一つ上の力2
「龍とは概念が形を持った半生命体。概念であり、生き物でもある。そしてもう一つ…龍には特徴があるのだよ」
ポリアデルスが呪骸を手にし、メアに向かって黒い霧を放つ。
それは呪骸に込められた殺すための呪い。
「んみゅ?しっしっ!」
それをメアは難なく手で払いのけて見せた。
この戦いが始まってまだ10分も経っていないが、既に何度も見せられた光景である。
「…このように彼女には呪骸が効果を及ぼせていない。これはあり得ないのだよ。龍とは「そう言う風にできてはいない」のだから」
「何を言っている…?」
「龍は何がどうあっても呪骸には抗えない。そう言っているのだ」
「んなもん龍やのうても基本そうじゃろうがい」
「我々のように呪骸に何の影響もなく触れられる人間もいるだろう。だが龍の中にそのような適合性を見せる者はいないのだ。当然能力による抵抗というものは可能だろう。白神領の聖龍などはその能力である程度は呪骸の力を抑え込めるようだしね。しかしそれはあくまでも一時しのぎ。何の対策もない状態なら龍は等しく呪骸の力の前に死を迎え、直接触れれば必ず逆適合を起こす。それが龍と言う生物の種としての特徴だ。故に──」
彼女のように呪骸に触れても何の反応を起こさない生き物を龍とは呼ばない。
ポリアデルスは黒い霧に纏わりつかれ、なおかつ呪骸そのものを手にした状態で平然と魚を頭から食べているメアを差して断言した。
「人間の中に例外があるのなら龍の中にも例外があるんちゃうかぁ」
「ない。何度も言わせないでくれたまえ。その例外が成立した時点で生物的にそれは龍ではないのだ。そしてその理由は…おそらくすぐにでもわかるだろう。とにかく彼女は龍ではない。人によく似た姿の、龍ではない別のナニカだ。なぜそんなものがこのタイミングで沸いてきてしまったのか…おそらく偶然ではあるまい。私の想像だがおそらく死縛獣が現れたのに何か関連があるはず…幸い会話はできるのだ。何とか頑張ってみようか。キミたちは付け入れそうな隙がもしあったら迷わず動け」
ポリアデルスが呪骸の霧を解除し、一歩前に出た。
一瞬だけ舌で唇を湿らせ、過剰なつばを飲み込む。
「食事のところ悪いね。少し…改めて話をしてもいいだろうか」
「むぐむぐ…いえいえ、こちらこそお腹が空いてもうしわけ~。ちょっとまってね…むぐむぐもぐもぐ」
魚を骨や尻尾も残さず口の中に押し込み、咀嚼をしたのちに飲み込む。
次にどこからともなくメアは大量の干し肉を取り出し、それを飲み物のように口の中に次々と放り込んでいく。
「食べすぎではないかな?暴食はよくない。内臓に負担がかかれば肌にも影響が出る。せっかく美しく生まれたのだからそれを陰らせるような行為は慎むべきだと思うがね」
「むぐむぐもぐもぐぽりぽり」
「私はいつまで待てばいいのだろうか」
「もぐもぐもぐもぐ…ごっくん。ごめんね、お待たせしましたん」
ぺこりとメアは頭を下げたが、ポリアデルスはメアの手にはまだクッキーが握られており、それを仕方ないといった様子で服の中にしまうのを見逃さなかった。
「…まぁいいでしょう。それで話を──」
「それよりも先に呪骸を貰っておこうかな」
瞬きをする間に…否。
瞬きすらしていないのに、気が付けば触れられるほどの距離にメアがいた。
移動する瞬間すら見えなかった。
足や体を動かす動作も、何らかの能力を行使したような形跡も。
何もなくただ気が付いたら近づかれていた。
そしてメアの手がそのままポリアデルスの懐に滑り込み、呪骸を狙う。
だがそれを血の底から噴き出してきたかのような大量の黒い霧が阻んだ。
「おお、ちょっとピリッと来た。なぁに?それ」
