死を招く5
「なんだ…これは…」
驚きと呆然に満ちたストガラグのその呟きは、その場の全員の代弁だった。
娯楽と金が集う黄金の国…そこに降り注いだ死の毒。
それらは全てまとめて凍り付き、雪が降り積もる冬の銀世界に変わってしまった。
まるで銀神領に来てしまったかのような錯覚するら覚える。
それをやったのは…雪と氷の中心に佇む一人の龍。
「お前は…本当に銀龍なのか…?」
「…」
銀龍は教会に与してこそいなかったが、教会によって存在を把握、管理されていた龍でもある。
ストガラグは具体的に教会と銀龍の間にどんなつながりがあったのかは知らない。
しかし何らかの理由からくる教会からの指示で銀神領に長年留まっていたこと、そしてその名が反射を司る【銀射龍】であることは知っていた。
だが…今ストガラグの眼前でその力を示した銀龍はあまりにもその情報と乖離しすぎている。
意思と実態を持った概念である龍は人とは比べ物にならないほどの力を有している。
しかし環境そのものを変えられるほどの力を持つ龍はそうはいない。
どれほどの範囲にこの銀世界が広がっているのかは定かではないが、少なくともストガラグの見渡す限りは全て銀色に変わってしまっている。
なにより銀龍が司っているはずの概念と能力が一致していない。
銀龍が司るのは反射。
だが何をどう反射すればこんな芸当が可能なのか予想すらつかない。
そしてここまでの力がある龍を本当に教会が制御できていたのか…?という疑いをぬぐい切れない。
あの日、やはり銀龍は自分の手によって殺害されており、ここにいるのはその皮を被った別の存在…そう考える方がしっくりときてしまう。
それほどまでに銀龍の力は常軌を逸していた。
「美しい…まさかこれほどの力を持つとは…」
ストガラグと同様にポリアデルスも力を目の当たりして感極まったといった様子で銀龍を見つめていた。
「おうおうアンタら感動するよりも前にやることあるんちゃうか。見たところあの化け物…まだ死んじょらんぞ」
カルラの言葉に全員が上空で凍り付いている化け物に視線を向ける。
地表からから伸びた氷の杭に貫かれ、完全に凍り付いて動きを停止しているように見えるが…断続的に「ピシッ…」という小さな音が聞こえており、目を凝らすと雪に混じって氷の滓のようなものが落ちているのがわかる。
つまり…あの化け物はこの瞬間も氷の拘束から抜け出そうとしているという事だ。
「…長くは…もたない…」
そう銀龍が呟いた。
小さく消え入りそうな声だったが、どこまでもしんと静かな銀世界の中においてはむしろ聞き取りやすいほどだった。
それを聞いてポリアデルスが真っ先に動き始める。
「…ならば急いで民の避難をすませなければ。おそらくだが異常を察した者たちは教会に集っているだろう。教会が有事の際のマニュアルとしてそう広めているからね。だからそこを目指してさらに遠くへ民を逃がす。協力してもらえるね?」
「おう、待てやオッサン。逃げるばかりじゃあなんも解決せんやろ。アレが動き出したら人の脚で逃げられる遠くなんぞ何の意味もないぞい」
「…カルラの言う通りだポリアデルス。避難を進めると言うのには俺も賛成だが、同時にあれの対策も進めるべきだ。…お前、あれについて何か知っているんだろう?すべて話してもらうぞ」
「ああ構わないよ。もとよりすべて話すつもりだったさ…そちらの皆さんも改めて休戦という事で構わないね」
ポリアデルスの言葉に代表してくもたろうが頷く。
「よろしい。ならば移動しながら続きを話そう。今度は先ほどまでより私の話を信じてもらえそうだしね。それでは…どこから話そうか。まずアレの名だが────」
────────────
「しばくじゅう?」
「はい…死縛獣…です…」
みなみなさま、お久しぶりです。RGBが0、0、0系のドラゴンです。
よく覚えてないけれどいつのまにか寝ていたみたいで、起きてスッキリ!となっていたところで窓の外を見るとエライことになっておりましたよね。
ちょっと熱いくらいだった金神領にいたはずなのに、雪が降る銀神領みたいになっていたし、上の方にすっごいでかいのが凍り付いているんだもの。
すごいねぇ金神領。
娯楽の街とは聞いていたけれどエンターテイメントにかける情熱がはんぱない。
なーんてさすがの私でも異常事態なのは分かっているわけでして…なにより上で凍り付いているアレ。
その姿に一瞬母の面影を重ねてしまった。
