口移しの命
メアたちは別れて行動する前に、何かあった場合を想定して事前にネムが目をつけていた人目につきにくいであろう隠れ場所をいくつか共有していた。
そしてその場所の一つに二つの小さな影が隠れ潜んでいた。
「うーん…うーん…」
「伴侶様…」
毒に倒れうなされるメアを、ノロが必死に看病していたが出来ることは精々汗を拭くぐらいで、それ以上の事は何もできていないのが現状だ。
医者の元に連れて行くのがいいのかもしれないが、二人はお尋ね者の身であり、国が管理しているであろう施設への立ち入りは躊躇われた。
そもそもの話、メアに作用している毒からノロは龍の気配を感じており、それが正しいのならば人間に治療が施せるはずはない。
ならば考えられる最良の手ノロがメアを連れて黒神領まで「跳ぶ」ことだが、現在のノロにそれを実行する力はない。
ならばと普通の手段で金神領を後にしようにも、やはりノロではメアを背負って歩くことはできないうえに時間がかかりすぎる。
ネム達と合流しようにもやはり同じ理由かつ、神父たちに見つかる可能性が高く、次に接敵してしまった場合はもはや逃げることはできない。
もはやノロには偶然仲間の誰かがここまで避難してくるなどして合流するという事に賭けるほかなく、ほとんど詰みと言ってもいい。
「伴侶様…もうしわけ…ございま、せん…」
自らの無力を嘆き、うつむくことしかできない。
そうこうしている間にもメアの顔色はどんどん悪くなっていく。
「うーん…うーん…うー…うめぼし…しらす…すうぃーとぽてと…とめぃとぅ…うーん…うーん…うどん…オワタ…うーん…うーん…」
「伴侶様…こんなに苦しそうに…」
見た目通りの無力な子供が二人、身を寄せ合って震えることしかできない。
ノロの中に絶望が広がりかけたその瞬間、頭上に一つの影が落ちた。
「なにやってるの?おまえ」
「あ…」
投げかけられた声にノロが顔をあげると、そこにいたのは…血のような真っ赤な髪をした少女だった。
「な、ぜ…ここに…」
「そんなことどうでもいいでしょ。何をやってるのって此方は聞いてるんだよグズ。お姉ちゃん…どうなってるのそれ」
「っ…!ど、どうか…どうか伴侶、様を…おたすけくだ…さい…」
ノロは地面に顔を埋めるようにして少女に頭を下げる。
少女はそんなノロに対しては興味がないのか視線すら合わせず、乱暴に足でノロを蹴りどかしてメアの頬に触れた。
「これは金ちゃんの毒?でもだいぶ弱い…金ちゃんから直接じゃなくて、取り置いていた毒でも盛られたって事?なんでそんなものがお姉ちゃんに…」
少女はそこでようやくノロに視線を合わせ、「ああ、そういうこと」と何かに納得がいったかのように頷いた。
「まさかここまで「早い」だなんて思わなかった。これは此方の失態だね…やっぱり一年と言わずもっと急ぐべきだった。なんて言っても仕方ないか…はぁ…」
小さくため息を吐き、少女は口を開けてその真っ赤な舌を出し、外気に晒す。
そしてノロに視線で何かを合図すると…ノロも口を開けてゆっくりと少女に顔を近づけ…次の瞬間にその舌を噛み切った。
少女の口にはみるみると舌の傷から漏れ出る血が貯まっていき、それを零しながら少女は…メアに口づけをした。
────────────
「こまったな…どこだろここ」
はろはろはーわーゆー。世界に白か黒かしかないのなら、たまには白の方向に行ってみたい…そんなことは一度も思ったことはないタイプの黒っぽいドラゴンです。
気が付いたら変な…なんだろ…どこを見ても真っ黒な変な場所で座ってましたのね。
うーん…途方!