「ふむ、呪骸の存在を知ってはいてもこれが出来る者に出会ったのは初めてかね?ならば一つ教えようではないか。呪骸はただ生き物を呪殺するだけではなく、一種の強大なエネルギー源としても扱う事が出来る。少し聡い者ならしばらくすればこの特性に気が付くだろう。だがそれは入り口なのだ。応用ではない。一つ上の力を見せてあげよう」
溢れ出した大量の霧がポリアデルスを中心に渦を巻き、拡散していく。
ストガラグとカルラは空気そのものが重たく息苦しくなっていくのを感じた。
「【死】へと希おう。我が願いに応え、その力を現出させよ」
渦巻き、濃く深くなっていく黒い霧は空間に空いた底のない穴のようで…さらにその奥から溢れ出すのは黒い光だ。
周囲の雪も氷も、光さえ覆い尽くして飲み込んで…ただただ黒だけがそこに残る。
それこそが死の権能。その具現。
「これは死という概念を現実のものとして顕現させる技だ。概念と生物の中間である龍と似たようなものだ。しかし死とは決して抗う事の出来ない、生物の宿命。それが物理的な力を持って顕現するとしたらそこに産まれる破壊力は計り知れない…そうは思わないかね?」
黒い光は天へと昇り…メアに向かって墜ちた。
周囲の地面は陥没し、粉砕され巨大な穴を作った。
この瞬間もそれは広がっていき、光に触れた何もかもを破壊し粉砕し、消し飛ばす。
それが死の重さ。
全てを飲み込み、広がり、抗えないまま全身を押しつぶされて存在そのものが消えていく。
これこそがポリアデルスの切り札。
どれだけの力を持とうとも決して抗う事の出来ない力の具現。
「君が何者か知りたかったが、こうなってしまえば致し方ないだろう。穏やかで安らかな死を願ってはあげられないが…キミの死への旅路の安寧を祈ろう」
光はなおも周囲を粉砕し、空間すら捻じ曲げながらさらに拡大していく。
深淵、漆黒、絶望。
ほんの一粒の光すら存在が許されない死の力が現実を飲み込み、やがて──
「しゃらくさーーーーーーーーい!!」
闇の柱を砕いて現れたメアの拳がポリアデルスの顔にめり込んだ。
「長い!長いよ!よくわかんないし!」
「ば、馬鹿な…どうやって…」
鼻から血を噴き出し、ポリアデルスが地面に倒れた。
そしてメアがその手の中から呪骸を抜き取ると黒い光は振り続ける雪に溶けるようにしてきれいさっぱりと消滅した。
「よし、回収完了!あ、それでおじさん何か話をしたいんだっけ?なぁに?」
「…な…なにものなのだ…キミは…あり得るはずがない…こんなことが…」
「絶好調ドラゴンって言わなかった?というかあんなちょっと重たい魔法みたいなのでやられてたら母の張り手なんかくらった日には爆発四散して死んじゃうよ!それくらい呪骸なんて大したことないの!わかる?ね?だからこんなのに頼ってちゃダメ!ご飯をいっぱい食べて筋トレしませう。そっちのほうが強くなれるよん。ところで…そっちの二人もまだ戦う?」
メアの視線がストガラグとカルラに向かう。
二人は顔を見合わせた後に武器を納めて両手を上げた。
「降参?」
「あぁ…」
「さすがにここまで力の差があったら楽しむどころちゃうからのう。ワシも降参じゃぁ」
「そっか。じゃあ改めてご飯でも…」
その時、空の上からくぐもったような…それでいて腹の底に響くような重たい重低音が周囲に鳴り響いた。
それに反応してポリアデルスが身を起こし、空に視線を向ける。
「まさか…銀色の彼女の話では半日は持つという話だったはずだが…見込みが外れたのか…!」
空で氷の杭に縫い留められ凍り付いていたはずの死縛獣。
だが既に空にその姿はない。
そして次の瞬間、先ほどの呪骸の力による光とは比べ物にならないほどの大きな破壊音と共に衝撃が駆け抜けた。
「間違いない…目覚めてしまったのだ…死縛獣が…!」
雪に混じり雨が降り始める。
それは黒の混じった毒の雨だった。




