気乗り
それぞれの握る刃を挟み、ネムとカルラが視線を交わす。
一方は探るように、もう一方は楽し気な彩を灯して。
しかしその睨み合いもつかの間、カルラが後ろに跳び膠着を解き、ほぼ同時にネムの持つ剣に黒いオーラが纏わりついた。
「はっはー!危ない危ない、もうちょいでまたやられるところやったなぁ!ただ刃に触れるだけで発狂もんの激痛を流し込んでくる…おぉ恐ろしい恐ろしい。ひゃははははは!」
「…」
カルラは刀をくるくると回しておどけるようにして隙を晒しているが、ネムは追撃を行わななかった。
ただしそれは攻撃の意思を失くしたわけではなく、カルラのそれが気を抜いた所作ではなく、攻撃を誘っている者だと見抜いたが故の静観だった。
「やっぱ乗ってこんか。勘は鈍っとらんようじゃの!どうやらほんとに完治したようで安心したぞい。その節はすまんかったな。まさかあんなことになるとは思わんかったんじゃ」
「…やると決めたのも、不用意に呪骸に触れたのも私よ。そのことに関してあなたを責めるつもりはない」
「ほうか。ならまぁこれで手打ちという事でええか?それとも一回くらい斬っとくか?それくらいは受けたってもええぞい」
「必要ない。それよりもあなた…枢機卿になったと言うのは本当なの?」
「おお聖女さんから聞いたか?実はそうなんよ。驚いたか?」
「ええとっても。世間を賑わす殺人鬼がどういう風の吹き回し?」
「なんのこっちゃない、ただスカウトが来たのをおもろそう思うて受けただけよ。おかげさまでそこそ楽しゅうやっちょるわ」
「そう…ならあなたは私の敵よ。邪魔をするなら容赦しない」
「ほう?色狩り…とは違うようじゃの。なんぞ無差別殺人はやめたんか?確かに前は迷子の童みとうな顔やったのが様変わりしちょるもんなぁ…例の呪骸騒動は最後まで見届けられんかったが…なんかええことがあったみたいやの。怪我の功名ちゅうやつか?」
「関係ないわ。敵なら斬る…それだけ」
ええな。
短く言葉を切ってカルラは構えた。
それに続き、ネムも静かに息を吐いて鋭く眼光を光らせる。
「…」
「…」
一触即発。
近づくだけで傷を負いそうな張りつめた空気が立ち込める。
先に踏み出すのは、仕掛けるのはどちらか…ほんの一瞬の動きが勝敗を決める。
「それ以上動いたらそっちを先に斬るぞい、娘」
「…バレてたっすか」
背後の死角からゆっくりと近づいていたくもたろうにカルラは視線も、構えもそのままで殺気を叩きつけ釘をさす。
だが…。
「でもウチは行っちゃうっすよ!くらえ!」
一切怯まずにくもたろうは背中から巨大な蜘蛛の脚を一本だけ背中から生やし、カルラに襲い掛かる。
カルラはそれを身体をわずかに横に逸らす最低限の動きで躱し、刀を振りぬいて蜘蛛の脚を切断した。
「いぃ…!嘘でっしょ…脚の関節を正確に斬りやがったっす…!初対面なのに…!」
くもたろうの脚は硬い甲殻によって守られている。カルラはそれを一目見ただけで瞬時に脆い場所を見つけ出し、そこを狙う事で切断したのだ。
そして刀を振りぬいた勢いのままくもたろうの方を振り向き、宣言通りにくもたろう本体の首を狙って刀を振るう。
「かかったっすね」
迫る刀を見て、にやりと笑ったくもたろう。
そして後ろを振り向くという「隙」を晒したカルラに黒を纏った死の刃が襲い掛かった。
カルラはそれをさらに身体を捻りながらネムの刃を受け止め、それと同時にくもたろうに向かって小刀を投擲…それはくもたろうの頬を掠め、一筋の傷をつけた。
「受け止めたわね私の剣を」
「…」
「終わりよ」
「ははっ!」
ネムがスピの力を剣に纏わせる【黒霊魔装】はその刃に斬られずとも触れただけで異常な痛みを相手に感じさせることができる。
その斬撃を受け止めただけで致命的となる理不尽な能力であり、感じる痛みは普通の人間が受ければ、よければ発狂、悪くてショック死と言うレベルだ。
昨夜の襲撃の際に神父が送り込んだ刺客たちもこの能力により、剣を受け止めた、軽く切り傷をつけられただけで戦闘不能になっており、訓練を受けたであろう人間でも変わらない末路を辿る。
ネムは秘かにこの能力に【序曲幻死痛】と名付けているのだが、それを受けてカルラは嗤って見せた。
やせ我慢をしているような様子はなく、まるでなんの痛痒も感じていないと言った態度にネムは僅かに困惑の表情をのぞかせる。
「どうして…」
「呪の力を使えるのは…おまんだけちゃう言うこっちゃの!」
カルラがネムを振り払い、くもたろうを蹴り飛ばす。
距離をとることで狭まっていた視点が広がり、ネムは気が付いた。
カルラが自分と同じように黒いオーラのようなものを身に纏っていることに。
「この気配…呪骸…?」
「おう、わかるか?まぁでも安心せぇ、呪い殺すような無粋な真似はせん。そんなんなんもおもろないからな。ワシがこいつを持っとるのは別の理由での…こいつはその内にとんでものう力を秘めちょる。それを取り出してこうして身に纏えば…ワシのような非凡の劣等種でもおまんらのような無茶苦茶に相手できるようなる言うこっちゃ」
ここにいる者たちは知らぬことだが、それは枢機卿アリセベクが研究の末に辿り着いた呪骸の応用的な使い方だったが、カルラはそれに本能で気が付き、利用していた。
戦いという行為に対して獣じみた勘を発揮する…それがカルラと言う男なのだ。
「…めんどうな」
「まぁワシもそう思うわ。そこでじゃ、一時休戦といかんか?」
そう言ってカルラは刀を鞘に納めて両手をあげて見せた。
「…どういうつもり?」
「いやなに、ちょいと気乗りせんと言うかの」
「はい?」
「まぁなんぞ…一種の悟りというかなんというか…実はつい先日に野盗にあっての。それで思う存分に殺せたから今は殺人欲求が割と満たされちょる。そんなら相棒のような強者との戦いを楽しんでみるのは全然アリなんじゃが…二対一ちゅうのは冷めるじゃろ。殺人欲求の方を満たしたいときは集団大歓迎じゃが…戦闘欲はタイマンじゃないとおもろない。やから、の?ここは刃を納めんか。お互いに訳アリっぽいしの」
「怖気づいたの?」
「そう言うことにしてもええぞ?二対一は勝ち目がのうてブルってしもうた。許しちょくれ。な?」
「…」
ネムとくもたろうは視線を交わし…やがて二人とも矛を収めた。
「話がはようて助かるわ。実のところワシはちょいと仕事中での…そんな中で起こった偶然の再会…これはなにかあると踏んどるのよ。これでも運命や巡りあわせを信じるタイプでの。お前はどうじゃ?相棒」
先ほどまでの含みのある物ではなく、屈託のない笑みをカルラは浮かべた。




