやると、少し気が抜けたように息を吐いた。


「助けた方が倒れてどうする」


「倒れてない」


「おう、じゃあ軍でもギルドでも一人で行けるんだな」


 もはやこうして普通に話せていることが恐ろしく思えてしまう。人に言われたことで消耗を嫌でも自覚したのか、小さく唸った。


「兄ちゃんも帰れなかったじゃん……」


 どこまで意地を張るのだろう。負けず嫌いなところは昔から変わっていなくて、発言もどこか子どもらしくて。


 最後まともに話したのはもう何年も前。それでも未だ兄と呼ぶアクトに、これ以上恨みつらみで小言を言うことはできなかった。


「今はどっかの誰かが怪我を治したからな。寝て少しは魔力も回復してる」


 動くために使っていた気力は、こうして話す間にとっくに尽きてしまっただろう。ユウトだって余裕がある訳ではないが、アクトよりは何倍もましだ。


「魔力が減りすぎて最低限の魔力強化もできてないだろ。それなのに魔法を使うから魔力回路が痛いんだ」


「魔力、ある……」


「ない。そもそもの箱がでかいんだから、本当に魔法が使えなくなるほど魔力が減る前に死ぬぞお前」


 多い魔力を持つ魔法使いにとって魔力枯渇の自覚が難しいことは、ユウトも非凡な魔力を有しているからわかっている。それがアクトの量ともなると混乱してしまうのも理解はできた。


 そもそも今まで魔力切れの経験がないと考えると、強がっているというよりはもう戦えない状態、気持ちでどうにかなる問題ではないとわかっていないように見える。


 体が休息を必要としているのに魔力は以前としてアクトの中を激しく駆け回っていて、これではまともに休めたものではないだろう。大人しくしている間に落ち着いていくはずだが、あまり悠長に待っている訳にもいかない。


「今の自分の不調はわかってるだろ。これ以上魔力を使うなっていうサインだ。覚えておけ」


 了承を得ることなく、魔力を三層全て封印する。アクトが産まれてすぐに、ノエルからなにかあったらと預けられた鍵。まさか使う日がくるなんて思っていなかった。


 魔法使いは常時微量の魔力を無意識に消費し続けている。回復量の方が上回るから普段は気にならないが、これだけ枯渇している状況ならそれも防げる封印は都合がいい。


 魔力が使えなくなってアクトの上体が倒れかける。慌てて頭を支えてそのまま背負われるように促すと、素直に体を預けてきた。


「ごめんなさい……」


 何に対する謝罪なのかつぶやくアクトに一つ息を吐く。


 結局、あの日のことを許せなくたって、この弟のことは嫌いになれないのだ。


「お前は……アクトは、よくがんばったよ」


「……うん」


 ユウトの言葉にかすかな声で返事があったが、その後すぐに呼吸が寝息へと変わってしまう。


「重い……」


 一度くらいの転移なら問題ないはず。深く息を吐いて、軍へと転移した。


 アクトを背負っている状態で軍の正門を通る気になれず、最上階の帝のみが開けられる裏口に転移して医務室へ向かう。


「ユウト! って、え、アクト!?」


 ハルマに呼び止められて振り向く。すごい形相で近づいてきて、思わず後ずさった。


「……なに」


「なにじゃないだろ、お前今何時だと思ってるんだ。もう日付変わっちゃうよ。アクトまで……どこにいたの」


「日付変わる……?」


 想像したよりもずっと長い間眠ってしまったらしい。魔物に襲われなかったのは奇跡だと思うと同時に、アクトの継戦力が恐ろしくなる。


 俺が持つから、とアクトをハルマが抱えてくれて、ほっと息を吐いた。


「ユウトは歩ける? さっき地帝が起きたからおぶってくれると思うけど」


「勘弁してくれ……俺も寝てたから問題ない」


「どこで」


 多分答えはわかっているんだろう。少しトーンの下がった問いに目線を逸らす。


「路地裏」


「そんなことだろうと思った……アクトはどうしたの。魔力見えないけど、封印したのユウトだよね?」


「こいつが俺の怪我治してた。封印したのは魔力切らしてたから」


 かなり省略した答えだったが、ハルマはそっかと微笑んだ。


「話せてよかったじゃん」


「大した話もしてねぇよ。魔力切れに気づいてなかったのを無理やり連れてきただけ」


「アクトは眠っているユウトを無視することだってできたし、ユウトも無理しようとしているアクトを止めないことだってできた。それでも手を貸したのは二人が歩み寄ろうとした結果でしょ」


 そう言われて、知るかよと舌打ちしてしまう。


「俺たちはもう兄弟としての関係性は終わってるんだよ」


「……そういうことにしておいてあげるね」

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