それほどまでに似ている…というか同種族的なあれだろと。
当然母ではない。
凍り付いているからわかりにくいけど、シルエットが似ているだけで細部は違う。
だからやっぱりアレは母と同じタイプの龍…という事でいいのかなぁ?とノロちゃんになんとなく聞いてみたところ、あれは「しばくじゅう」と言うのだと教えてもらった。
「それってなぁに?どうしてここにいるのん?」
「…あれは…死への想念が集まってできる…怪物…です。死を想う者…死に晒された者…が多い場所で生まれます…」
「そうなの?でもここってそんな物騒な感じしないけどなぁ…」
娯楽の国と言うだけあって待ちゆく人は生き生きとしていたし、そこまで死んだどうだと言った人が多かったとは思えない。
「死想は…消えない…のです…いつまでも…そこにとどまり続ける…かつてこの国では…大勢の人が死を迎え…そして大勢の人間が…死した者への追悼…を…残しました…そして同時に…死に近づきすぎた存在もいます…。死縛獣が現れる条件の…すべてが揃っている場所…です…」
「死に近づきすぎた存在って?」
「…この国には数百年前…にも…死縛獣があらわれ…ました…。その理由は…死を迎え、それでも生きていた龍…。半身と言う死を…目の当たりにしてしまった龍が…自身から滲み出た死想に取り込まれ…死縛獣となり…暴れたのです」
「それって…もしかしてマリちゃんのこと?」
こくんとノロちゃんは頷いた。
色々な話を繋ぎ合わせて要約すると…死想という死への思いが集まって【死縛獣】という母に似た怪物が生まれる。
そしてここ金神領では数百年にニョロちゃんと言う半身が死んでしまったと思った金龍さんが死想を放ち…死縛獣になってしまい、暴れた。
その結果としてたくさんの人が死んでしまい、その人たちの死想と、それを悔やんだ人たちの死想がこの国にはずっと残っていて…今また死縛獣が生まれてしまったと。
うーん、よくわからん。
「というか…それって酷くない?死想がずっと残るって…なんかこう…ねぇ?ずるくない!」
それに誰かが死んだら死想が残ると言うのならまだなんとなく理解できるけど…それを追悼したという事まで死想にカウントされるのは理不尽だ。
こう…うまく言えないけれど、何かが間違っている気がする。
「そう…この世界は…もうずっと前から…間違っている…の、です…。死想は…あまりにも簡単に生まれる…死について考えればそれだけで…しかし…それでも本来ならば問題は…ないの…です…。それに反する概念が…同じように存在しているから…ですが…今この世界では…それが…薄れつつある…死を抑えるそれが…ないから…故に…死想があふれる…の、です…」
「反する概念?うーん…むずかちぃ話になってきちゃったにゃぁ…」
何はともあれみんなの事も心配だし、私もそろそろ動いたほうがいいだろう。
それにちょっとあの死縛獣というのを近くで見てみたいし。
そう考えていた時、外から悲鳴が聞こえてきた。
なんだなんだと外を見てみると人間さんたちが妙な化け物に襲われていた。
ほんとうに妙だとしか言えない化け物だ。
霧のような…水のような…不定形?と言えばいいのだろうか。
身体が不自然に流動していて、正式にはどういう形なのかが全く分かんない黒い化け物。
そんなのが街にあふれて人を襲っている。
なんかちょっと嫌な感じがする。
呪骸とはまた違った感じだ。
よし…人助けというカッコいい事ではないけれど、寝起きの運動と行きませうか。
私は最近お決まりになってきた窓から外へのダイブを決行。
いざ戦場へ!
────────────
「この世界はとっくに狂ってる」
金神領の惨状を遠くから見つめ、赤髪の少女は誰に向けてでもなく囁く。
「世界に定められた二つだけの絶対的な理…概念。循環し、補完し合い、二つで一つだったはずのそれ…。なのにその片方が今にも消えてなくなってしまいそう。だからバランスが取れなくなって崩れていく」
少女の視線の先、凍り付いた死縛獣はなおもがき続けている。
何かを求めるように…。
「かわいそうな金ちゃん。此方…ほんとうに金ちゃんには何もするつもりはなかったんだよ。でも…こうなるならやっぱり先に殺してあげてた方が良かったかもって少し思うよ。あーあ、皆可哀そう。こんな世界に産まれて」
金神領に少女が注ぐのは…正真正銘の憐れみの瞳。
そこに生きるすべての命に…キミたちはきっと世界一不幸だねと少女はただただ憐れんだ。




