テーブルの上の決戦
ストガラグとヴィオはテーブルを間に挟み、睨み合っていた。
それぞれの背後にはニョロとスレンが立ったままで事の成り行きを見守り、さらにその周囲には野次馬たちの姿もある。
完全に見世物のようになっているが、もはやそれを咎めるような雰囲気ではなく、最後までやり切るしかない。
ストガラグは手にしている数枚のカードを見る。
対面のヴィオも同じように自身が握っているカードに視線を落とし、何かを考えている。
二人がやっていることは至極単純…配られたカードに描かれている絵柄を揃えて「役」を作り、その強さを競うという至極単純なゲームだ。
サイコロはどこに行ったと突っ込みたいところだが、最初に手番を決めることに使用したので、問題はないだろう。
なぜこんなことになってしまったのか…すべては数分前。
ヴィオたちを遊技場に追い込んでしまったところから始まる。
────────────
「賭け事だと…?なにを言っている」
サイコロを投げつけられ、呆気にとられたのもつかの間、なんとか勝機を取り戻してストガラグはヴィオを睨みつける。
わざわざそんなことをする理由はないし、転んだヴィオが遊技場にダイナミックエントリーを敢行している都合上、かなりの人目を集めてしまっているのでこれ以上この場所にとどまることすら避けたい状況だ。
何をどう考えてもストガラグにそれを受けるという選択肢はない。
こうなれば多少無理をしてでもヴィオを連行するしかないとストガラグが一歩を踏み出そうとした瞬間に、異様な気配を感じて背後を振り返る。
背後にそびえたつ何の変哲もない建物。
その屋根の上に土気色の肌の人のようなものが這いつくばるようにして蠢いていた。
「…何をするつもりだ紫骸龍」
「あなたが勝負を受けないと言うのなら、私はこの場所を私の好きなもので埋め尽くすわ。これは脅しじゃなくてよ?」
その正体を知る者にとってヴィオの人間嫌い、そして屍好きは有名な話である。
もし拒否をするのなら能力を使ってこの場所を死で埋め尽くす…そうヴィオは言っているのだ。
「そんなことをして無事で済むと思うのか?俺がそれを見過ごすとでも?」
「思わないけれど、全てを止めることもできないでしょう?たとえあなたに殺されてでも私はやるわ。あなたと後ろのお仲間では全てを助けることなど出来ないでしょう?」
「…」
ハッタリだ…と切り捨てることはできなかった。
なぜならば死骸龍はすでに一度それをやってのけているからだ。
癇癪を起し、紫神領にいたほぼすべての人間を殺し尽くして死の国に変えたという変えようのない事実と実績が確かにある。
その当時はいくら教会側に味方している龍とて討伐隊が組まれるだろうと予期していたが、なんと教皇が黙認という態度をとったために、公には強大な魔物の出現と同時期に重なってしまった天災が理由と発表されるにとどまったという事件だ。
それをこの国でも繰り返させるわけにはいかない。
ヴィオは直接的な戦闘力が高いタイプではない。
当然、ただの人間とは比べ物にならない程度には力を持っているだろうが、それでもこの距離まで近づけている現状なら、ストガラグならば十分対処できる…しかし被害を0に抑えることはできない。
対処しきるまでにどれほどの被害が出るか…それを考えれば二の足を踏まざるを得ない。
「わかってくれたかしら?でも私だってめんどくさいことはしたくないし、まだ死ねないの。だからここはもっと穏便に勝負をしましょうって言ってるのよ。おわかり?」
「それが賭け勝負だと?何を賭けるつもりだ」
「もし私たちが勝てば、あなた達は私たちを見逃す。そして関与しないでもらう」
「…そう持ち掛けるのならばこちらも同等の条件を出していいのだな?もし俺が勝てば大人しく話を聞いてもらうぞ」
「交渉成立ね。それじゃあ早速…どうすればいいのかしら?」
「はぁ…」
そのタイミングで騒ぎに気が付き、駆け寄ってきた店員にストガラグは赤神教会所属の執行官と言う身分を明かし、場所の提供を求めた。
店員はそれをどう受け取ったのか、なぜか満面の笑みでそれを了承し、ストガラグ達をやけに仰々しいテーブルまで案内した。
そして現在である。
「ストガラグさん…大丈夫ですか?こういうゲームの経験は…?」
「…社会人として付き合いである程度は…と言ったところだ」
自信があるとはいえない。という言葉をストガラグは飲み込む。
スレンの手前、なにより社会人として重い責任を背負った職務中に弱音を吐くことなど許されないのだから。
(俺は社会人だ…負けることは許されない。上司として部下の前で情けない姿をさらすことも。しかしこれは…)
ストガラグは決して人間味を失くした社会の歯車ではない。人並みに心は動くし、感情もある。
