↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/37

33.愛しい竜

 フュノが、虚ろな瞳でゆらりと立ち上がる。


 ゼロンは銀の竜の姿から、人の姿に変化し、フュノの前に降り立った。

 人の姿は、フュノが見慣れた、一番長く共にいた姿。


 ゼロンが優しくフュノに微笑みかける。



 これまで自分を転がし続けて脅威だった存在が、突然その姿を変えた事に、フュノが警戒の色を示す。

 フュノは瞳を細めて、ゼロンの様子を伺う。



 ゼロンは片手を突き出すと、フュノの中で暴れている『魔素』と『聖なる力』の両方に対して、同時に干渉を始める。

 あまり強く干渉をするとフュノの精神を痛めてしまうかもしれない。傷つけないよう、少しずつ干渉を深めて、その名を叫ぶ。


「――フュノ!」


 しかし、フュノは頭を激しく振り上げて、その干渉を断ち切った。

 フュノがゼロンへの警戒を強め、低く咆哮すると青黒い光線をまき散らす。


 ――だが、それはゼロンに、虫を払うかのように――容易く、片手で弾かれた。

 フュノは低く唸り声を上げ、ゼロンへの威嚇を続ける。


 聖竜も魔竜も、皆が固唾を飲んでゼロンを見守った。

 笑顔のままで、光線を弾き飛ばした、本当の化物を――。


◇◇◇


 竜達の目には、ゼロンが飄々としているように見えてはいたが。

 ゼロンは内心、フュノに声が届かない事に焦りを感じていた。


(焦るな。大丈夫だ。干渉はできている)


 ゼロンはもう一度手を突き出すと、改めてフュノへの干渉を試みる。今度は少し強めに――フュノから陽炎のように滲み出ているその力を、捻じ切るように、身体から引き剥がす。


