アタシの一つ
これは死の中に漂う黄金の龍の記憶。思いの残滓。そのほんの一部。
彼女が求めた、たった一つの願い。
───意識というものが生まれて最初に見たのは自分の顔だった。
チロチロと細長い舌で首筋を舐められた感覚を今でも覚えている。
そして少ししてからそれが自分であって自分でないことに気が付いた。
同じ体を共有する自分じゃない自分。
その自分はあたしと言う自分よりも早く目覚めていて、あたしが目覚めるまでずっと動かないもう一つの頭をけなげに守ってくれていたらしい。
だから私はもう一人のアタシを姉と呼ぶことにした。
姉と私はいつだって一緒。
横を向けばいつだってそこにいて寂しいだなんて気持ちとは無縁だった。
寒くても首を絡めれば不思議と暖かかった。
同じ体を共有しているのだから寒いのは変わらないはずなのに。
お散歩をしているときも一緒。
個別に動かせるのは首だけで、身体は違う。
でも姉とどっちに行くかで喧嘩することはなくて…いつも右に曲がりたいなって思ったら姉もそう思っていた。
私達は一つ。
二人じゃなくて一人。
それでよかったし、それがよかった。
なのにある日突然よくわからない女にアタシと姉は引き裂かれた。
一人だったのに二人にされた。
身を引き裂かれる…なんてそんな生易しいものじゃなかった。
あの日確かにアタシは…殺されたんだ。
身体は痛くなかった。
でもそれ以外の全部が痛かった。何もかもが死んだ。どこもかしこも殺された。
だからアタシはこの女をいつか絶対に殺してやると思った。
でも…姉はそんな状態をそこまで気にしてないように見えた。
どこまでもいつも通りで…いつも通りに優しかった。
いつも通りにアタシと一緒にいてくれて、いつも通りに抱きしめてくれて、いつも通りに笑いかけてくれて、いつも通りに暖かくて…だからアタシも妥協した。受け入れたふりをして過ごした。
なのにあの女はいつもアタシにちょっかいをかけてくる。
なんでもあの女はアタシの親というやつらしい。
なんだそれは知らない。誰だお前はあたしに話しかけるな触れるな近づくな。
アタシがお前に何もしないのはそんなことに時間を割いている暇がないからなのに。
姉と身体が別れてからはずっと不安で…1秒であっても姉の姿が見えないのが嫌だった。
隣に手を伸ばしても触れられない場所に姉がいるのが寂しかった。
声が届かない場所に姉がいることが辛くて痛かった。
だから一秒でも長く、姉の傍に居たくて…それ以外の事に構っている時間なんてない。
なのにあの女がいつも邪魔をしてくる。
私にだけ話しかけてきて、私だけに食べモノや宝石なんかを渡してくる。
危険物ではないようだったのでアタシはそれを毎回姉と分けた。
するとあの女は怒ったような顔で「アイツには渡すな」「お前に送ったんだから独り占めしていいんだ」と言う。
アタシと姉はもともと一人だったんだからアタシの物は姉の物で、独り占めすると言うのならそれは姉と二人でわけあう事が独り占めになるんだ。
そこでアタシはようやくこの変な女がうるさければ物事の道理も分からない馬鹿なんだと理解した。
それ以降は女の事が本当にどうでもよくなって、アタシは姉と二人でただただ日々を過ごした。
片時も離れたくなくて、姉の腕に私の腕を絡ませてひっついた。
こうしていればまたいつか一つに戻れないかと思いながら。
だけどこの頃にはアタシもこうやって二人でいるのも悪くないんじゃないかって思い始めていた。
一人だった時は近くに姉を感じていたけれど、別々の二人になってからは姉がアタシじゃなくなったことでむしろその存在を大きく感じられるようになった気がするから。
こうしてくっついていれば私じゃない体温がじっくりと拡がっていくのがわかる。
手を繋いでお散歩することができる。
別々のものを食べて、それを交換して、おいしいねって言える。
だからこれでもいいのかもしれないって。
そんなある日の事。
強烈な吐き気と熱に襲われ動けなくなった。
アタシからは見えないけれど首筋に小さな噛み痕があるとあの女が言った。
そして姉がアタシの事に嫉妬し、邪魔に想い殺そうとしたんだと伝えられた。
女に可愛がれられているアタシに姉が嫉妬したと…そう言ったんだ。
こいつは心底頭が…いや、もしかしたら頭が無いのかもしれないと思った。
だってこんな女に付き纏われて姉が嫉妬するなんて意味が分からなかったし、そんなことあり得るわけがないと思ったから。
でも…アタシの身体を蝕んでいるものは確かに姉の毒だとも感じた。
その後はよく覚えてない。
朦朧とする意識の中で…女に手を引かれて…そしてそこで谷底に落ちていく姉を見た。
「お前の仇を取ってやった」
「お前に張り付く穢れを消してやった」
「これからは我が娘として誇りを持って生きろ」
そんなことを言われた気がする。
だから殺した。
姉がいなくなったから…この女を殺さない理由がなくなったから。
死体は姉と同じようにどこかの谷底に捨てた。
その後アタシは姉を探した。
でもどれだけ探しても姉は見つからなかった。
胸にぽっかりと穴が開いていた。
スカスカになって…何をどうしようとしても埋まらない。
別に姉が本当にアタシの事を邪魔に思っていたならそれでよかった。
本当にアタシに死んでほしかったのならそれでよかった。
だってそれはアタシが姉の事を好きなことに何の関係もないのだから。
死ねと言われたなら死んでもよかった。
でも…直接その言葉を聞きたかった。
直接言って欲しかった。
声をかけて欲しかった。声を聞かせて欲しかった。否定のそれだっていい。愛してくれなくったっていい。嫌いでもいい。でも…最後までただ隣で声をかけて欲しかった。
でももう、それは叶わない。
どこにもいない。
アタシだったはずの半分がない。
────アタシは死んでしまった。
穴が埋まらない。
ある日、人間が黒い染料を持っていて…それが姉の鱗の色にそっくりだった。
だからそれを手に入れて一番見えやすくて映えそうな爪に塗った。
そうすることで姉と一緒になれたと自分を少しだけ騙せた。
でも埋まらない。
あの死んだ女は宝石が好きだったらしい。金銀財宝が好きだったらしい。
それに目が無くて、全てだったと人間が言っていた。
だからアタシもそれを集めてみた。
それでも埋まらない。
でも他にどうしようもなかった。
だからとにかく爪を塗って…お金を集めて…少しでも胸の穴が埋まるようにと願った。
そんなことを続けていた時、あの人が現れた。
赤い髪の女の子。
その子を始めてみた時…私は心が少しだけ軽くなったのを感じた。
「ふーん…アナタ面白いね。死に向かって面白い目を向ける。死にたいのに死ねないの?───ううん、違うね。もうあなたはとっくに…ねぇ少し此方に協力してくれない?そうしたらいつか…アナタの願いをかなえてあげる」
こうしてアタシは赤様についた。
あの人がいつかアタシの望むものをくれるらしい。
アタシが望むもの…それは────




