勝負
──ヴィオは走っていた。
ニョロも走っていた。
その二人を追うようにストガラグも走っていたし、さらに後ろのスレンも走っていた。
人の行き交う街中を全力で爆走する紫髪の異様な美人と全身黒づくめの不吉な雰囲気を纏う男。そこに加えて顔を隠した少女と背中につるはしを背負った青年という集団が人の流れを押しのけ、躱しながら走っているのだからとにかく目立っている。
だが当人たちはそんなことを気にしている余裕はないとばかりに走るのをやめない。
「くっ…!とまれ!紫…そこの女性!とにかく一回足を止めたまえ!」
「そう言うセリフを吐かれて自ら止まった人が歴史上に存在していて?!」
「────!」
「はぁ…はぁ…!ちょっ…ちょっと…ストガラグさん!これ俺たち滅茶苦茶…目立って…ませんか…!?」
「しかし見逃すわけにもいくまい!いくら何でも怪しすぎる。さすがに無視できる状況ではないのは分かるだろう!」
「それはそうかもしれませんけど!」
走りながらも喋る余裕があるストガラグとスレンに対し、ヴィオはそこまでの余裕はなかった。
龍とは言え、インドアの引きこもり…そこまで純粋に走るという項に長けているわけでも、身体能力が高いタイプでもないという事もあり、徐々に距離を詰められていく。
空を飛べばまた話は変わってくるだろが、それはいくら何でも目立ちすぎると考える位の冷静さは残しているヴィオなので、その選択はしなかった。
(でもこのままじゃいつか追いつかれる…どうしようかしら…そういえば蛇の子は大丈夫なのかしら)
隣を走っているはずのニョロにヴィオが目をやるとすでにそこにニョロはおらず、遥か前方を一人で行っていた。
「ちょっと!?私を置いて行ってるじゃない!」
「────」
ニョロは人の姿をしてはいるものの蛇としての特性も残っているのか、人にはあるまじき身体の柔軟性を用いて器用に人の隙間を縫っており、他の三人よりもはるかに素早く先行していた。
それならもう一人で逃げてほしいとヴィオは思ったが、かといってストガラグ達に捕まることでさらにめんどくさい状況に追い込まれることは目に見えているために、嫌々でも走らざる負えない。
「ああもう最悪…!」
「こちらはまだ最悪かどうか決まっていないが、面倒になったとは思っている!だからこそ冷静になれ紫!一度話を…」
「嫌に決まってるでしょ…!あなたたちまさかとは思うけど、神父とつながってないでしょうね!あの「枢機卿」と!」
「え…あの人、神父さんが枢機卿って知ってますよストガラグさん!」
「…いや、おそらく知ったのは今この瞬間だろうな」
「え!?…あ!!」
もうほんと最悪ね…!とヴィオは走りながらパチンと指を鳴らす。
すると地面を突き破って青白い腕が現れ、ストガラグの脚を掴んだのだ。
「こ、これは…紫め…街中で能力を使うか…!」
ヴィオの能力は死骸を操る事。
動くはずのない死した肉の塊を命があるかのように操り、動かすことができる。
それ単体ではストガラグにとってそこまでの脅威たり得ないが、しかしこんな人の多い街中で死体が動き出せばパニックが起こることは間違いない。
ポリアデルスから騒ぎを起こさず、目立たないようにと念を押されているため…そしてストガラグのとある目的のためにそれだけは避けたいとヴィオの制止を繰り返すがうまくはいかなかった。
「それ以上追いかけてみなさいな!この街中がどうなるかしらね!」
ヴィオも神父が枢機卿であると判明した今、もはやなりふり構っていられる状況ではなく、後の事は考えずに今を凌ぐことに注視し始めてしまった。
こうなってしまえばどちらかが諦めるまで、どんどんことが大きくなっていくしかない。
仕方なくストガラグは足を止めようと速度を緩めたところで背後のスレンが肩を掴んできた。
「ストガラグさん、俺をもう少しだけあの人に近づけさせてもらえませんか」
「…なに?どういうつもりだ」
「さっきやらかしてしまったので挽回をさせてください」
「…いいだろう。だが一瞬だけだぞ!」
一瞬の間を置き、ストガラグはスレンの胸倉をつかみ上げ…そのまま人の腕から出たとは思えない力でスレンを投げ飛ばす。
そうすることで速度はほんの一瞬だけ、走るよりも早くなりスレンとヴィオの距離が縮まる。
その瞬間を狙いスレンは背中のつるはしに手を掛け、地面に向かって振り下した。
ズンと地面が揺れ、周囲の人々も「地震か!?」と身を強張らせるが、変化の本命はそこではない。
揺れにも動揺せず走るヴィオの足元…次に踏み出そうとした足が踏むべき地面の一点。
そこがいきなり数十センチほど陥没したのだ。
「え?きゃあ!?」
足を取られ転びそうになるヴィオだったが、それに気が付いたニョロが瞬時に引き返し、その身体を支えようとした。
しかしニョロも人の姿になっているとはいえ、その容姿は小柄な少女だ。
勢いのついたヴィオの大人の身体を支えるには足りず、二人でもつれ込んで倒れて建物の中に突っ込んでしまう。
結果としてヴィオとニョロはストガラグとスレンに追い込まれる結果となってしまったのだった。
「うまくいってよかった…」
「よくやったスレン、だが相手は…決して油断はするな」
「は、はい!」
「しかしここは…遊技場…?また人の多い場所に突っ込んでいったものだ。これ以上面倒にならなければいいが…」
「ストガラグさん、そう言うのは「フリ」になっちゃう気がしますよ俺は」
「…」
十分に警戒しつつ、ヴィオたちが雪崩れ込んだ遊技場に踏み入るとなにか小さなものが飛んできて、思わずストガラグはそれをキャッチする。
それはサイコロと呼ばれるかつて「娯楽王」と呼ばれた偉人が作ったとされる六面からなる四角い木のキューブだ。
そしてそれを投げたのは言うまでもなく…。
「なんのつもりだ」
「私と勝負といきましょう枢機卿。正々堂々と賭け事でね」
ニョロを小脇に抱え、ヴィオはビシッとストガラグを指差す。
その目は本気であり、それを受けたストガラグは心の底からの言葉をほとんど無意識に口にする。
「…なぜ…?」




