死を招く6
雪に覆われた道を走りながら、ストガラグが影のような液体のような不定形の異形を蹴り倒す。
いつの間にか金神領の地に溢れ出していた怪物をポリアデルスは【死想の具現体】と称した。
死縛獣が現れるほどに濃く高まってしまった死想…その中で死縛獣の身体を構成してなお余ったそれが化け物という形で具現してしまうのだという。
そして現れた具現体達は例外なく人を襲う。
正確には命ある生き物を狙うが、何故か優先して人を狙うという傾向にあるらしい。
それゆえにストガラグ達は移動しながらも具現体達への対処を迫られたのだ。
「つーか神父さんはなんでそんなこと知ってるっすか!教会が隠してることなのかと思いきや、そっちの枢機卿のおじさんは知らねぇみたいでっすし!」
くもたろうが背中から生やした蜘蛛の脚で具現体達を薙ぎ払いながらポリアデルスに向かって叫ぶ。
それぞれの面々も口には出していないだけでポリアデルスに対して同じ疑問を抱いているのか、問い詰めるような視線が集中し、ポリアデルスは居心地が悪そうに小さく笑った。
「ははっ、これでは尋問を受けているようだ。気分は罪人だよ」
「茶化すのはよせポリアデルス。お前は明らかにこの異常な事態に対して事情を知りすぎている。お前…なぜそこまでの知識を持っている?」
睨み合うように視線を交わすポリアデルスとストガラグ。
一瞬二人の間に影が落ちかけたが、そこにヴィオが割り込んで待ったをかけた。
「ねぇちょっと!今欲しい情報は事情ではなくて対処法ではなくて?いくらこの具現体?とやらがそこまで強くはないとはいえ、余裕を持ちすぎじゃないかしら」
「…ごもっともだ。ポリアデルス…お前は数百年前の金神領を襲った災厄はあの死縛獣が原因だと言ったな?ならば当時は対処ができたという事だな?どうすればいいのかお前は知っているのか?」
「残念ながら死縛獣が現れた時点で私には対処法が無い。だからこそ、事前に対処をしようとしていたんだ」
ポリアデルスがくもたろうに手を引かれているニョロに一瞬だけ目を向けたが、すぐにネムのそれだけで人を殺せそうなほどの殺気を含んだ視線を受けて肩をすくめる。
「そうは言ってもあんさんの話が全部本当なんじゃったら当時にアレを鎮めた方法があるんじゃろうがい。もったいぶちょらんでそれを言えいうとるんじゃオッサン」
「…当時の龍同士の争いで死縛獣が現れた時、それを鎮めたのは…教皇様だった。教会というものの形がまだ出来上がり切っていない頃のあの方が…死縛獣を鎮めて金龍を元に戻したのだ」
「なんだと…?教皇様が…?」
「ほぉ~?教皇がのう。戦ってみた時はそんなみょうちくりんなパワーを持っちょるようには思えんかったが…」
「ちょ、ちょっと待つっす!ウチはよく知らねぇっすけど教皇って人間なんすよね!?何年前の話をしてるっすか!当時の…ってそう言う話っすよね!?」
くもたろうの当然の疑問に、ポリアデルスが首を振って否定を返す。
「いいや、長い人の歴史を遡ってみても、この世で教皇と名乗ったのは一人だけしかいないよ」
「お前はそれを…当時の様子を教皇様から聞いていたという事か…?」
「…いや、ここまで来たらキミにも話しておこうかストガラグ。その前にこの国の成り立ちを簡潔に説明してもらえないかい?」
「…当時災害で滅びかけたこの地に【娯楽王】と呼ばれることになる男が現れ、その男主導の元、金と娯楽の国として出来上がったのが現在の金神領だ」
「その【娯楽王】と呼ばれる男が…私だと言ったら信じるかい?」
当然だ…とは言えるわけがなかった。
娯楽王が現れたのは災害…つまりは数百年前の死縛獣が現れ、それを教皇が鎮めた後すぐという事になる。
もしすべての話が嘘偽りのない事実だとするのなら…ポリアデルスは人ではありえない長い時を生きていることになる。
教皇のようにだ。
「私はあの方が死縛獣を鎮めるその場に合わせた。そしてその場でこの国を再建する命を受けたのだよ」
「お前…人間ではないのか…?」
