奇跡の後
黒神領の一室。そこにはベッドに寝かされた青白い顔色をして意識を失くしているアザレアと、その手を取って何かを探るようにしているセンドウ、そして心配そうにそれを見守るウツギの姿があった。
しばらくするとセンドウはアザレアの腕をそっとベッドの中にしまい、ゆっくりと首を横に振った。
「お、おい…アザレアは大丈夫なんだよな!?オッサン!」
「…静かにしましょうウツギさん。今のアザレアさんには…静かな療養が必要です」
「そうしてれば大丈夫って事なんだな?」
「…いえ、正直な話ですがぁ…かなり危ない状態です。ほとんど危篤状態と言ってもいい」
「な!?なんでそんないきなり…!」
「いきなりではなかったのかもしれません。彼女が抱えてきたものを考えればその心労は計り知れないものだったでしょうし…普通の人間では考えられないほど身体も張っていました。心身ともに…とっくに限界だったのかもしれません」
「そんな…何とかならねぇのか!なぁセンドウ!」
「医療の心得はありますがぁ私は正式な医者ではありません。なので診断が正確でない可能性もあります。ですので聖龍様に相談してみるのがよろしいかと…医者を紹介してくれるかもしれませんから。ただ…もう私としてはそっとしておいてあげるのも…優しさだと思いますねぇ」
アザレアの状態は良くない。
それどころかもう死を待つだけの段階で…よけいな治療はただアザレアを苦しませるだけかもしれないとセンドウは言ったのだ。
「そんな…俺の…俺のせいか…?俺がこいつの…心労の原因になってたから…いや、前まで仕事も全部押し付けちまってたし、それ以外にも…」
「…アナタだけのことが全てではないでしょう。人の人生とは一つの要因のみで決まるわけではありません。様々な事の積み重ね、絡み合い方が形作るのです。ですから必要以上に気に病むよりも…家族として彼女を安心させてあげる方がいいと私は思いますねぇ」
「くっ…アザレア…アザレア…!」
ウツギがたまらずアザレアのベッドに縋りつき、その顔を覗き込んだ。
その瞬間、閉じていたアザレアの瞳がカッ!と見開き、血走った鋭い眼光がウツギを貫く。
「あ、アザレア!意識が戻ったのか!?俺がわかるか!おい!」
「…も…」
「も…?なんだ!どうしたアザレア!」
「も…も…戻った…!!…zzz」
謎の一言を残し、アザレアは再び意識を失った。いや、眠りについた。
先ほどまでとは違い、肌にも血色が戻って心なしかつやつやとしている。そして安心したかのようにすやすやと寝息を立てるその姿は、とても生死のはざまにいる病人のようには見えない。
「…」
「…失礼」
センドウがアザレアの手を取り、脈を確認する。
そして軽くではあるが検査を行い…その結果。
「…すべて正常ですねぇ。健康そのものだぁ」
「なんなんだよいったい…」
「彼女の体のつくりはこの世界の真理よりも謎に満ちているのかもしれませんねぇ…」
ウツギはがっくりと肩を落とし、センドウは苦笑いを漏らすのだった。
────────────
「これは…どういうことなんだね…?」
ポリアデルスは目の当たりにした光景に思わず言葉を失った。
事の発端は熱狂に包まれた夜を過ごしたのち、迎えた朝。
くもたろうとエクリプスを加え行われた服の新作デザイン作成は信じられないほどに盛り上がり、熱狂のまま気が付けばモデルとなった女性たちは去り、ポリアデルスとくもたろうは力尽きかのように寝落ちしていた。
そんな二人を朝日が昇りしばらくしてエクリプスが起こした。
「ポリちゃーん。起きてくださぁいですぅ~。ついでにくもちゃんさんもぉ~」
間延びしてゆっくりとした声とは真逆に、鋭く早い「はたき」が二人を襲う。
「む…?」
「んあ…?」
「おーきーろーでーすぅー」
「どうしたのかね…エクリプス嬢…」
「なんかぁ~外が騒がしいみたいでぇ~行った方がいいんじゃないですかぁ~ってぇ~」
「騒がしい?」
そう言われてみるとなにやら外からざわついているような気配が漂っている。
