死を招く
カフェに現れたポリアデルスはストガラグ達の呆気にとられたような視線やネム達の敵意の籠った視線を全て顔に浮かべた柔和な笑みで受け止め、椅子を一つ別のテーブル席から拾い上げ、当たり前のように輪の中に加わった。
「いやぁーはっはっは!美男美女がこうも揃って素晴らしい限りだね。眼福というのかな?ははははは!もし許されるのならば酒の一杯でも嗜みたいものだが…そうもいかないようだ」
酒の代わりとばかりに水の入ったポッドに手を伸ばそうとしたポリアデルスだったが、その腕をストガラグが掴んで止める。
「おや?どうかしたのかなストガラグ。ここまで歩いたし、のどを潤すくらいいいではないか」
「…お前なぜここにいる」
「それはどういう意味での質問なのかな。何を目的としてここにいるのか?それともなぜここがわかったのかという意味なのか」
「両方だ。ただ強いて言うのなら…なぜここがわかった」
はははははは!とポリアデルスが大きな笑い声をあげた。
「いやはや、さっきも言っただろう?美男美女が揃っていると。持てる者は気が付きにくいのだろうけどね、美しい容姿と言うのは人目を引くものだ。それにいくら様々な場所から人が集まる金神領といえどキミたちほど国籍、髪色豊かな集まりもなかなかいないだろう?そんな集団が目立たないわけがない。いろんなところを飛び回っているせいで感覚がマヒしてしまったかな?ストガラグ」
「…」
口を閉ざしてしまったストガラグの手をそっと払いのけ、ポリアデルスは指の先で軽くテーブルを叩き、コンッと音をたてた。
「なにやら殺気を飛ばしてきたり、逃げようとしている者もいるみたいだが…ひとまずは私の話を聞いたほうがいい。ここにいないキミたちの仲間…今どうなっているのか心配ではないかね?」
瞬間、テーブルを乗り上げてネムがポリアデルスに向かって剣を抜いた。
しかしその刃は微動だにしなかったポリアデルスに届く寸前でピタリと止まる。
くもたろうが背中から蜘蛛の脚を出現させ、ネムを抑えたのだ。
「ネム、おめーはその直情的な殺意を所かまわずぶちかますのをやめるっす。それが余計に話を混乱させるってわかれよっす」
「…」
「はははは!いやこれはすごい。全く反応できなかった。大した腕を持ったお嬢さんだ。それにそちらのメイドさんも…なるほど、可憐な容姿にミスマッチな昆虫の脚…そう言うのも大変すばらしい。何かドラマ性を感じさせるねぇ…ふひひひっ。やはりいい!これだけ美しい者が揃っている中でも私はキミに心を奪われているよメイドさん」
「痩せてから出直してこいっす」
「これは手厳しい。ふふっ…しかし戯れが過ぎたようだね。これじゃあせっかく止めてくれたのに、すぐに斬り殺されそうだ」
「よー言うわなオッサン。アンタ今、相棒の剣を完全に見切ったうえでわざと反応せんかったろ。何らかの心得はありそうじゃが、そう言う部分は甘いの。目の動きや、筋肉の動き、そんでもって気配でワシらみたいなのには伝わるぞい」
「ただの金稼ぎが好きな商人を捕まえてとてつもない期待を着せますな。本当にただ反応できなかっただけですぞ。しかしお嬢さんは先ほど私を切り捨てなかったことを幸運に思うでしょうな…なにせこの国で解毒薬を有しているのは私だけですから」
「…解毒?何をっているポリアデルス」
問われたポリアデルスが膨らんだ腹の横のポケットから小瓶を取り出し、テーブルの上に置いた。
その中身は…うっすらと金色に輝く、やや粘性のある液体だ。
「これは説明が難しいので簡単に言いますが、とても強い毒です。口にするどころか匂いを嗅いだりするだけでもかなり危ない、ね。仮に龍だとしても摂取すればただでは済みますまい」
「…」
ポリアデルスが龍と口にすると同時にヴィオに視線を送る。
ヴィオは何も答えなかったし、ポリアデルスもそれ以上はなにも言わなかったが…言外に君の正体を知っているという事を伝えていた。
「それが何だって言うんっすか」
「先ほど…といっても数時間ほど前だが、キミたちの仲間の一人…黒髪の少女に希釈したものだが飲ませた。普通の人間ではなかったようだけど、身体の小ささを考慮するにもうあと半日ももつまい」
