34.後継者争いの結末
銀竜ゼロンの『魔素』と、青竜フュノの『聖なる力』は完全に融合され、フュノは聖竜でも魔竜でもない、『新しい竜』となった。
その身体は新しい力により再構築され、青銀に輝いた。
◇◇◇
ゼロンがフュノを大切に、愛おしそうに抱きしめている。
聖竜達からは二人の表情を伺う事はできないが、フュノの思い人はこの銀竜ゼロンで間違いない。
今なら『聖なる大地』への空間が開きそうだ。
聖竜達は視線だけで会話をすると、ゼロンが聖竜に意識を戻す前に『聖なる大地』へ逃げ込む事を決める。
――だが、聖竜達が逃げるより先に、ゼロンが聖竜達の思惑に気が付いた。
もちろん聖竜達をこのまま素直に逃がすつもりは、ない。
ゼロンはフュノを片手で抱き上げると、ひらりと聖竜達の前まで跳躍する。
聖竜達が開きかけた空間は、ゼロンにより強制的に閉じられた。
「あれ?『お姉様達』。
どこかへ逃げるつもりでした?」
「……ひっ!?」
聖竜達は声にならない短い悲鳴を上げると、その場で腰を抜かす。
ゼロンの顔には笑顔が張り付いているが、その瞳は据わっている。
聖竜達は一刻も早くこの場から逃げたいのに。金の瞳に凄まれるだけで、足が竦み、身体も動かない。
ゼロンは、青褪めて震えるコハルの顔を覗き込む。
「何故だかは知りませんが……フュノは、聖竜ではなくなってしまいました。
つまり、もうフュノは竜王候補でもないし、後継者争いとも関係がない。
……いくら『お姉様達』でも、この事を、理解頂けていますよね?」
コハルは恐怖で声を出すこともできず、全力で何度も頷く。
確かにコハル達は、フュノが暴走した時に『大地の摂理』から外れた事を――聖竜候補から外れ、後継者争いの脅威ではなくなった事に、気がついている。
「わ、わかっていますわよ!
わたくし達は、二度と、フュノには、関わらない!」
「ああ、良かったです。
あまりにも物分かりが悪そうな『お姉様達』だったので、心配をしていました」
ゼロンはその言葉に満足して頷くと、コハルの首を指の先で『つぅ』と撫でる。
「……っッひいっ!?」
まるで、その指が鋭利な刃物であったかのように。指跡から肉が裂け、血が溢れ出す。
傷は浅く、死ぬような傷ではない。
だが、この恐怖は耐え切れない。ナツキとシュウカも涙目で自分の喉元を両手で隠す。
ゼロンは心外だと言わんばかりに、怯える聖竜達へ満面の笑みを返す。
「やだなぁ。ボクが『お姉様達』を殺すわけ、ないじゃないですか?
……本当は、全員殺してしまいたいですけど……。
聖竜王候補の貴女達が全員死んでしまうと、『聖なる大地』がボクのフュノを取り戻しに来てしまいますからね?」
『絶対に、フュノは返しませんよ』とゼロンはにこやかに――釘をさすように宙に向かって呟いた。
聖竜達は、もう放置でいい。
後は勝手に、好きなように、殺し合いでもすればいい。
◇◇◇
魔竜達は、今回初めてゼロンの力を目の当たりにしていた。
あれがゼロンの全力なのかは分からない。けれど、『これまでのゼロンは、その力を隠していて、何一つ本気を出していなかった』というヒャクマの言葉は実感できた。
これまでは、どうにかすればゼロンに勝てるとさえ考えていたが――考えるだけ無駄だった。ゼロンに勝てる見込みなんて、無いに等しい。
魔竜達は降参とばかりに、全員座ったまま、逃げることなくゼロンに対峙する。
おそらく、ゼロンは、今ここで後継者争いに決着をつけるつもりだろう。
魔竜達は青竜のおかげで翼を失い、飛んで逃げることもできない。
「ああ、降参だ。好きにしてくれ」
セントの言葉に、ヒャクマもリオクも、俯いて両手を上げた。
ゼロンは、そんな兄弟達を見て、深くため息を吐く。
もう少し『狭間の大地』で、国の整備を進めたかったけど、もう後継者争いも潮時だろう。
「じゃあ、好きにさせてもらうよ」
ゼロンはそっとフュノを下ろすと、フュノの頭に軽く口づけをする。
魔竜達の視線が、一斉にフュノに集まった。
その青銀竜は、先程まで暴れ狂っていた化物とは考えられないぐらい、しおらしくゼロンにピッタリくっついている。
「セント、ヒャクマ、リオク。
改めて。ボクのお嫁さんを紹介するよ」
『お嫁さん』という言葉に、フュノは少し驚いてゼロンを見上げる。
冗談かとも思ったが……ゼロンが優しく笑う顔を見て、本気で言ってくれているのだと、フュノの顔が爆発的に赤くなる。
「フュノ、お願いできるかな?」
その一言で、フュノはゼロンの意図を察する。
ゼロンは、これまで、ただ何となく建国をしていたわけでもなかった。後継者争いという名の兄弟殺しを、できるだけ後回しに引き伸ばしていた。
「はい、ゼロン様」
フュノは笑顔で頷くと、青銀竜の姿にその身を変える。
その姿は、もう暗闇に沈む黒ずんだ竜ではない。まるで銀竜ゼロンのように、光を浴びて輝く、小さな美しい竜の姿だった。
この竜に殺されるのか、と魔竜達は目を瞑り覚悟を決める――。
――だが。
竜の姿となったフュノは、魔竜達に攻撃を仕掛けるわけでもなく。
片手を突き出して、ただ一言、呟いた。
「テイム」
――その瞬間。
魔竜三体の首と両手首が光り、その痕に青い文様が刻まれる。
魔竜達はフュノの支配下に置かれ、『完全なる戦闘不能』となった。
呆然と。何が起きたのか、理解が追い付かない魔竜達を置いてきぼりにして。
一帯に暖かい風が吹き荒れ、『狭間の大地』がゼロンを祝福する。
『魔の大地』が、ゼロンを次期『魔竜王』として認め――。
長かった魔竜王の後継者争いが、ここに幕を閉じた。
◇◇◇
コハル達は複雑な表情で、その結末を眺めていた。
長い間、聖竜達が怯えていた、フュノの『テイム』という能力。
魔竜達の後継者争いは、その能力により、一瞬にして決着がついた。
『テイム』をされたのが自分達でなくて良かった、と感じるのと同時に。
本当にこれで良かったのか、という疑問が湧き上がる。
フュノが、聖竜ではない存在となった。
この先、コハル、ナツキ、シュウカだけで殺し合いをする事になる。
その殺し合いは残り一体になるまで、永遠に続く。逆に言うと、一体しか生き残る事はできない。
最初から大人しく、フュノに『テイム』をされた方が、良かったのではないだろうか。
聖竜王フュノと共に……聖竜王フュノを助け、『聖なる大地』で姉妹仲良く暮らし続けるという選択肢を、どうして考えられなかったのだろうか?
ゼロンは、そんな聖竜達の心変わりに気付いて嘲笑う。
フュノに気づかれないように。
声は出さないが、聖竜達に見えるように。ゼロンがはっきりと、その口を動かす。
口の動きで聖竜達は、ゼロンが伝えたい言葉を、その意味を理解する。
『ご愁傷様。さ・よ・う・な・ら』
何故、フュノが『テイム』という能力を持って生まれたのか。
今になって、やっと、聖竜達はそれを理解した。
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わはは、さらば聖竜達。
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