 瞬間。黒い靄が晴れ、フュノの姿が鮮明に捉えられた。

 暗く青い竜。その瞳は虚ろながらに、青く澄んでいた。


 ゼロンはもう一度、はっきりと。その愛しい名を呼ぶ。


◇◇◇


 フュノは、混沌とした闇に沈んでいた。


 何故、聖竜王には遠く及ばない力で、竜王候補に生まれてしまったのか。


 竜王候補に生まれて良かったと思った事は、生まれてから一度もない。

 別の大地でも良かった。竜ではない存在として、生まれたかった。


 ――でも。


 あの時。あの広い空で、ヒャクマに襲われる事がなければ。

 ゼロンに助けられる事がなければ。


 フュノは、ゼロンを知らなかった。


 姉達への『好き』という感情とは、全く違う。とても純粋に、誰かを想うことができる『好き』という感情を、知る事はなかった。


 『愛おしい』という気持ちを、知ることは、出来なかった。



 ゼロンとは、いずれ別れる事になる。

 だから、この感情には気が付かないように、意識をしていた。


 だけど。

 生きているのかもわからない、こんな闇の中だ。自分の気持ちを隠す意味もない。


 いつか別れないといけないから仕方がない、もう覚悟は決まっている、なんて全部嘘だ。ただの強がりでしかない。


 本当は、ずっと近くに。ただ、そこに居たかった。


 ポチが、タルマウスが。そして、ゼロンが。

 大好きで、愛おしかった。



 涙なんてとうの昔に枯れ果てていたとしても、おかしくないのに。

 気持ちを洗い流すように、ただ涙が流れていく。



 ――その時。

 身体の靄が払われ、一筋の眩しい光が見えた。


『フュノ』


 あの愛しい声が、聞こえた気がした――。


 フュノは、ゆっくりと顔を上げる。


◇◇◇


 フュノの青い瞳に、一瞬光が宿る。


 ゼロンは泣き出しそうな自分に気が付き、ぐっと感情を抑えこむ。


 囁くように、もう一度。震える声で、その愛しい名前を呼ぶ。


 きっともう、声は届く。叫ぶ必要もないだろう。

 いつも、呼んでいたように。


 優しく、愛おしい、大切なその名前を――。


◇◇◇


 強制された争いの中で、死を待つだけの運命だったというのに。

 一時でも、争いから解放されて、楽しいと思える時が過ごせた。


 とても、幸せな毎日だった。


 タマちゃんと、ポチ。

 出会いは『テイム』で、最初はとてもぎこちなかったけど。いつの間にか、二人とも良く接してくれるようになっていた。

 『テイム』が解除された後も、逃げる事もなくずっと側にいて、大切にしてくれた。


 その光景を、優しい瞳で見守ってくれていた、ゼロン様。


 最初は……大好きだったけど、その瞳は冷たくて、怖さを含んでいた。

 魔竜のゼロン様。聖竜がその側にいる事はできないから……ただ、近くで……その存在を感じられるだけで……それだけでいいと思っていた。


 それなのに。いつからだったんだろう。


 金色の瞳が、優しく見守ってくれていた。

 力強い腕で、抱きしめられた事もあった。


 ……もう一度会いたい。


 離れたいと思った事なんて、一度も無い。

 許されなくても、ずっと隣にいたかった。



『フュノ』



 光の向こうから、はっきりと、その声が聞こえた。


 優しい声。城で、部屋で、庭で。この声に、名前を呼ばれた。

 振り向いたら、いつもそこにいてくれた。愛おしい、大好きな、竜。


 涙が、溢れる。

 ゼロン様に、会いたい。


◇◇◇


 フュノの瞳が揺れ、大きな涙が一粒零れ落ちた。

 愛おしい銀の竜に、フュノの焦点が合う。


「ゼロン……様……」


 ゼロンは優しく微笑むとフュノへの干渉を止めた。

 その代わりに、フュノを全身で受け止めるように両手を広げる。


「――おいで、フュノ」


 フュノ。愛しい竜。

 その瞳が、もう一度、自分を見てくれている。

 それだけの事なのに、嬉しくてゼロンの心が満たされる。


 フュノのことは、もう離さない。

 離すつもりも、ない。


「結婚しよう。ずっと、一緒にいよう」


 フュノの瞳から涙がぽたぽたと何粒も零れ落ち――フュノも、人へと姿を変える。


「……ゼロン……様……」


 ふらりと、ゼロンに向かって引きずるように足を踏み出すフュノ。


 鮮やかだったフュノの青い髪は、闇のように黒ずんでいる。足を踏み出す毎に、ゼロンが一度引き剥がした黒い靄が、再び全身から溢れ始める。

 本能に再び取り込まれそうになる中、フュノは意識を失わないよう、必死で堪えていた。


 ゼロンが両手をさらに広げて、もう一度その名を呼ぶ。


「フュノ、おいで」

「ふ……うぅっ……ゼ……ゼロン……様……!」


 フュノは顔をぐしゃぐしゃに歪めて、ゼロンの腕に飛び込んだ。

 ゼロンもしっかりとフュノを抱きしめて、フュノの頭をそっと撫でる。


 優しい手。懐かしくて、愛しい手。

 ゼロンはフュノの頬につたう涙を拭うと、フュノの耳元で囁いた。


「ごめんね、フュノ。契約なんて、無くて良かったんだ。

 ずっとそばにいて……ボクと、一緒にいて」


 『一緒にいよう』

 無理だと分かっているはずなのに、何度かゼロンに囁かれた言葉。

 返事なんかできなかったけど、何よりも嬉しかった言葉。


 フュノは目を開いて、ゼロンを見上げた。

 その青い瞳は涙でぐしゃぐしゃだけど、はっきりと光が灯る。


 ゼロンの髪がふわりと揺れる。

 その表情も、今にも泣きだしそうな顔をしていた。


 ゼロンはそっとフュノの瞼に、口づけをする。


「フュノ、愛しているよ。

 もう二度と、ボクから離れないで」


 フュノが何かを言うよりも先に――。

 ゼロンはフュノの言葉を遮るように、その唇に、口づけをした。



 ――その瞬間。



 フュノのつま先から頭までの――全身の鱗が、剥がれ落ち、空高く舞い散った。


 フュノの中で暴走をしていた『魔素』と『聖なる力』が、完全なる融合を果たす。

 その新しい力は、フュノの身体を改めて再構築する。



 闇のように黒ずんでいたフュノの髪は、鮮やかな銀色へと生まれ変わる。

 ふわりと靡いた細い髪が、青く、銀色に輝いた。


 フュノを纏っていた靄も消え、全てが落ち着きを取り戻した頃――フュノは、ゆっくりとゼロンを見つめ、口を開いた。


「わたしも……ゼロン様を、愛して、います。

 ……隣に、いさせて、ください」


 そこには、いつものフュノの笑顔があった。


 風に乗って『聖なる大地』の声がゼロンに届く。


《元気に、生きて。

 今度こそ、大切に……さようなら、愛しい子》


 その声が、大地の摂理から外れたフュノに届くことはなかった。

読んでいただきましてありがとうございます!

さらにフュノさん大変身です。


明日残り分を更新して、完結予定です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。