身体の小さな黒髪の少女。それだけでポリアデルスが誰の事を言っているのかくもたろうたちには理解できた。
その特徴似合うのはこの場にいないメアしかいない。
「お嬢様に…その毒を飲ませたと?」
「お嬢様?もしかして身分がある少女だったのかね?なら私の機嫌は取ったほうがいいね。彼女は毒を飲んだままどこかに消えてしまったが…もうすでに動けなくなっているだろうし、時間が経てばたつほど後遺症も残り取り返しがつかなくなる。あぁ私を殺そうとしても無駄だよ。私が持っているのは解毒薬ではなく、解毒薬の生成方法だからね。それもレシピがあるのはこの頭の中だけだ。わかるね?」
「…ぷっ」
ヴィオが顔を背けて小さく震えた。
ポリアデルスはそれを心配からくるものだろうと思ったが、くもたろう達には顔を背けて小さく噴き出していたのが分かった。
出来ることならば自分たちだって笑ってしまいたいと思ったが、なんとか耐えてシリアスな空気を保つように努める。
「な、なるほど…それ、それは…大変なことになった…ふっ、ふふっ…すね…?ん”ん”!!…それで要求はなんすか?まぁ聞かなくてもなんとなくわかりまっすが」
「うん…?妙な反応だが話が早いのは助かるね。そう、私の要求はただ一つ…その黒蛇の魔族の迅速な排除だよ」
ニョロを指差し、ポリアデルスはそれまでの柔和な笑みを引っ込めてそう言い放った。
「断ると言ったらどうなるっすか」
「人質を取ってなおその態度を貫くと言うのなら強硬手段に出るしかないね。これでも枢機卿の名を頂いている身でね…武術はからっきしだけど戦う手段があるのは分かるだろう?しかし私としては荒事にはしたくなくてね。なぜなら君たちは美しい…美しさは金になる。それを無駄に捨てることになるのは損失以外の何物でもないだろう?」
枢機卿というからにはおそらく呪骸を持っているのだろう。
そう誰もが理解していたが口に出すものはいなかった。
「ポリアデルス、お前…なぜそうまでしてその魔族の排除にこだわる…?」
「ストガラグ…正直キミが裏切るのは予想外だったよ。少し前までのキミなら疑問を持たずに協力してくれただろうに…なにか心境の変化でもあったのかな?」
「何を言っている…?俺はただ貴様の不審な動きを見過ごせないだけだ。俺の役割を知っているだろう?」
「ふむ?キミ自身が気づけていないのかい?まぁそれもいいだろう。人とは常に変化する生き物であり、だからこそ美しいのだからね。そして移ろうからこそ、金になるのだ。面白いものだよ」
はっはっは!と腹を揺らして笑うポリアデルスだったが、その目はずっとニョロに向けられていて外れることが無い。
視線を外しているように見える時でも、意識は常に向いており、ニョロは居心地が悪そうにネムの背後に隠れる。
「…そもそも何もされなければウチらはすぐにでも出ていくつもりだったっす。ただの観光のつもりでっしたからね。それを大きくしたのはアンタさん達っす。だから少し時間を貰えれば身支度をして船で戻るっすよ。それでいいっすか?それとなぜニョロの事がそんなに嫌いなのかも説明してほしいっす」
「いいやダメだね。少し前ならそれでもいいと言ったかもしれないが、既にキミたちは人目を引きすぎている。これ以上その魔族がこの国に一秒でも長くいられるのは困るのだ。故にもうこの場で死んでもらうしかない。そして理由は話せない。それが私の回答だ。不満はあるかね?」
「ないと思うっすか?」
「あっても飲み込むべきだと私は言っているのだよ。今この場でその黒蛇を排除…気が進まないのなら私がやってもいいが、それをすることで少なくともキミの仲間とキミたちの命は保障される。だが断るのならそこで全員終わりだ。悩むまでもないと思うが?」
「理由も聞かずにそんなこと納得できねぇって言ってんすよ。こっちが大人しくしてるだけだとは思わねぇ方がいいっすよ」
「気に障ってしまったかね?ならば謝罪しよう…土下座をしてもいい。金が欲しいと言うのなら払おう。何度も言うがキミたちは美しい。金のなる木だ。それが失われるのは世界にとっての損失だ。だから穏便に済ませたいと言うのは本心なのだよ。どうかこちらが下に出ているうちに賢明な判断をしてほしい」