ポリアデルスは最低限の身支度をすませると「私は寝ますぅ~夜型なので今まで起きてましたぁからぁ」と寝てしまったエクリプスを置いてくもたろうと二人、教会を後にする。
外に出ると明らかに周囲が騒がしい…というよりも甲高い叫び声のような声が聞こえていた。
「これは…子供の声?」
「みたいっすね。急激に環境が変わったわけでっすし、小さい子供が癇癪を起してるんじゃないっすか?」
「ふむ…その可能性が高いだろうな。少し様子を見てこよう」
「アンタが直接行くっすか?」
「うむ。こういう些事に私のような立場の者が顔を出す…それだけでアピールとなるのだよ。こんな状況なら特にね。点数稼ぎと言うやつだ」
「うへぇ~こわいこわい」
そうして声のする方へ歩いていくと待ちゆく人々はポリアデルスの姿を見て各々挨拶をし、それを快く受けていく。
人々も声は聞こえているだろうが、やはり子供の癇癪と思っているのか差し的にはしていない様子だった。
そしてどんどんと声が近づいてきて…くもたろうは声のする場所にメアとニョロがいることに気が付いた。
「あれ?お嬢様にニョロじゃないっすか」
メアは昨日までは大人の姿だったが、いつの間にか幼女の姿に戻っており、ニョロは依然として人型のままだがなぜか背を向けて座り込んでいる。
ポリアデルスは多少ニョロに対して引け目のような気まずい思いがあったが、この場はそんなことをおくびにも出さず堂々とその姿をさらした。
「あ、くもたろうくん。それと神父おじさん」
「やぁ黒髪のキミは少し久しぶりな気がするね。そんなことはないのだろうが」
「んー?なんのはなし?」
その時、くもたろうは何故かメアに違和感のようなものを覚えた。
具体的に何が…とは言えないが、なんとなく様子がおかしい気がするのだ。
「…お嬢様?なんかありました?」
「んー?なんかって?」
「いや…なんでもないっす」
「うん」
やはり何かがおかしい気がするが、こういう時メアは何も話してはくれないことをくもたろうはよく知っている。
それを少しだけ寂しく思いつつも話してくれるのを待つしかないとその場はそれ以上触れないことにした。
「ところでこの泣き声は…」
聞こえてくる泣き声はぎゃー!ぎゃー!とすでに猛獣すら追い払ってしまいそうなほどの絶叫に変わっており、騒音どころの騒ぎではない。
そしてその絶叫は…ニョロから聞こえているようだった。
「え…ニョロ…?」
「違うよ。ニョロちゃんのうしろ」
「うしろ…?」
くもたろうとポリアデルスがニョロのうしろに回り込むようにするとそこに…金髪の小さな子供がいた。
メアよりもさらに小さく、ようやく立ち上がれるようになった子供と言った面立ちであり、その子供が「びやぁああああああああああ!!」と空気を震わせる絶叫を上げながら泣いていた。
「うぉおおおおうるせぇええええー!っす!なんすかお嬢様!ニョロ!この子供!どこの子っすか!」
「んー?たぶんねー」
「いや待ちたまえ。その子供…見覚えがある。あれはそう…忘れるはずもない…この子供は…」
ポリアデルスの脳裏に蘇ったのは忌々しい日の出来事。
かつて娯楽の国と呼ばれるよりも前の金神領に起こった龍同士の争いの余波による大災害。
それが教皇の手により収められた後に災害の中心にいた小さな金髪の子供…その姿にそっくりだった。
つまりその正体は…。
「まさか…金龍…なのか…?」
「うん。たぶん」
「ええ!?この方が金龍様なんすか!?あれ…でも前にチラッと見た時はもう少しでっかかったような…」
「なんかねー朝起きたら小さくなってたんだよね。そしてニョロちゃん見て泣きだしちゃった」
「なんでそんなことに」
「んとねなんか────」
説明しようとしたメアの声をかき消して金髪の子供…マリーがさらに一段階絶叫のギアを上げた。
「びぇえええええええええん!!なんでねぇねがおっきくなってりゅのー!なんでー!やだぁああああああ!!!あたちもおっきくなりゅー!なんでー!ねぇね!ねぇね!びゃあああああああああああああ!!」
「────…」
