社会人と休息
宛がわれた部屋に一人、ストガラグは身体を椅子に預けつつも心の底からの休息をとれずにいた。
どれだけ羽を休めようと試みても、この国で起こった数々の異常事態に、考えの読めないポリアデルスの行動…そして自身の立ち位置など考え始めればきりがなく、またそれを全て頭の隅に追いやって今日は寝てしまおうと思えるほど気楽な性格をしていない。
それらが重なり、ストガラグに心労を募らせていた。
「…ふぅ…オンとオフの切り替えをスムーズにできないと言うのは…社会人失格だな」
自嘲からの笑みを浮かべ、ストガラグは無理やりソファーにさらに深く体重を預ける。
だがやはり考える頭を止めることはできない。
そんな負のループを繰り返して数十分後。部屋の扉を開いてスッキリとした表情のスレンが入ってきた。
「ふぃ~いいお湯でした!さすが金神領ですね~。こんな贅沢していい状況なのかって思いはしますけど、やっぱり穴を掘った後のお風呂は最高でやめられないですよね」
「…また穴を掘っていたのかね?」
「ええ、日課の分ができていなかったので。ほらストガラグさんもキツイ仕事があった日でも日々のルーティーンは欠かさないほうがいいって言ってたじゃないですか。その方が社会人としてパフォーマンスが発揮できるとかなんとか」
「…確かに言ったが、さすがに今日まで穴を掘るとは思ってはいなかったよ」
「ははは。まぁ戦闘中に攻撃で穴を掘るみたいなのはやってたんですけど、それとこれとは別ですからね。というかストガラグさんまだ着替えてすらないじゃないですか!せっかくのポリアデルスさんのご厚意なんですし、お風呂に入って休みましょうよ」
「どうもそんな気分になれなくてな」
「気分って…休む時には休むのが社会人って言ってませんでした?」
「…」
そんなことは先ほどから思っている。と出しそうになった言葉を飲み込む。
余裕がないのは自分の方で正しいことを言っているのはスレンだ。だから反論する余地はなく、感情的な言葉を吐くものではない…そう思ったからだ。
一時期不安定だったスレンだが、穴を掘るようになってからというもの見違えるように精神的にも成長し、今ではストガラグよりも精神的余裕がある。
それを少しばかり羨ましいと思い、再びストガラグは自嘲の笑みを浮かべる。
「ストガラグさんって笑うとめっちゃ怖いですよね。不気味と言うか不吉と言うか」
「…よく言われる。だから普段は目深にハットを被っているのだがね」
いや、それが余計になんか「らしい」んですよ。という言葉を今度はスレンが飲み込むことになった。
「それはそうと明日からどうするんです?何もないなら俺は引き続き復興の手伝いをしようと思うんですが」
「…そうだな、明日くらいまではまだ滞在するとは思うが、早急に赤神領に戻るべきだとは考えている。さすがに報告する事が多すぎるからな」
「ですよね。…ポリアデルスさんの…というか資金提供の事も報告するんですか?」
「…しないわけにもいくまい。それが俺たちの仕事だからな。案じるにしてもポリアデルスは考えがあると言っていたし、それが無謀な思い付きでないことに期待するしかないだろう」
「ですよね…俺が口を出しても余計なことにしかならなそうですし、下手なことするくらいなら明日めいっぱい市民の皆さんの手伝いをしようと思います」
「うむ。出来ることを着実かつ確実に。それが社会人としての有能というものだ」
少し調子出て来ましたねとスレンは笑う。
そして眠る準備を整えながら、ふと何かを思い出したのか「あ」と声を上げた。
「どうした?」
「いえ、そう言えばストガラグさん、神様を見ませんでした?」
「…なに?」
「神様ですよ穴掘りの」
「なぜ…?まさかいたのか?」
「そうなんですよ!」
どこに置いていたのか、スレンは何故かつるはしを手にし、ずいっとストガラグに詰め寄る。
「す、スレン…?」
「あの時、俺が本当に危なかったんですけど、そうしたら神様が助けに来てくれて!俺だけじゃなく、市民の皆さんの事も助けてくれたんです!すごくないですか?!」
「間違いないのか…?」
「ないです!俺が神様を見間違えるはずなんてないじゃないですか!少しだけ会話も出来ましたし!でもやっぱりあんな危険な状況で、自分の神様と話したいって気持ちを優先はできないじゃないですか!だから何とか押し殺して避難を進めてたんですよ。それでちゃんとお礼も言えなかったので探してたんですけど見つからなくて…」
「なるほど…まさかとは思うがスレン…その調子で市民に聞いて回っていたりはしないだろうな…?」
「してますけど?」
ストガラグは頭を抱えた。
もしスレンが自分たちを救ってくれた神様なる存在を吹聴しながら聞きまわっていたとしたら…それはもしかすれば【教会】と言う信仰を集めている存在を否定することに繋がるかもしれない。
それはとてもマズい事ではあるだろう。
しかし…。
「まぁ考えても仕方がないか…そもそもこの金神教会に祀られている龍がああなってしまえばな…ん?待てよ…という事はこの場には以前話題上がった黒髪の異常存在が二人ともいたという事か?」
「どういうことです?」
「キミと別行動している間にポリアデルスとカルラと共に黒髪の女と交戦したのだよ。カルラ曰く以前にカルラと教皇様を相手取って戦った人物に間違いないらしい」
「ほへ~凄い偶然ですね」
「偶然…なのだろうか…」
枢機卿である自身にすら知らされていなかった死縛獣という脅威に、同じくして現れた二人の異常な黒髪。
そう…黒髪だ。
それがあるところにストガラグはかならずなにか異常な出来事に遭遇する。
仕事柄、普通ではありえないような事象にはなれている方だが、それでも最近は異常だ。
ここに何らかの繋がりを感じて否めない。
(なにか…何かが…やはり…黒神領か…?おかしな出来事はあの場所に出向いてから続いている…それならば…)
「ストガラグさん!!」
「っ…なんだ…?どうした?」
「なんだじゃないですよ。また考え事してたでしょう。今日はもう休みませんか?触れないようにしてましたけどストガラグさん…さっきから顔色悪いですよ?」
「あぁ…そうか…確かに少し…根を詰めすぎていたか…」
「そうですよ。ちょっと本当にリフレッシュしたほうがいいですって。お風呂に入って…あ、穴掘りますか?つるはしは貸せないですけど、今は復興作業中で外に出れば他の道具もあるはずですし」
「ふっ…それはまたいずれな。キミの言う通り風呂にでも入るよ」
「それがいいですよ。背中でも流しましょうか?」
「もうキミは上がった後だろう。それに部下に背中を流させるなど上司としてはパワハラととられかねんのでね」
「ですか…でも…。あ!つるはしを触ってしまったんで、手入れの時に使った油が付いてしまいました!やっぱ俺ももう一回風呂に入りますよ」
おそらくスレンはストガラグを一人にすると今度は風呂場で思考に溺れてのぼせるのではないかと心配しているのだろう。
────気を使わせているな。
本日三度目になる自嘲の笑みを持って今度こそストガラグは完全に思考を切り替えた。
そうなればこれからは社会人としての仕事ではなく、ただのストガラグとしての休息だ。
「それではたまには男同士、裸の付き合いと行こう。キミが不快に思っていなければね」
「ええ、いきましょうっ!」
こうしてそれぞれの夜は更けていく。
そして次の日を迎え…金神領にて新たにいくつかの事件が起こっていた。




