死を招く3
ニョロの姿を認識した瞬間に金龍はひどく動揺を見せ、その場から数歩ほど後ずさった。
しかしその腕はニョロに向かって震えながらも伸ばされており、ちぐはぐな行動に金龍自身も理解が及んでいないのか顔中に汗がにじんで呼吸も荒くなっていく。
金龍をよく知る者もそうでない者も明らかな様子のおかしさを感じ取れるほどであり、ポリアデルスの言動からも何か良くないことが起ころうとしているのかもしれないと予感させた。
「…違う…ねぇねは…死んだ…ねぇねじゃない…でも…」
「────!」
遠ざかろうとする金龍に向かってニョロが手を伸ばしながら駆け寄った。
伸ばされた手と手。
それがまさに触れ合おうとした時だった。
「っ!離れなさい!近づいてはいけない!」
ポリアデルスがニョロの身体を抱え、金龍に背を向ける。
勢いで舞い上がったポリアデルスの着ているローブが金龍の指に触れ…一瞬のうちにグズグズに崩れて地面に落ちた。
「ポリアデルス!!」
ストガラグが叫び、駆け寄ろうとするのを手で制し、冷静にポリアデルスは崩れきる前にローブを脱ぎ去った。
「大丈夫だ…今のところはね。しかし…今ここで助かったとしても、それは命を拾えたとは言えまい」
「ニョロ!大丈夫っすか!?」
くもたろう達も慌てて合流し、ポリアデルスの腕の中からネムがニョロを引き抜いて状態を無事を確認し、安心したように息を吐いた。
「ポリアデルス…今のは…」
「こうなるのを恐れて私は黒蛇を金龍に近づけたくなかったのだ。はじまるぞ」
ポリアデルスがそう言うと同時に金龍の美しい金髪が黒に染まる。
そしてその髪の黒に飲まれるようにして金龍の身体が黒く塗りつぶされ…溶けて広がり、巨大な闇がまるで空間に空いた空洞のようにカフェの中に現れた。
その空洞からはバシャバシャと黒い何かが漏れ出ており、それに触れた床がみるみると腐り、溶けて何とも言えない腐臭を発生させる。
それは毒だった。
効能を極限まで高められ、触れただけですべてを犯す死の毒。
「全員、外に出たほうがいい。おそらく気化したものを吸っただけでも命に係わる」
ポリアデルスに促されるまま、その場の全員がカフェの外に出る。
空洞から吐き出され続ける毒はなおも広がり続けており、あと数分もしないうちにカフェを飲み込み、外に漏れだすであろうことは明白だった。
「────!!」
「ニョロ!落ち着くっす!今あそこに戻ったらアブねぇのはわかるでっしょ!?ねぇちょっとふとっちょ神父さん!アンタアレがなにか知ってるんでっすよね!?金龍様はどうなったすか!!いったい何が起こってるんでっすか!」
「…まだ起こっていないよ。起こるのはこれからだ。その前にここを閉じなければならない」
そう言うとポリアデルスが勢いよく両手を叩き合わせ、音をたてる。
するとその手の中から黒い霧が放たれカフェの周囲を囲んでいく。
「呪骸…当然あなたも持ってるわけね」
ヴィオの指摘の通り、その霧は呪骸の力によるものだった。
ただし力は死の権能の行使には使われておらず、カルラが見せたように内部のエネルギーを取り出して利用するという使い方をされていた。
やがてカフェを取り囲んだ力は霧と言う不定形から、鋭利な箱のような形状に変化し、カフェとその周囲数キロほどを隔離する結界となった。
「…私がここに来る前に周囲に人払いは済ませておいた。戦いになる可能性も考えていたからね。しかしこうなってしまったからにはそれだけでは済まない。ストガラグ…悪いけれど協力してもらうよ。この結界が機能しているうちに出来るだけ多くの市民を避難させる」
その場の誰もが今すぐにでもポリアデルスを問い詰めて話の続きを促したかったが、既にカフェの大半を溶かして滲み始めた大量の毒を前にそれどころではない状況を悟る。
ストガラグはスレンとカルラに目配せをするとポリアデルスに向き直り、ゆっくりと頷いた。
「…わかった。今は協力しよう。教会へと誘導すればいいのか?」
「いや…もっと遠くだ。このままこれを放置すれば毒は無限に広がり続け、教会など結界が壊れた途端に一日もしないうちに飲み込まれるだろう。市民ととにかく遠くに逃がし、その間に現況を取り除く…少しでも多くの手数がいる。紫骸龍…なぜ居合わせたのかは分からないがアナタにも協力を要請したい。それにそのお友達の皆さんにもだ。我が刺客を退けたのその力…どうか貸してもらえないだろうか」
「私たちが枢機卿に手を貸すとでも?何もわからないこんな状況で?」
ネムがポリアデルスの提案に不満を滲ませる。
ただし、彼女もこの現状が良くない方向に向かっているのは理解している。理解してはいるが色狩りとして活動するほどの長年の教会に対する負の感情が反発をさせる。
「ネム、ひとまず今は抑えるっす。金龍様と…ニョロのこともありまっすし…なによりその神父はさっきニョロを助けたっす。なら借りは借りとして一度は返すべきっす」
「そもそも殺そうとしてきたのもその人だけどね。でも…うん、わかった。枢機卿と協力なんて御免だけど…ニョロちゃんのためだもんね」
大切な家族のためと感情を飲み込み、納得させて、ネムは剣を握った。
くもたろうは今にも飛び出していきそうなニョロを押さえつけながら、蜘蛛の脚を展開して何が起こっても動き出せるように準備をする。
ヴィオは…溶け崩れていくカフェを見上げながら何か考え込んでいるようだった。
「話はまとまったかね?なら────」
「何か出るわ。とっても大きな何か…死の匂いがする…強大な何かが」
静かにヴィオが呟き…カフェから毒の柱が吹き上がった。
流れ落ちる滝をさかさまにしたように。
天を貫くような勢いで吹き上がり続ける黒い毒。
そしてその毒の噴流から巨大な二本の腕のようなものが突き出してきた。
それは異形の腕だった。
太く、ゴツゴツしており…五指に備わった鋭い爪と濁った金色の鱗に覆われた異様な腕。
やがて腕が動き出したかと思うとカーテンをかき分けるように毒を弾き飛ばし…その中にいた【ソレ】の全容が明らかになる。
異形の腕に見合った巨大な異形がそこにはいた。
それは特徴だけを拾い上げるのなら龍のように見えた。
全身を金色の鱗に覆われ、太く長い尻尾と、雄々しい翼を持って空に浮かんでいる。
だがそれ以外は龍とは似つかず…長い首に無数の牙が並んだ恐ろしい形相の顔に鋭い爪を持った手足にそれを支えるだけの巨大な胴体。
見ただけで恐怖と圧倒的な絶望感を覚える怪物だ。
そしてくもたろうとニョロはその怪物の姿に見覚えがあった。
いいや見覚えどころではない。
なぜならその姿は…。
「こ、黒龍…さま…?」
「────…」
その異形の姿は彼らの主…メアの母である黒龍の姿に酷似していたのだから。