「そんなの知らないぃぃいいい!!ねぇねといっしょがいいーー!!なんであたちだけちいさいのー!!!おおきいのがいいー!!ねぇねといっしょじゃなきゃやー!!びゃああああああえぇえええああああああああああああああああ!!!」
「…────…──!」
ひたすら絶叫を続けるマリーに対し、ニョロが突然ほっぺにキスをした。
するとマリーはぴたりと泣き止み、次の瞬間にはその小さな身体でニョロにしがみつき、どうやっているのかその全身を這い回るようにして動いていた。
「えへへーねぇね、ねぇねー!おっきくてもねぇねだねー!」
「────」
「えー…つまりどういうことっすか?」
「なんかね、マリちゃん記憶が無くなってるぽいんだよねぇ…」
「なんですと?」
────────────
落ち着いたところでメアとニョロが現状把握できていることを二人に話した。
朝起きたところ、ニョロの腕の中で小さくなったマリーが眠っており、メアとニョロはお互いに首をひねって何事かと思ったらしい。その姿はニョロの記憶で離れ離れになった際に見た最後のマリーの姿と酷似しており、すぐにマリーだとは分かったがなぜそんなことになったのかわからなかったらしい。
やがてマリーが目を覚まし、ぽやぽやと寝ぼけているマリーにニョロが話を聞いたところ…なんとマリーの記憶が無くなってしまっていることが判明した。
正確には先代の金龍がニョロを殺し、マリーを取り込もうとした前日からの記憶がすべてなくなっていて…まるでマリーだけ時間が巻き戻ってしまっているような状態なのだという。
「まさかそんなことが…ありえるのか…?」
「でも実際そうなってるしねぇ…」
「ねぇね、ねぇね。この人たちだぁれ?それにここどこー?なんか知らない場所ー。でもあのうるちゃいへんなおんながいないからいいところだねっ!」
「────」
「私はマリちゃんのずっ友でマブダチのメアだよー」
「まびゅだち!あたちの?」
「うん、あたちの」
「まぶだちうぇーい!」
「マブダチウェーイ」
「きゃはは!めあおもちろーい!」
以前のマリーが大人らしく振舞っていた…とは言えないかもしれないが、それでも完全に幼い子供のようなその振る舞いが嘘や「フリ」には見えず、どうやら本当に子供に戻ってしまったようだと誰もが納得するしかなかった。
「ふむ…このようなことになってしまった原因に誰も心当たりはないのだな?」
「────」
「あるわけねぇっす」
「…」
メアだけが何も答えなかったが、一番関係が深そうなニョロが首を横に振ったことでおそらくこの場に答えを出せる者はいないのだろうとポリアデルスは判断した。
「なるほど原因はわからないか。しかしなんとなくだが関係していそうな事象は推測できるな」
「んん?それはなんっすか?」
「おそらく死想関連ではないかね?話を聞くに金龍…様は先代の金龍がそちらの黒蛇を追放してから死想に取り付かれたのだろう。これは死縛獣が現れたタイミングを見てもほぼ間違いなだろう。なら抜け落ちた記憶…戻った時間はそういうことだろう?」
「…確かに」
「…」
「────」
「なになにー?ねぇねなんのはなしー?わかんなーい!なかはずれやー!ねぇねたちだけずるいー!ねぇね!ねぇねー!」
再び癇癪を起しそうになったマリーをニョロが抱きしめ、キスしてあやすと途端に笑顔になる。
案外わかっていてやっているのでは?とくもたろうは訝しんだ。
「しかし…どうするか。こうなってしまっては金龍を教会に据えておくにも…そもそも彼女に回していた金の流れが…ううむ…いや、どちらにしろ教会とはもう…やはりすべてはあちらの返答待ちか…」
マリーを囲むメアたちと、一人でブツブツと思考の中に沈むポリアデルス。
「あの…取り込み中悪いのだけど、こっちもちょっといいかしら…?」
そこにおずおずと言った様子でヴィオと銀龍が合流してきた。
「ん、ヴィオさん。どうかしたの?」
「どうかしたというか…どうにかなっちゃってるというか…その…この人の事なんだけど…」
「えぇ…まだなんかどうにかなってる人が増えるんっすか…?」
げんなりとしたくもたろうをよそに、ヴィオと銀龍はある人物を引っ張ってきた。
その人物とは────