それゆえにこの国すべての民の命を人質にとられた現状が重くのしかかり、正直今すぐに叫んで逃げ去ってしまいたいという気持ちを多少は覚えている。
だがそれを決して表には出さず、汗すらも制御してただただ涼しい顔を保ち続ける。
(落ち着け…呼吸を乱すな。視線を揺らすな、汗を見せるな。社会人として責任は何度も負ってきた。その大きさが違うだけで失敗できないのは変わらない。…勝負とは運だけでは決まらない。たとえ虚勢だとしても張らなければ呑まれる)
心を落ち着けるために深呼吸の一つでもしたかったが、それすらも動揺を証明してしまうので出来ない。
ただいつものように、平静でいつも通りに。
そうしていれば相手は内心を読むことなど出来ない。
それが虚勢なのか余裕なのか、知るすべはないのだから。
(だが…まさか紫骸龍が腹芸まで出来るとは思わなかったな…少しばかり侮っていたかもしれん…ふっ…社会人失格だな…)
対面に座るヴィオに表情に動揺は見られない。
ヴィオから今のストガラグがどう見えているのかを伺い知ることはできないが、少なくともストガラグから見たヴィオには一切の焦りすら見えず、読むことができない。
それこそ虚勢なのか…はたまた余裕なのか…。
(わからない…だが…進むしかない)
ストガラグは一度だけ咳をする振りをして溜まった息を吐くと、カードを掲げて勝負を宣言する。
「準備はいいな」
「ええ」
「手札を確定させるか、交換するか、降りるか…いや、今回に限り降りるという手段はない。一発勝負だ。文句はないな」
「…」
ヴィオは答えない。
それすらも何らかの駆け引きに見えてしまい、自らがまずい精神状態であることを自覚するストガラグは…カードを交換せずに勝負に出た。
これ以上よけいな情報を入れることを嫌ったからだ。
それとは逆にヴィオはカードを交換し、満足そうに頷くと勝負を宣言。
運命を決めるお互いの手札がテーブルの上に公開される。
そして────
「三本勝負にしない?」
「…」
手札に役が存在しておらず、普通にヴィオが負けたのだった。
────────────
そこから何度か勝負を繰り返した結果、ストガラグは一つの情報を得ることができた。
紫骸龍ヴァイオレットオブネクロ…命が消え去った後の骸を操る龍。
そんな彼女はなんと…運が絡む勝負にとことん弱かった。
行われるゲーム全てで運に見放され、ストガラグが勝負を捨てるような真似を試しにしてみても何故かヴィオが負ける。
余りの弱さに同情心すら出てきたところで…ヴィオが「ふぅ~」と息を吐きながら席を立つ。
「こんなゲームでお互いの命運を決めようだなんてありえないと思わない?」
「この瞬間において、貴様の発言ほどありえないことはないと思うがな」
「あら酷い。ひどすぎて傷心の心抱えて逃げ出してしまいそう」
「おい…それでは約束が違うだろう」
「だって捕まりたくないんですもの」
「貴様…一度落ち着け。椅子に座るんだ。そもそもお前は勘違いをしている。俺たちは…」
ストガラグが話を続けようとしたその時、遊技場が突如としてざわめきに包まれた。
「なんだ…?」
「わかりません…なんか急にみなさん騒ぎ始めて…あの!すみません!今から何かあるんですか?」
近くにいた野次馬の一人にスレンが声をかけた。
すると野次馬は興奮に顔を赤くし、感情のままに説明を始めた。
「【白銀のクイーン】だよ!」
「はくぎん…?それはいったい…」
「なんだ兄ちゃん知らないのか!この前いきなり現れてほぼ無一文の状態からゲームを繰り返して一晩でこの遊技場から金を巻き上げて一財産築いたとんでもねぇ女だよ!びっくりするくらいの銀髪美人でみんなそれ目当てに今日は集まってんのさ!」
「それは…すごいですね…うわほんとだ…凄い人が集まってきてる…どうしますか?ストガラグさん」
「…早々に立ち去ったほうがいいだろうな。紫龍、お前たちもついてきてもらうぞ」
ストガラグはヴィオを逃がさないようにその手を掴むが、なぜかヴィオは心ここにあらずと言った様子を見せる。
「…銀髪…?」
「おい、どうした紫龍」
そうこうしていいる内に人々の熱狂のボルテージがさらに上昇し、遊技場の奥から華美に飾り立てられた移動式の台座に乗せられた銀髪の女が姿を見せた。
それを見たストガラグたちは…全員が一斉に息を呑んだ。
「そんな…あの人って…」
「馬鹿な…あの時確かに始末をしたはず…」
スレンとストガラグは驚愕から。
そしてヴィオとニョロは…。
「なにやってるのよ、あの子…ふざけすぎてるでしょ…」
「────…」
人々の熱狂の中心にぼーっと立っている銀髪の美人…白銀のクイーンと呼ばれるその人物。
その正体はヴィオたちが探していた銀龍だった。