「失礼なことを言う。私は人間だよ。私が異端に映るのは…キミたちが狂ったこの世界にならされている証に他ならない。ストガラグ…もし君が知らない真実を知りたいと言うのなら…この世界の歪みに触れたいと言うのなら私が聞かせてあげよう。尤も…この場を生き残れたらの話だがね!」
「ポリアデルス…」
「おうおう!先の話ばかりするなや!じゃから当時の教皇はどうやってあの怪物を鎮めたんじゃ!」
「それが判れば苦労はしないさ。当時の私の目には…ただただ力でねじ伏せただけのように見えたがね」
力でねじ伏せた。
当時の若かりしポリアデルスの目にはそうとしか映らなかった。
今でも彼はその日の光景を鮮明に思い出すことができるが、それでもやはり変わらない。
死縛獣を鎮めるには力で抑え込むしかない。
だが今回現れた死縛獣は当時よりも死想をより多く、そして濃く貯めこみ顕現してしまっているように見える。
いや…実際そうなのだろう。
天候を変えるほどの強大な銀龍の力を持ってもその動きを一時的に抑え込むことしかできていないのが現状であり、倒す手段など思いつかない。
ハッキリと言って詰みと言ってもいい。
事情を知るからこそ、ポリアデルスは半ばあきらめていた。
「それじゃあ今の状況が何も好転しねぇじゃねえすか!神父とは名ばかりの役立たずっすか!?ああん!!」
「何度も言うが、そうなるから私は事前にこの事態を避けようとしていたのだ。ただ無意味にそこの黒蛇の魔族を殺そうとしていたわけではないのだよ」
それは金神領が国としての機能を取り戻し始めたころの話だ。
もともと龍とのかかわりがなかった金龍は教会の【説得】により、金神領にて祀られる神としての役目を受け入れ、比較的おとなしく過ごしていた。
そんな彼女がある日、黒蛇を見てしまったのだ。
なぜそれがトリガーとなったのかポリアデルスは知らない。
だが事実としてその出来事をきっかけに金龍は再び死想に取り込まれ、死縛獣として顕現しかけた。
その時はさまざな偶然が重なり、事なきを得たが、金龍自身は死想に取り込まれる瞬間の事を覚えていないらしく、何の対策も練れないまま最終的に黒蛇の存在を禁忌とすることしかできなかった。
ただ黒蛇と言う存在そのものが金龍を蝕む【死想】である以上、黒蛇という存在に対する意識そのものすら取り込まれてしまう。
これは存在が概念である龍を媒介としているためなのか…はたまた違うのか、それすらわかっていない。
「そして黒蛇でなくとも【死想】を知ってしまった者はいやが応にも死について考え、死想を生み出す。だから私は【死想】についても、黒蛇が禁忌である理由も語ることができなかった。だが…こうなった今となれば事情を話して協力を仰いでいればと思わなくもないがね」
今更そんなことを言っても仕方がない。ストガラグは具現体を蹴り飛ばしながら言葉を飲み込んだ。
死縛獣に対処するには今のところ倒すしか方法はない。
問題はそれを実行できる気がしないこと。
あの異形の怪物に勝てるイメージが微塵もわかないのだ。
ならばもはや取れる手段は一つしかない。
「…ポリアデルス」
「言わなくてもいい。私も最初からそのつもりで走っているからね。戦える者で具現体を倒しながら、一人でも多くの市民を抱えて逃げ続ける。そして…教皇様にご足労頂くしかない」
かつて死縛獣を鎮めたという実績のある教皇なら、この事態をうまく収拾してくれるかもしれない。
幸い、金神教会には優秀な執行官が多いのか、はたまたスレンの仕事ゆえか、住民の避難は混乱こそあれど順調だ。
もう数時間ほど時間を稼げればこの町から逃げ出すことくらいはできるだろう。
だが問題はその後…今から教皇に連絡を取ったとしてもどうしても時間がかかる。
数日なのか一週間か…それとももっと長くかかるのか…確かな事は言えない。
その間にどうしようもないほどに犠牲は出るだろう。
死縛獣や具現体から全ての民を守り切れるはずがないうえに、そもそもの話、食料などもこの状況下では十分に持ち出せない。
寝泊りをするのも一苦労だろう。
再び毒の雨が降り注げばそれだけですべては終わってしまうかもしれない。
だがそれでも二人の枢機卿はそれに賭けるしかないと決断する。
そして同時にくもたろうたちにも決断を迫られる。