さてさてどうしたものか…。
「…いや待って、なんか以前もこんな場所に来たことあるような…うーん…?」
まったく記憶には引っかからないけれど、既視感のようなものを覚えないこともない。
なんともモヤモヤした感覚である。
「まぁそれは一旦おいておいて、これからどうしよう」
どこを見渡しても闇すぎて、どっちに進めばいいのかすらわからない。
そもそも進んでいいものか…一歩踏み出した先に地面があるのかすら不明なので怖いですん。
いやまぁ飛べるんですけどもね。
そんなこんなで出来ることもないので、何か起こることを期待してひとまず踊ってみる。
「ふっふー!わおわお~どうるっ、どうるっ、ほっほー!」
当然なにも起こらない。
急に「すん…」としてしまい、自分は何をやっているんだろうという気分になったので、足を抱えて大人しく座る。
「はぁ…どうしよう…早く行かないといけないのににゃぁ…」
…いやどこに?私はなぜここにいるのか以前に、何をやっていたのかすら曖昧で断定ができない。
むむむ…これはあまり良くないかもしれない。
最終的に「ここは誰?私は餡ドーナッツ?」とか言い出すかもしれない。
でもそのおかげで焦りはないと言うのはいいかもしれない。
こういう時は焦った子から順番に消えていくと母が言っていた。
迷ったときは静かに待つ…それが正解だと。
ただあの女、迷う位なら即行動、全てぶち壊せとも言っているので結局は気分だ。
やれやれですねぇ。
そうやってひとまずボーっとしていると闇の世界に変化が起こった。
ぽつぽつと雨が降り出したのだ。
闇の中でも視認できる、赤い雨。
それが世界全体に降り注ぐ…という事はなくて、一部だけに点々とするように降っていて、出来上がっていく赤い水溜りが誰かの足跡のように向こう側に続いていく。
「…これを追って行けばいいのかな?」
なんとなくそうするべきだと思うのだけど…同時に前に誰かがそれを止めたような気もする。
私の中の声というか本能というか…そう言うものは行けと言っているけど、でもそれ以外の何かはいかないほうがいいと止めてくる。
なんてこったい、あんびばれんつ。
せっかく状況が動いたのに、これでは動けないではないか!どうすればいいんだい!!
「…いったん寝てみるか」
考えるのがめんどくさくなったので私は目を閉じてみることにした。
寝ればすべてリセット、目を覚ました後で何か状況に更なる変化が起こってるかもしれないし、いい閃きが振ってくるかもしれないからね。
母が言っていた…「果報と漬けた煮卵は寝て待てと」
という訳でおやすみなさい!ぐーぐー。
──声が聞こえた…気がする。
気がすると言うのははっきりとは聞こえてこなくて、ほんとうに聞こえているような気がするだけだから。
(どうす────の?今回────る?)
(いや────だ。もう少しだけ様子を────。一回だけ────なんだろう?)
(うん、一回だけ。もう結構危なそうだけど───本当に────の?)
(…あ────。まだ…ここで────ような────はしてない────はず)
何を話してるのかも認識できない。
耳鳴りのような…不規則でノイズ交じりで…でもやっぱり声のような…。
一つは知らない声だけど、一つはよく知っているような…だけどやっぱり形が掴めない。
「もうなんなのさ!」
いいかげんもやもやするので私は目を開けてバッと顔をあげる。
そこで私は本当にさっきまで寝ていたのだと理解して…何だ夢かと少し恥ずかしくなった。
「幻聴が聞こえるなんて本格的にヤバいかもしれない。やっぱ進んだ方がいいのかなぁ…」
今もなんか「ドドドドドドド」みたいな低い重低音みたいな音が聞こえてるし…。
前に何故か鼻息を荒くしたアザレアに耳掃除をしてもらったのはいつだったか…また戻ったらお願いしたほうがいいのかもしれない。
あぁ段々と「ドドドドドドド」が近づいてくるし…耳鳴りにしてもヤバすぎる。
どうしてしまったんだい、我がドラゴンイヤーよ。
まさかこんな真っ暗空間でほんとに「ドドドドドドド」なんて鳴ってるわけはあるまいし…。
やれやれと音がする方をなんとなく見てみると…そっちはあの例の雨が降っている方向で…なんかそっちから真っ赤な波が押し寄せてきている気がする。
うん…とうとう目までおかしくなって────「おぶぁ!?」
赤い波が私に激突し、飲み込んでどこかに運んでいく。
雨が降っていた方向からは遠ざかっていくけど…これはヤバい!たまらん!ちぬ!!
「おぼぼぼぼぼぼ!」
流されて流されて…どっちが上で下かもわからないほどにもみくちゃにされて…ありとあらゆる穴から赤い水をたらふく飲まされ溺れかけ…もうこれ絶対に死んだと思って…。
────────────
「はっ…!?」
私は目を覚ました。
メアは一人の時にとにかく思考がとっ散らかっているようにしているのですが、果たして皆様に受け入れられているのかたまに不安になりますね!




