帰還
────四日後。
諸々の状況を試みて、メアたちは金神領を後にした。
その際にニョロとマリーをどうするかという話になったが「ねぇねといくねぇねといく!やだやだやだやだやだはなれないぃいいいいいいいいいーー!!」と当然の如くマリーが癇癪を起した。
そもそもニョロとしても当然の如く連れて行くつもりではあったのだが、それは金神領的にはどうなのだろうか。という話になり、何故か見送りに来ていたポリアデルスに確認を取った。
「構わないと思うよ。それに彼女の身に何が起こったのかいっさい解っていないのだ。それはつまり最悪の場合、次の瞬間に再び死縛獣化してもおかしくはないという事だ。そんな状況になってキミたちがいないとなると今度こそ我々は終わりだからね」
それと一度は死縛獣化が起こった環境にとどめておくのも良くはないだろう?そう言ってポリアデルスはマリーの旅立ちを見送った。
だが最後にポリアデルスはメアたちに便乗して帰ろうとしていたエクリプスを引き留めると、他の面々には見えないように一枚の手紙を手渡したのだ。
「…では頼んだよ。これはキミの友としての頼みではあるが、同時に金神教会神父としての依頼でもある。それを忘れないでくれたまえ」
「はぁい。ただ結果の保証はできませんからねぇ~」
「ああ構わないとも。その手紙に私なりの手と心の尽くしを込めたつもりだからね。それでだめなら諦められるというものさ。だから確実に「彼女」に渡してくれたまえ」
「そこは安心してくださぁい。これでも執行官ですからぁ~仕事はお墨付きですぅ」
「それは頼もしい限りだね」
そうしてメアたちは船に乗り込み、金神領を後にした。
ほんの一週間と少しの時間で様々なことが起こった。
その結果としてそれぞれの環境に変化が起こったのが、船の上でもよくわかる。
「ふわぁあああああああ…ねぇね、ねぇね!ゆれてるよー!うみのうえー!あはははっ!ねぇねすごいねー!」
「────」
文字通りべったりと片時も離れずしがみつく、小さな半身との再会を果たしたニョロ。
「あ、ちょっ、まっ…だから何度も謝って…!げふっ…」
金神領での諸々の事件の影響で一行に加わった「とあるもう一人」の被害を一身に受けるヴィオ。
「いやぁ~あのジジイ、とんだ変態に目つけられたと絶望してたっすけど、まさかの収穫だったっす!これからも定期的なモデルになることを条件に商会のブランド服のサンプルもらえたり、割引してもらえたりするそうでウチのテンション爆上がりっスー!」
「服なんて着れれば何でもいいと思うけど…くもたろうくんがよく着てるフリフリひらひらしたの動きづらくて戦いに向かないし」
「ネム、おめーはもっとファッションに気を使えっす。機能性重視の色も黒で同じ服ばっか着て…おしゃれをしろっすよ。ツラはいいのにもったいない…おめーも今度あのジジイを紹介するっすから服見繕ってもらえっす」
「えー…めんどくさいし私はいいよ。それにあの人敵でしょ?いいの?」
「…さ、さぁ…?あくまでウチが関わりを持ったのは洋服ブランド商会の人っすから…」
まさかのつながりを得てほくほく顔のくもたろう。
そして…。
「…」
誰もあえて触れずにいるがメアは普段からは考えられないほど静かな様子で船の上から海を眺めていた。
いや…ただ視線の先に海があるというだけで、本当は何も見ていないのかもしれない。
とにかく覇気がなく、喋らず、ただただその場にいて心ここにあらずと言った様子でボーっとしている。
端的に言うのなら…元気がない。である。
そんなメアをそれどころではないヴィオ以外は心配していたが、なんとなく滲み出ている他者を拒絶しているような雰囲気に二の足を踏むことしかできなくなっていた。
そんな中で空気を読むという言葉とは無縁な銀龍はメアに近づいていったが…。
「…」
「…」
「…」
「…」
何の会話も起こらず終わってしまったのだった。
またしばらく姿が見えなかったノロもすでに合流していたが、彼女でさえも遠巻きからメアを見守ることしかできなかった。
そして心配事もありつつ、各々の時間を過ごし…数日後には一人も欠けることなく…むしろ出発時から人数を増やした状態で黒神領への帰還を果たしたのだった。
「ふーっ…ようやく帰ってこれましたねー。疲れたっす」
ん~っと可愛らしく伸びをするくもたろう。
その言葉通りその顔には疲労の色が少しではあるが浮かんでおり、それは他の面々も同様だった。
「皆さんはぁ~ひとまずぅ~お休みしたほうがいいと思いますょぅ~私ぃ~お義母さ…聖龍様に~用事があるのでぇ~ついでに簡単な報告しておきますからぁ~詳しくは後日で大丈夫~だと思いますよぅ」
「あぁ…それはありがたいっす…」
その場の雰囲気がひとまず解散という方向でまとまりそうになった時、ヴィオが悲鳴のような声を上げた。
