失われていた命2
それはいつもすぐ隣にいる。
誰の隣にも、どこにいても…時間の概念すらなくそこにいる。
ただ見えないだけ…そして「それ」自身もただ意識していないだけで「それ」は当たり前にそこにいる。
「…」
空に血が流れる。
否、それは風に揺られる目が痛いほどの赤を帯びた長い髪だ。
それの名は【死】。誰もない場所で、どこにでもいる彼女はただただ静かにある場所に向かって視線を注ぐ。
その先にいるのは二匹の…いや、二色の蛇。
陽の沈んだ静かな夜の中、その蛇は手を握り合って地面の上に寝ころんでいた。
「…ねぇね」
「…──」
「うん…あえてよかったぁ…あたしね…ねぇねに話したいことたくさんあったんだ。でも…こうして会うと全部どうでもよくなっちゃった…」
「────…───…」
「ねぇねも?えへへ…よかったぁ…もう…ずっと一緒だよね…?もう…半分こにならなくていいんだよね…?」
「────」
「ありがと…ねぇね…ずっと…」
「──…」
「うん…ずっと一緒…」
蛇はどちらからともなく目を閉じた。
「…」
死はその蛇の行動を見届け、一度だけ目を閉じる。
数秒ほどして再び目を開いてその場を立ち去ろうとした時、蛇のもとに誰かが歩いてきた。
歩く…というよりはおぼつかない足取りでと言った方がいいだろうか。
無理もないだろう。なぜならその誰かにとってその光景は───。
「あーあ、きちゃった。なんで止めなかったの?お前」
死はいつの間にか背後にいた自らの生き写しのような赤い髪の少女に話しかける。
「…私が…とめ…ても…結果は…変わらなかったと…思います…あなたも…そう思ったから…ここにいるので…は…」
「だれがわかったような口を。相も変わらず目障りな子。ハズレよ。そんなんじゃないわ」
表情に感情を浮かべず、死はただただその光景を見つめ続けた。
この物語の結末を見届けるために。
────────────
「うそ…」
ニョロとマリーを探して外に出たメアは何故か導かれるようにそこに辿り着いた。
人気のない…背の高い雑草が生い茂る場所。
風に揺られる雑草の奏でる音が静かな夜に溶け込んで妙に心地がいい…そんな場所。
その真ん中で小さな蛇が二匹…絡まって眠るように転がっていた。
黒色の蛇と金色の蛇。
もう二度と離れ離れにならないようにと結ばれるように絡まって…蛇の表情なんて分からないはずなのに、二匹ともほほ笑んでいるようにも見えて…。
ふらふらとメアは二匹の蛇に触れる。
その身体には…体温も鼓動も存在しなかった。
「なんで…だってさっきまで…」
二匹の蛇は…眠るようにして息を引き取っていた。
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風を斬るような音と共に強い風が駆け抜ける。
それに引っ張られて死の髪が強く巻き上げられ…次の瞬間に赤かったそれが黒く染まる。
それが黒く染まったという事はきっと、黒の持ち主の髪は赤く染まったという事なのだろう。
ただ死はその変化には興味すら示さず、視線は固定されているかのように動かさない。
「無理だよお姉ちゃん。確かに今のお姉ちゃんなら黒い方は何とかなるかもしれないよ。でも金ちゃんはどうにもならないよ」
「…やはり…金の龍、は…すでに…」
「そう、あの子はとっくの昔にすでに死んでいる。死想に喰われた時点で龍の概念は死に上書きされ、そして死ぬ。金ちゃんより前に金を名乗ってた女と戦った時に既に金ちゃんは死んでる。でもあの子は生きているかのように動いていた。ううん、死んでいるからこそ動いていた」
マリーは先代の金龍との戦いの中で死想に取り込まれ死縛獣となり…そして死を迎えた。
だが死想は…マリーを生かしたのだ。
死想とは死への想い。
死に紐づけられた感情の具現。
マリーは独りでは死ねなかったのだ。
何故ならマリーは心のどこかで姉が生きていることを信じていたから。
いや姉の死を受け入れられていなかったというほうが正しいのだろう。
マリーと姉は二人でなく、一人の蛇。
だから一人では死ねない。マリーが死ねばそれは姉の死を確定させることになってしまうから。
だってマリーと姉は二人で一つの存在なのだから。
だからマリーは生きていた。死への想いで生きていた。
そして…この場所で半身と出逢えた。
だから本来そうであるべくとしてマリーは正しく死を迎え…そして同じく半身と再会できた姉も、妹とお供にある事を選び…一つの生き物として正しい結末を迎えた。
ただそれだけの事。
何もおかしいことはない。
「だからダメだよ、お姉ちゃん。生も死も当たり前にある正しいこと。お姉ちゃんが否定できるのは「間違った死」だけ。そしてそもそも今この世界はその「間違った死」すらも「正しい生」を飲み込んで行ってる。だからお姉ちゃんに出来ることなんて何もない。だから諦めなくちゃだめだよ」
「…それでも…我が伴侶様は…それを…受け入れ、ない…でしょう…」
そんなこと言われなくてもわかっていた。
金神領にいる勘の鋭い者、一定以上の実力がある者はすでに感じ取っているだろう。
黒髪の…いや、赤髪の幼女が放っているありえないほどの力の奔流を。
それは普段なら奇跡を起こし得るほどの力なのかもしれない。
だが…この狂った世界ではその奇跡すら無意味だ。
「無理だって…せっかく私が力を分けてあげたのに、また使い切っちゃうよ。そうしたら全部意味なくなっちゃうじゃん。だからもうやめなって…お姉ちゃん」
「…あなたが…一番よく、わかっているでしょう…それは…」
「うるさいんだよ。人の心に入ってくるな。わかってる…それでもお姉ちゃんはやめないって。そんなんだから私は…」
黒髪を携えた死はゆっくりと立ち上がり、一度だけ「ぱんっ」と両手を合わせた。
「…一度だけ…今回だけ手伝ってあげる。でも覚えておいてお姉ちゃん。生きることが幸せとは限らない。だって今回の結末は何もしなければ綺麗なままで終われたでしょ?美しい物語として終われたでしょ?それをひっくり返すのが必ずしも正しいなんて言える?生きていることが幸せなわけじゃないんだよ。もしかしたらお姉ちゃんだけじゃなくて金ちゃんも、そして黒い子もこの出来事を後悔する日が来るかもしれない。ううん、絶対に来るよ。それでも…と言うのなら、やってみるといいよ」
綺麗に終われるはずだった結末に蛇足という名の続きを。
「金ちゃん、いままでありがとう。だからこれはそのお礼。精々この地獄で生きてみるといいよ。あなたの事…ほんとうに嫌いじゃなかったよ」
そして死は…赤に戻った髪を翻し、その場から消え去った。
その瞬間の赤の少女の表情を見たのは…ノロただ一人だけだった。




