秘密の関係
奇跡的に形が残っていた金神教会。その3階に取り付けられた厳かな雰囲気とは無縁の豪華なバルコニーから二人の男が外を見つめていた。
「ポリアデルス。これからどうするつもりだ?」
「どう、とは?質問とは主語を明確にしてするものだよストガラグ」
「事態は収まったとはいえ、あまりにもこの国が受けた被害は大きすぎる。復興のめどはついているのか?」
「被害が大きい…ね。それは違うさストガラグ」
二人の視線の先には果てが見通せないほどの大穴が広がっている。
そこにはつい半日ほど前までは大勢の人が行き交い、商いや賭博が繰り広げられる黄金の街並みが合った。
しかし今はぽっかりと空間そのものを削り取ったかのような漆黒が広がっているだけで、栄えた町など見る影もない。
もしこの惨状を元に戻そうとするのなら途方もない時間がかかるだろう。
穴を埋めるのにどれだけの土が必要なのか…建物を新たに建てるのにどれほどの資材が必要なのか。
幸いにも金神教会を要する首都そのものが完全に消滅したわけではないのでやりようはあるかもしれない。
だが、住む場所を含むすべての財産を失ったものは確実にいるだろう。
そう言う場所にも手を回さなくてはならない。
そこを切り捨てるような真似をすれば…復興など敵わないのだから。
「…そう言う意味では人的被害が想像より少ないのは救いと言えるか…。いや、まずは失われた命に黙禱を捧げるべきだった。忘れてくれ」
「…そうだね。毒の概念が消えるまでに耐えられなかったもの、死縛獣の攻撃に巻き込まれた者など死者を数えれば決して少なくない。だが…空に死縛獣の行き着く末路であるアレが現れてなお、この国は残った。それは奇跡という言葉では言い表せないほどの僥倖だよ。一歩でも間違えれば…いいや…」
絶望の未来と言う決められた運命から一歩踏み外せたのかなとポリアデルスは含ませるように口にして笑った。
「酔っている場合か。なにか当てはあるのか?」
「もちろんだとも。それにキミがそんなことを言うとは驚きだな」
「…わかっている。だがこんな状況では…」
「それでも私と交渉するのがキミの仕事だろう?いろいろと想定外の事が起こってしまった故に有耶無耶になってはいるが、キミは私からの条件を呑んでいたわけだしな。それを見返りに交渉する権利はあるだろう。そこを無視しては商売人とは言えないからね」
「わかった。ならばもう一度…赤神領からの要請を伝えよう。ここ金神領から資金の───」
「断る」
「…」
「…」
「そのなんだ…現状を見るにそう答えるしかないのだろうが…それでも…お前の矜持的にそれでいいのか…?」
「ストガラグ。私はキミたちに取引を持ち掛けた時にこう言ったはずだ。条件を呑んでくれるのなら「交渉の席についてもいい」と。約束は守っただろう?」
深くため息をつき、眉間に深いしわを刻みながらストガラグはそれを隠すように帽子を深く被りなおす。
そもそもストガラグたちが金神領にやってきたのは金神領に資金援助を要請…いや、強制することであり、そのために奔走していたのだが、いくら社会人として職務に忠実なストガラグといえど金神領のこれからを考えると、とてもではないが常識外れの金額を出せとは口にしにくかった。
それは事実だが、あまりにもあっけにされ驚いたのもまた事実だ。
赤神領からの要請を断るということはこの国で最も強い権力と言う力を持った存在に歯向かうという事になるのだから。
「…金額については俺からも赤神教会に口を利く。さすがに今の金神領に例の提示されている額を全て払うことなどできないと上も理解するはずだ。だから体裁は整えろ。そうでないと更なる窮地にこの国は立つことになる。それが判らないお前じゃないだろう」
「そのキミの心配全てが無用だと言っているのだよ。キミの思う通り、私は先通しもなく動く馬鹿ではないからね。もうこの後の道筋も立ててある」
「本当に考えているのだろうな。お前の選択で、今日助かった市民の命が危険にさらされるのかもしれないのだぞ」
「それこそキミに忠告される筋合いはない。執行官であるキミと違い、こちらは長年教会を預かっている神父と言う名の国主だ。まず一番に何を考えるべきなのかは当然理解している」
「…わかった。なにか俺に出来ることはあるか?巻き込まれたついでだ…多少赤神教会をごまかすくらいは…」
「それはキミの立場をいたずらに悪くするだけだ。昔一度キミにも提案したように教会をやめる気が無いのなら…大人しくしていたほうがいい。それが社会人だろう?───さて、ひとまずここまでにしよう。我が国は見ての通りやることが多いのでね」
「…あぁ」
バルコニーを後にするストガラグを見送り、ポリアデルスはその巨体を椅子に預ける。
ギシッ…と椅子が軋むのも気にせず、テーブルにあった紅茶をカップに注ぐ。
そしてポリアデルスはそのカップを…向かいの席に置いた。
「さてお待たせしましたな。ではこちらの交渉を始めましょうか」
「はぁい。随分と待たされましたがぁ~まぁ~いーいーでしょ~ぅ」
突如湧いて出たかのように、それまで誰の気配も感じられなかった柱の陰から一人の女が現れ、ポリアデルスの向かい側に座る。
きっちりとした礼服を着こなしているが、その表情は柔和であり力が入っていないかのようにふにゃふにゃとしており、間延びの下喋り方も相まってアンバランスさを感じさせる。
「いやはや申し訳ない。こちらも立場故に通さねばならない筋というものが多く、退屈させてしまいましたかな」
「えぇ~まぁ~。でもぉ~おきになさらずぅ~」
「お言葉に甘えまして。それで?先方はなんと?快い返事はいただけそうですかな?」
「んん~なんともですねぇ~…でもぉ~先ほどまでのぉ~ヤバい現象とかのぉ~説明とかもぉ~していただけるとのぉ~ことですしぃ、あの方は~今少しでも情報がぁ~欲しいそうですからぁ~まぁ~無下にはされないのではないですかねぇ~。ただそちら様はいいのですかぁ~?ほんとうにぃ~?だいぶぅ~思い切った決断になると思うのですがぁ~」
「ふふ…「エクリプス」嬢。私はねこの国の神父である以前に商人であり、同時にギャンブラーでもあるのです。そして私は今!とても「ツイている」!!死縛獣が生まれ、その末期までも目にしたのに命も国も拾った。きっと私の流れはここなのでしょう。幸運の女神が味方してくれている今だからこそ、全てをベットする価値がある。そうやってここまで上り詰めたのですよ」
「ほぉ~それはそれはぁ~…良い考えだと思いますぅ~。ただぁ~私にぃ~過度な口添えの期待はしないでくださいねぇ~。あの方ぁ~…聖龍様ってぇ~たぶん何かあれば普通に私も消そうとすると思うのでぇ~」
「問題ありません。顔を繋いでくれさえすればあとは私の話術で何とかいたしましょう」
「えぇ~頑張ってくださいねぇ~。私としてわぁ~文通友達のポリちゃんに死なれると困るのでぇ~」
「私もだよエクリプス嬢…いやエスちゃん。ふふふふふふ」
「うふふふふふぅ~」
金神領神父にして枢機卿ポリアデルスことポリちゃん。
白神教会所属執行官にして悪魔エクリプスことエスちゃん。
一見して接点のない…いや、下手をすれば敵対関係と言える可能性まであるかもしれない立場の二人だったが…その実、長年手紙のやり取りをしている文通友達と言える関係であることをまだ誰も知らない。