「あ!ちょっと待って!!聖のところに行くならこいつも連れて行って!もういやよ!こいつと一緒にされるの!」
なぜか金神領から出る時よりもボロボロになっているヴィオは現在進行形で疲労が蓄積して言っており、このままでは休むことすらままならないという事で彼女もセラフィムの元へ直行することが決まった。
その時。
「せーさん…」
それまで何も言わなかったメアがふと顔を上げ…次の瞬間に走ってどこかに行ってしまった。
「あ!お嬢様!」
「…メア様…大丈夫かな」
「────」
「大丈夫ではないんでしょうけど…何が原因でああなってるのかすらわかんねぇすっから…ウチらは話してくれるのを待つしかないっすよ」
「────…」
「もどかしいね」
────────────
「この感じ…メアたちが戻ってきましたか」
アザレアが少し前まで重篤な体調不良との報告を受け、少し長めに黒神領に滞在していたセラフィムが手にしていた書類を置いてゆっくりと立ち上がり、窓から外を観る。
結果はどうなったのかすぐにでも聞きたいところだが、長旅の疲れが出ているであろう彼女たちに報告を急かすのも酷だろうとは思いつつも、逸る心が確かにあった。
「…先日、ちょうど金神領の方角からいくつもの不穏な力を感じた。半日足らずで収まったから動きませんでしたが…あれが金神領由来ならば…話を聞かないわけにも…」
どうするべきかと思案していた時、ガチャリと部屋の扉がノックもなしに開かれて振り返るよりも早く何かがドンとセラフィムにぶつかってきた。
それは…顔を見せずにしがみついてきたメアだった。
「メア?戻ったのですね」
「…」
「メア?…どうかしたのですか?なにかあったのですか?」
「…なにもない」
「そう…ですか」
何もなしにこんな状態になるのはおかしい。ふざけている様子もない。
だがメアは何も言わず、ただしがみついているだけでセラフィムはどうすればいいのか、これまでにないほどに頭を回転させた。
ひとまずこのままの体勢では辛いだろうとメアを抱え、ソファーにすわった。
それから何度か話しかけるもメアは何も言わない。
途方に暮れかけた時、今度は部屋がちゃんとノックされてエクリプスが姿を見せた。
「あらぁ~?お取込み中でしたかぁ~?」
「ええそうですね。今は───」
「せーさん忙しい?」
ようやく口を開いたメアに「そんなことはありませんよ。大丈夫です」と返したが決してセラフィムは暇ではない。
だがこんな状態のメアを放って何かできるわけもないと思ったのだが、それを見抜かれたのかメアはセラフィムから離れ、ぺこりと一度だけ頭を下げた後にどこかに走り去ってしまった。
「…こういう部分ではあの女には勝てませんね」
そう言うったセラフィムの脳裏にはある女の眼鏡をかけたにやけ顔が浮かんでいた。
────────────
「…感じる」
書類を手に自身の部屋に戻る道を歩いていたアザレアはぼそりと呟いて足を止めた。
先日までは何故か危篤状態にまで陥っていた彼女だったが、すでに体調は万全に戻り、不調のふの字も見受けられない。
「…」
アザレアは微動だにせず、まるで剣に手を掛ける歴戦の騎士のようにただただ静かに気を研いでいた。
そして…。
「そこっ!!」
書類を放り投げ、ばっ!と天井に向かって手を伸ばす。
その数秒後、天井の一部が抜けてそこからメアが現れ…アザレアの手の中に落ちてきた。そしてそのまま、先ほどまでセラフィムにやっていたように顔を見せずに身体にしがみつく。
「お”っ”ほ”っ”!!!?めめめめめめメアたん!?いったいどうし────メアたん?なにかあったのかしら?」
「んーん、なんでもない」
「そっか、なんでもないか。何でもないならしょうがないわね~」
アザレアはすっとメアを優しく抱きしめ、時折頭をなでながら部屋に戻り…ベットの上に座った。
だがそれ以上は何もせず、何も言わず、ただただ優しげな表情でメアを抱きしめ続け、時折背中をぽんぽんとしたり頭をなでたりして寄り添い続けた。
「…アザレア」
「なぁに?」
「…なんでもない」
「そっかぁ~なんでもないのね」
「アザレア」
「ん~?」
「忙しい?」
「さっきまで忙しかったけど、ちょうど休憩しようと思ってたの。お昼寝ね。メアたんも一緒に寝る?」
「…ううん、あとで独りで寝る」
「そっか。じゃあよく眠れるようにホットミルク入れてあげましょうね。それとも軽く何か食べたい?」
「…ホットミルクがいい」
「そっかそっか。じゃああとでね」
「うん」
とん…とん…。
メアが離れるまでいつまでもアザレアはただただ優しく、その小さな背中をあやし続けていたのだった。
なおその後、メアが自身の部屋に戻って眠りについたのちに全身から血を噴き出してアザレアが死んだのは当然の結果である。