「ネム、ニョロ、銀龍様に紫龍様。ウチらはこの辺りが潮時だと思うっすけどどうでっすか?」
「うん…私もそう思う。もう金龍さんどうこう言ってる場合じゃない…かな」
「そうね。どちらにせよ聖のやつに声をかけたほうがいいわ」
ネムとヴィオはくもたろうに同調し、銀龍とニョロは無言を貫く。
冷たいかもしれないがくもたろうたちに金神領に付き合う意味は薄い。
このままいけば命が危険にさらされるのは目に見えており、金龍と言う戦力を得るために来たのに、こちら側に被害が出てしまっては本末転倒だ。
それにストガラグ達は教皇を呼び寄せるという方向に話を進めているようで、話のできる枢機卿ならまだしも、さすがに教皇と接触するのはリスクが大きすぎる。
それらを総合的に考え、代表してくもたろうは撤退を決断した。
「っし!ならどこかにいるだろうお嬢様を回収して国を出るっす!異論はないっすね!?」
身内からの反対意見が出なかったことを確認し、くもたろうは頷く。
そして前を走る枢機卿たちに声をかけた。
「いきなりで悪いっすけど、協力関係はここまでって事でいいっすか!元々が敵同士、これ以上付き合えとは言わねぇっすよね!」
「私としてはもっとキミたちと仲良くなりたいところだがね。特にキミとはね…くもたろう」
ポリアデルスが流すような目をくもたろうに向け、それを受けた当人は「ぺっ!」と唾を吐き捨てる。
「金ならいい値を払おう。だからもう少し共にしないかい?」
ふざけているようだが、ポリアデルスは実のところ本気でくもたろう達を引き留めていた。
死縛獣が顕現してしまった今、彼らは何よりも貴重な戦力であり、それが減るのはどうしても避けたいことだからだ。
「お断りっす!」
「そこを何とかお願いできないか。こちらがやってきたこと、そちらに与えた被害…全てにおいて謝罪しよう。慰謝料も払う。ここに教皇様が来たとしても、キミたちの身の安全は保障す────待て。キミたち…あの黒蛇の魔族はどうした…?」
「はい?」
ポリアデルスの言葉にくもたろう達は一斉に視線を彷徨わて、最終的に全員で見つめあうような形になった。
そして誰の視界にも先ほどまでいたはずのニョロの姿はうつらなかった。
「あいつ…いつのまに!」
「まさかニョロちゃん…」
ネムが上空で凍り付く死縛獣に顔を向ける。
先ほどまでくもたろう達は金神領から脱出する手段について話していた。
そんな中でニョロが姿を消したのなら…行き先は一つしかない。
「反対意見があるなら言えって言ったっすのに…!勝手なことを!」
「くもたろうくん!」
「わかってるっす!なんとか連れ戻さねぇと!」
「うん!」
「え、ちょっと!正気!?来た道を戻るつもりなの!?…あぁもう!仕方ない!」
パチンとヴィオが指を鳴らす。
するとどこからともなく無数の死骸が現れ、具現体達に襲い掛かり始めた。
「話を聞くに私の力もあんまりよくないのでしょうけど、そうも言ってられないでしょう。先日入手した刺客たちの死骸に、先代の緑も出すわ。この具現体達は私が出来るだけ相手をするから、各々好きにしてちょうだい!」
それはヴィオなりの手助け…ではなく、めんどくさくなった末の事態の放棄だった。
枢機卿達についていくことなどできないし、かといって今のくもたろう達について行って死縛獣にも近づきたくない。
ならばと一番楽な道を選んだ。
具現体達はそこまでの力はなく、ヴィオにとってはそこまでの脅威ではない。
それこそ死骸たちに任せておけるほどに。
つまりはその具現体達を引き受けることで仕事をした感を出しつつ、自分は安全圏に陣取り、事態が動いた後でさらに安全な方に流れればいいという完璧な作戦だった。
「…私の部下たちもいてかなり複雑な心境ではあるが…今はありがたいか…行こうストガラグ。そして若き枢機卿」
「ニョロー!無茶をするんじゃないっすよ!」
ポリアデルス達とくもたろう達はそれぞれが薬の方向に向かって走り出す。
中央ではヴィオが無限に湧き続ける具現体達に数で対抗している。
それぞれが動き始めたなかで元の場所まで戻ってきたニョロは…静かに死縛獣を見上げていた。




