刃の向け先
空に浮かぶ月を覆い隠すように血飛沫があがった。
首を失くした胴体がふらふらと数歩ほど歩き、糸が切れた人形のように地面に倒れて首から血を零す。
そんな光景を見ていた者たちが反射的に本能からくる悲鳴を上げようとするが、その前に同じように首が落ちて声も出せないままに血の海を構築する肉塊と変わった。
最後にそれを見届けたカルラが刀についた血を払い、鞘に納めて静かに息を吐くと何もない闇に向かって声をかけた。
「盗み見はおもろいかぁ?相棒」
「誰が相棒よ。それにしてもアナタ…本当に筋金入りなのね。まさかこんな状況でも人斬りなんて」
その声に返して誰もいないように見えた闇の中から、そのまま闇を纏ったかのような黒い女…ネムが姿を見せた。
「ひゃはははは!こんな状況やからこそじゃい。いつの時代も災害が起こればしょうもない悪党が涎を垂らしてやってくる。火事場泥棒言うやっちゃな。それ以外にもあるがぁ…まぁなんにぃせよワシの獲物がねぎをしょっとるのも気づかずやってくる言う訳よ。おまんが暴れた白神領の時もそうやったんぞい?」
「…断罪者でも気取っているの?」
「イカれた殺人鬼を気取っちょるつもりじゃが?この国風に言うのなら娯楽に生きちょるだけよ」
「そう…」
「んで?なんの用じゃい。まさか散歩してたまたま覗きをしたとは言うまいて」
「アナタ…枢機卿になったってどういうつもりなの?指名手配していた殺人鬼を雇い入れる教会も意味が分からないし、それに応じているのも意味不明よ」
「そんなもん気になるんか?」
「ええ。敵なら斬らなくちゃいけないもの。ちょうど一人でいることだしね」
ネムはボロボロの剣をいつの間にか手にしており、その切っ先はカルラには向いていないが、殺気という名の刃は確実に向けられている。
「ふはっ!なんじゃなんじゃ熱烈な愛情表現をしてくれるのう!望むところではあるが枢機卿というだけで敵っちゅうことかいの?ワシ個人に向けられた殺気ではなく、肩書きによるもんか?」
「どうでしょうね。あなた次第よ」
ネムが色狩りとして教会の関係者を斬っていたのはイルメアが殺されたからだ。
しかしメアとして生きていたと分かった今、もはや復讐に意味はなく…別に後悔などは一切していないが、やる気もなくしていた。
しかし敵対する相手となれば話は別だ。
枢機卿は黒神領を…メアが身を寄せる国を襲撃したという事実がある。
ならばそれは斬る理由たりうる。
自ら殺しにはいかないが、取り戻した聖域に土足で踏み入る者がいると言うのなら何のためらいもなく斬り殺す。
ただそれだけだ。
「ふむ…悩ましいところじゃのう。別におまんに敵対するつもりはないが…しかし本気の殺し合いは演じたい。どうしたもんかの?」
「…だからアナタ何がしたいの?なぜ枢機卿になんてなったのよ」
「ワシほどわかりやすい男もなかなかおらんと思うぞい。ワシは徹頭徹尾、己の娯楽に生きちょる。逆に言えばそれ以外ではいくら金を積まれても動くつもりはない。わかるかぁ?」
「枢機卿になることで誰か斬りたい相手がいるという事?」
「おう!さすが相棒じゃ!その通りよ!実は教皇を斬ってみとうてのう」
「…なんですって?」
「ひゃはははは!実は前にすこぉしだけ斬りおうたんじゃが…なんぞ不思議な感じでのう。今まで感じたこともない妙な気配だったもんで、どういう生き方をすればあんな感じになるのかと興味がわいて枢機卿になってみたんよ。それにあれ以来姿を見せん奴さんに近づこう思うなら懐に入るのが一番じゃろ?なんならおまんも一緒に行くかぁ?」
「ごめんよ。枢機卿になんて死んでもならないわ」
「じゃろうな!」
ケタケタと何が面白いのかカルラは子供のように笑う。
ネムは毒気を抜かれ、流していた殺気を引込めた…というよりは引っ込めさせられたというほうが正しいだろう。
「まぁそんなわけでの!一応はお前さんも指名手配なわけじゃし、ワシが斬る理由はあるんじゃが…いうちょる通り、おまんとは真剣勝負をしたいんじゃい。今はお互い万全とも言えんし、いつかの楽しみにしとこうや。の?」
「私は戦いを楽しむ趣味なんてないから、あなたが何もしないのならそこで話は終わりよ」
「そらつまらん。なら全部終わったら指名手配【色狩り】を狩りに出向くとするわい!ひゃはははは!」
「…その時は私一人を狙いなさい。私の家族に悪意を向けるならただじゃ置かないから」
「くっくっく!」
「…」
その時だった。
ネムとカルラは金神領を駆け抜ける異常な力の奔流を感じ、同時に同じ方向に弾かれたかのように顔を向ける。
「…なんじゃこの馬鹿みたいな気配は」
「この感じ…メア様の…?」
「なんぞ知り合いか?いや…この気配はあの黒髪の女か…?ふむ…しかしこの気配…」
カルラは何かを言いたげに首を傾けるが、言葉を飲み込んで黙り込む。
「なに?ちゃんと言ってよ気持ち悪いから」
ネムの問い詰める視線を受け止め、カルラは一度だけ地面に転がる死体に目を向け…そして。
「いや…様付するくらい大切な奴なら少し注意したほうがええかもな。この気配…まるで死人のそれのようじゃ」
忠告するようにそんな言葉を残した。