静かなにらみ合いに平行線が続いていく。
ただしこの平行線の先には終わりがある。
ポリアデルスが話を打ち切ればそれまでで、そこからは血みどろの殺し合いになるだろう。
しかしくもたろう達にニョロを殺すなどと言う選択肢はなく、それと同時にポリアデルスに殺さないという選択肢もない。
ならばもう道は一つしかない。
「かー!もうめんどくさいのう!ならこうすればええじゃろ!」
そこで空気を読まない男、カルラが空気を打ち破り、ポリアデルスの首元にスルリと刃を通したのだ。
ほとんど肉で埋まった首に突き付けられた刃が薄皮を切って血を滲ませる。
「内通しようとしていたとはいえ、同じ枢機卿に刃まで向けるかね」
「おおとも。悪いがワシはなり立てであんさんらに仲間意識なぞ無いからの。そんなもんより好奇心を満たしたいのが上に来るわ」
「その好奇心とは?」
「旦那が言うちょるやろ」
「…黒蛇を狙う理由かい?そこまで知りたい物かな」
「ポリアデルス…先ほどお前が言ったな。美しいものは自身の容姿が人目を引くことに気づかないと。ならお前もそうだ。お前は異常だ。異常にその理由を隠そうとしすぎて強烈な違和感を放っている。騙すべき内面を取り繕えず、滲みださせる…それは商人としては失格もいいところなのではないか?」
「なるほど。返す言葉もないとはまさにこのことか。8人…8人か…しかし…ふむ…わかった。よいでしょう…話せばストガラグは私の味方をしてくれるだろうし、そこの黒蛇は自害の道を選んでくれるかもしれない…あぁいや、言葉が過ぎたよ。そう睨まないでおくれ」
観念したようにポリアデルスは椅子に背を預け、天を仰いで大きく息を吐いた。
「ただこの話は恐ろしく信憑性に欠けるように聞こえるだろう。だから信じてもらえるように努力はするが、そこを疑われても私にはどうすることもできないという事だけは念頭に置いておいてほしい。さて…じゃあ何から話すべきかな。あぁそうだストガラグ…君はこの国の成り立ちを知っているかい?」
「なんだ?急に何の話を…」
「ストガラグ」
「…かつて栄えたとある国が自然災害によって滅び、そこに現れた【娯楽王】と呼ばれる男が瞬く間に新たに国を興し、そこから数百年をかけて繫栄させたことで出来たのが今の金神領だと認識しているが」
「あぁその通りだ。教科書通りの完璧な回答だね。ただ一つだけ注釈を入れるのなら、その数百年前に元あった国を滅ぼしたのが自然災害ではなかったことだ。あの災害の原因は…二体の龍の激しい争いの余波で起こったことだったんだ。当時の金龍と…今この国で金龍と名乗っている龍のね」
「それって…」
くもたろう達がニョロに一瞬だけ意識を向け、すぐに逸らす。
ポリアデルスの前で余計なことをするべきではないと思ったから。
しかしニョロの半身が国を亡ぼすだけの争いを起こしたという事実に一番動揺を見せたのはそのニョロ自信だった。
「あの争いは本当に災害と呼ぶしかなくてね。大勢の人間が死んだよ。いや…あの時死んだのは本当に人間だったのか…そう疑問に思ってしまうほどあっけなく、大量に…ゴミのように死んでいった」
まるで当時の様子を見ていたかのようにポリアデルスは語る。
その瞳に映るのは…深い悲しみのようにストガラグには見えた。
「さて…また一つ質問をしようか。今度はここにいる皆にね。抗えない理不尽、暴れ狂う災厄…それらが通過して巻き起こる大勢の死…さてならばそれらが過ぎ去った後には何が残ると思う?」
「死体よ。それ以外にないわ」
「ふふっ君らしい答えだね紫骸龍。でもそれは正しくはない…数多の死…その後に残るのは───」
「───死への想い」
ポリアデルスが口にするの遮るように、静かな声がその続きを話した。
それはその場の誰もが聞き覚えのない声だった。
澄んだ水のように滑らかで…氷のように冷たく透き通る声。
全員がゆっくりと声のしたほうに顔を向ける。
その方向にいたのは…銀龍だった。




