無駄足
ストガラグ一行にヴィオ一行を合わせた奇妙な集団は数十分ほど金神領を彷徨った後に、比較的空いていたカフェをストガラグが赤神領所属執行官と言う立場を利用して貸し切り、そこに落ち着いた。
店で一番大きなテーブルを椅子で円状に囲み座ることで、8人と言う人数が大所帯なのがわかる。
「「「………」」」
腰を落ち着けたところで楽しくおしゃべり…と言う雰囲気には当然ならず、そもそもが面識のない者たちもいる上に、状況をいまいち理解していない物もいるために、どの話からするべきか、誰が主導するべきか、計りかねてか誰も発言ができない。
そんな中で銀龍のみが人払いをする前に用意してもらった軽食のサンドウィッチを「も…しゃ…も……もっ…もっ…も……しゃ…」という恐ろしいほどのスローペースで口に運んでいる。
「のーのー!おどれらいつまで黙っとるんじゃい!何でもええから誰か話題ふってみいやぁ」
「ならそう言うカルラさんが何か振ってくださいよ!なんか空気が重くて俺は無理ですよ…!」
しびれを切らしたカルラにスレンが小声で怒鳴りつけるという高度なテクニックを披露するも、カルラは「ワシは特に話すことはないからパスじゃぁ」と返し、二人の視線はストガラグに向く。
もう一方でも同じで全員の視線がヴィオとくもたろうに向き、それを受けてヴィオが「ふっ」と笑い、静かにくもたろうの肩に手を置いた。
「…」
「…」
くもたろうとストガラグはお互いに視線を交わし、お互いに僅かに頷く。
「あれっすね!まずは軽く自己紹介でもしまっすか?」
「それがいいだろう。お互いに立場もあるだろうが…社会人として初対面の相手に対する礼ほど重要なものは無いからな…まずは俺から名乗ろう」
席を立ち、帽子を脱いでからストガラグが名を名乗ったのを皮切りにニョロと銀龍を除く全員がそれぞれに自己紹介を始める。
途中でカルラが「妙な探り合いは面倒じゃから立場も最初から言っとこうやぁ~どうせ知っとるもん同士もおるし、後々わかって話が止まるよりはええじゃろー」と言った後に自身とストガラグが枢機卿であること、ネムが【色狩り】と呼ばれた指名手配犯であると同時に自分も【悪斬り】であることを暴露した。
「…まさかこの場に教会で最上位に警戒されている指名手配犯が二人そろっているとはな」
「凄い状況ですね…あの【色狩り】さん?めちゃくちゃ睨んできてますし…」
「ぎゃははは!血気盛んじゃのう!相棒は」
「ネム、一旦その殺す気を抑えるっす。まだここで事を構えるかどうかはわかんねぇっすから」
「枢機卿なら敵でしょ。それに私を捕まえたいだろうし。それとも殺したいのかしら」
ピリピリと張り詰めていく空気に、銀龍が食べているサンドウィッチに挟まれているレタスが咀嚼される音が混ざり合う。
そこにニョロもクッキーを口に加わり、しゃくしゃく、ぽりぽり、ピリピリと謎の不協和音が生まれ、空気を破壊していく。
「…はぁ…落ち着いてくれ。確かに枢機卿以前に教会に所属する身として【色狩り】の身柄を確保するべきではあるが…少なくとも今は考えていない。言い訳をするのならそこのカルラの証言以外に君を【色狩り】だと断定する証拠がないからな…尤も現行犯であれば話が変わってくるが…どうする?」
「ネム」
「…わかった」
そっけなく答えるとネムは殺気を消してそっぽを向いた。
そんなネムにニョロがクッキーを持っていき、二人でポリポリと食べ始める。
「あー…じゃあそういう訳ではじめまっすか」
「待ってくれ…くもたろう…本当に本名なのか…?こういっては何だが…いや、すまない」
この一般的に見て可愛らしい少女に「くもたろう」という名をつけるに至った者の思考を少し覗いてみたいと声に出しそうになったのを飲み込み、ストガラグは飲んでいるのか疑問に思うほどにスローペースでドリンクを飲んでいる銀龍に視線を向ける。
「彼女…ほんとうに銀の龍で間違いはないのか?」
「っす」
「なんでそんなに疑うのかしら。私がそうって言っているじゃないの」
「ならば問おう。なぜ生きている…?あの時、銀神領で確かに俺はお前にとどめを刺したはずだ。なのになぜ…」
「…」
銀龍は手にしていたカップを静かにテーブルに置き…数秒ほど沈黙したのちにゆっくりと口を開いて…サンドウィッチを頬張った。
「おい」
「その子と会話をしようとするほうが間違いよ。あなたが悪いわ枢機卿さん」
「…ストガラグという名を名乗ったはずだが」
「生きた人間の名前なんて覚えられないもの。ごめんなさいね」
「あの少女の名前は憶えていただろう。…そういえばそのヒアノエルレーテはどうしている」
「…あなたたちのところにいると思うのだけど」
鋭く目を細めてヴィオはストガラグを睨みつける。
それにストガラグは困惑で返した。
「なに…?ヒアノエルレーテがか…?そんな話は聞いていないが…」
「まぁ…でしょうね。あなた枢機卿ではあるけれど、知らないことの方が多いのでしょうし」
ストガラグが苦々しく顔をゆがめた。
しかしそれも一瞬、すぐに元の表情に戻るとまっすぐとした視線をヴィオに向ける。
「そう、それだ。俺にはあまりに知らないことが多すぎる。今回の件もその一つだ。俺は金神教会神父…いや、枢機卿ポリアデルスが何を知っていて、何を隠しているのかが知りたい。いや…教会に身を置く社会人として知らねばならない。キミたちに信じてもらえるかは分からないが…我々は本当になぜポリアデルスがその蛇の魔族を排除したがっているのか分からないのだ。だからもし知っているのなら…情報を共有してもらいたい。俺が話し合いを申し込んだのはそう言う意図があってのことだ」
「なるほど。そういう事なら…当てが外れたっすね。お互いに」
「…その意味は」
「ウチらもそれが知りたくてアンタさんらの話に乗ったという事っす。なんでニョロだけが狙われてるんか、こっちが知りてぇんすよ。でもまぁお互いに信用をするとして…無駄足でしったね」
お互いに同じ情報を知りたいと接触を持った。
つまり得られたものは何もなく、また今後得られるものも見通せない。
無駄足を踏み、これから無駄骨を折るかもしれない。
ならばこの会合に意味はあるのか…誰かがそう口にしようとした時だった。
「いいや、無駄とは言えないかもしれないねぇ。なるほど、まさかこうなるとは…いやはや読めなかったな」
貸し切りだったはずのカフェに一行ではない誰かの声が割り込む。
カツカツと床を鳴らし、富の象徴である大きな腹を揺らしながら今しがた話題に上がった人物…枢機卿ポリアデルスが姿を見せた。




