圧力
──似てる。
遠くからではなく、こうして近くで見るとそう思ってしまった。
大きなトカゲのような見た目をした怪物…死縛獣。
もちろん細部は似ても似つかない。
同じかどうかと聞かれれば全く違うと答えられるくらいには。
でも…やっぱりその姿はどうしても…母の姿を思い起こさせる。
「ん…?」
胸が一瞬だけチクリとした。
そしてなんだか身体が重くなった気も。
なんて言えばいいのだろうか…重りをつけられたとかそう言うのじゃなくて…【中身】が重くなってしまったというか…。
うーん…ちょっとうまく言葉にできない。
なんだろう…柄にもなく「おセンチ」になってしまってるのかな?
いやいや、そんなわけないですよ。
母を見送って何年たっていると思っているのか。
私はいつまでも過去を引きずるお子ちゃまではなく、今を生きる「あだるてードラゴン」なのでね。
きっと母と同じような見た目の存在を見たのが初めてだから驚いてしまっただけでしょう。うん。
「よしっ、切り替えたっと。なにせ私は絶好調ドラゴンですからの!それでこれはどうすればいいのかな?」
ひとまず皆が危なそうな雰囲気だったので蹴っ飛ばしてみたけど、倒していいのだろうか。
母みたいにここら一帯を縄張りにしてるだけのコワモテさんとかではない?
「そこんとこどうなのーくもー」
「ゴリゴリに敵と思うっすけど…でもその死縛獣とかいうのニョロの妹さんなんす―!」
「おお?」
そう言われてみれば確かにマリちゃんの気配のようなものを感じないでもない。
でも…すでに違う何かに変質してしまっている。
ぐにゃっと捻じ曲がって、何かを混ぜられてるみたいな。
これをマリちゃんと呼べるのかどうかと問われれば…首を横に振るしかないかもしれない。
でもだからって見捨てませんよ私は。
一食一飯の恩。
マリちゃんにはお菓子をいっぱいごちそうしてもらったし、なによりもニョロちゃんの家族なら私の家族だ。
それなら守らないとね。
「これ元に戻す方法とかあるのー?」
「しらねーっすー!でもなんか昔は教皇がぶっ倒して元に戻したみたいな話をあの教会の連中がしてたっすけどー!」
倒して元に戻す…?
見た感じそんなんじゃもとには戻せないと思うけど…でもまぁそれ以外に出来そうなこともないし、一度倒してみるか。
「後で怒らないでねマリちゃん」
とは言ってみたものの、少し不安がある。
母と同じような見た目のこの死縛獣とやらが母と同じくらいの戦闘力を持っていたらどうしようという不安が。
先ほど私の不意打ちキックが通用したことから防御力はそうでもない。
でもだからと言って弱いと断定することはできない…と思う。
もしかしたら母が万能型で、こっちは攻撃力特化型…という可能性も十分あるのだから。
「つまり油断することはできないと…本気で行きませうかぁ~」
せっかく絶好調なんだ。
久々に母と戦っていると思って暴れてみようじゃないか。
────────────
「やべぇ…」
ごくりとくもたろうがつばを飲み込み、抱えられているニョロも顔に異常な量の汗を浮かべていた。
「どうしたの…?二人とも…」
ネムは二人の様子に気が付きつつも、なぜいきなりそんなことになっているのかわからずに戸惑う。
「…ネム。おめーはとにかく身を守るっす。銀龍様は少し協力してくださいっす。たぶんこれからこの辺り一帯が…いや、下手したら街そのものがどえらいことになるっす。人間を守ってやる義理はねぇっすけど…でも色々と面倒になりそうでっすし、なんとか被害を抑えるために動かなくちゃならねぇっす」
「…────」
「ちょっ、ちょっと!どういうことなのくもたろうくん?それにどえらい事になるって…」
もうなっているじゃないかとネムは口にした。
既に暴れた死縛獣によって町は半壊していると言ってもいい。
吐き出された毒が周囲を溶かし、降り注いだ雨が命を腐らせ、その巨体が移動した後は等しく踏みつぶされた。
だというのにどえらい事になるとはどういうことなのかと。
「肌がピリついてるんっすよ…!!この感じ…忘れたこともねぇっす…200年くらい前…うちらが住んでた山にやってきた黒龍様とお嬢様が「遊び」を始めた時の空気っす!」
「────…」
「それってたまにい聞くその…メア様が「やんちゃ」してたって時の…?」
ゆっくりと、そして空のメアから目を離さずにくもたろうは頷いた。
やんちゃといえば可愛らしいが、実際はそんなものではない。
荒れていた、今よりは怖かったと当時を知る人は一様にそんな風に当時にメアの事を言い表す。
決して悪人であったわけでも暴君であったわけでもない。
だが今のようにポヤポヤとしていたとは決して言えず、常に闘争心に溢れていたと。
「黒龍様とお嬢様が「遊び」を始める時…うちらは近づくことすらできなかったっす。余波だけでも死んでしまいそうなほど激しかったっすから…あの時、山に住んでいた魔物連中なら全員がわかるっす…この肌のヒリつきという名の危険信号を…」
それは本能だ。
生き物は本能的に危険を察知することで身を守る。
それが自分に向けられた力出なかったのだとしても、下手に関われば間違いなく死ぬ。
巨大な滝に小さな羽虫が近づくようなものだと。本能が理解しているのだ。
「お嬢様は…本気で戦うつもりっす…!!」
くもたろうが叫んだと同時にネムにも空気が重くなったように感じられた。
いや実際に周囲が軋んでいる。
崩れかけた建物が鳴らすその音が悲鳴のように聞こえる。
周囲に転がる破片や小石がひとりでに粉々に砕けた。
なにか特殊な力によるものではない。
ただ空に浮かぶ少女が戦闘態勢に入った…ただそれだけだ。
ただそれだけで空気が軋み始めた。
その存在から発せられる気配が強すぎて圧力になっているのだ。
「もう…とまらんっすよ…こうなったら1秒でもはやくあの死縛獣がやられてくれることを願うしかねぇっす…!」
「…」
高まっていく恐ろしい気配の中で誰もがメアを見上げる中…ニョロだけが唸り声をあげる死縛獣をその瞳に移していた。




