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32.大地の懺悔

 何度その名を呼んだのか分からない。

 喉ももうカラカラだ。


 それでも、ゼロンの声が、フュノに届く事は無かった――。



 フュノに流れている魔素は、ゼロン自身の魔素に近い。

 それなら何かしらの干渉はできるだろう……と何度か接触を試みてみたのだが。それに複雑に絡み合う『聖なる力』が、ゼロンの干渉の邪魔をする。


 『聖なる力』は、ゼロンにとっては対極の存在。まさに、『水と油』。

 何一つ、ゼロンにはその勝手が分からない。


 さらにその力は、蓄積されていた魔素量と、同等以上と思われるほどの、膨大な量。簡単に、フュノへ干渉をさせてくれそうにはなかった。


「一体……フュノのどこに、こんな力が……」


 しばらくフュノと一緒にいたゼロンではあるが、フュノがこんな力を隠し持っていた片鱗すら、これまで感じた事は無かった。


 もし、フュノが普通にこの力を持っていたとしたら――。

 フュノが、この力を自由に使えていたとしたら。


 フュノは確実に、最弱竜などではなかっただろう。桃色の聖竜をも上回っているはずだ。

 

 さらに、フュノは『テイム』という特殊能力も持っている。

 物心つく頃には他の聖竜達を『テイム』して、ゼロンに出会うよりもっと前に『聖竜王』になれていたかもしれない。



 そこまで考えて、ふと、ゼロンは違和感を覚えた。


「待て。もしかして……これは、逆なのか?」


 むしろ、フュノは『聖竜王』になるからこそ、『テイム』という能力を持って生まれて来たのではないだろうか。

 そう考えた方が、色々とつじつまが合うような気がする。



 湧き上がる疑問を抑えきれず、ゼロンは宙に向かって語り掛ける。

 フュノが気になって仕方がないのだろう。ずっと近くで様子を伺っている事は、わかっていた。


「答えろ、『聖なる大地』。そこにいるのだろう。

 フュノは……何故『テイム』を持っている?」


 ゼロンの言葉に応じるか、一瞬戸惑いが感じられたが……。

 『聖なる大地』は、ゼロンに応じた。


◇◇◇


 『ごめんなさい、わたしの、愛しい子』と、まず、『聖なる大地』は自分の行いを懺悔した。


《……こんな事に、なるはずでは、無かった》


 そう。


 全ては、大地が青竜を愛した事から始まっている。

 こんなはずでは、無かったのだ。


《あの子は、とても素直で、優しい子》



 竜王は必ず四体の子供を――竜王候補を産む。

 これまで歴代の後継者争いも、全て四体の竜王候補により行われてきた。


 四体の竜王候補達は、最後の一体となるまで、候補同士で争い殺し合う。

 後継者争いなくして、竜王は決まらない。



 だけど。フュノは、とても優しい竜。

 『聖竜王』となる力を持っていても、姉達を遥かに上回る力を持っていても。

 大好きな姉達を、殺すことなど、できはしない。


 姉妹同士で戦う事を、心から悲しむ、優しい子。



《だから。わたしは、あの子に『テイム』を授けた》



 竜王候補となる姉達と、戦う事もなく、殺す事もなく。


 相手を傷つけずに『完全なる戦闘不能』にできる、唯一の能力。

 それが、『テイム』という能力。


 『聖竜王』となる時、あの子が苦しまないように。

 あの子が、悲しまないように。


 『聖なる大地』は、フュノに『テイム』を授けた。


◇◇◇


「そういう、事か」


 フュノは驚くほどに、最弱の竜だった。


 それなのに……何故、最弱竜のフュノが、身の丈に合わない『テイム』という能力を持っているのか。


 その弱さ故に、他の竜を『テイム』する事は叶わない。竜以外を『テイム』したとしても、後継者争いにおいては、何の役にも立ちはしない。

 いわば、宝の持ち腐れだった。


 フュノと出会ってから、それがずっと謎だった。


 それが、今になって、初めて合点がいった。


 そもそも、フュノは最弱竜などではなかったのだ。

 『聖竜王』に一番近かったからこそ、フュノは『テイム』を与えられた。


 そのフュノが、何故最弱竜までになってしまっていたのか――。

 『聖なる大地』は、さらに懺悔を続ける。


◇◇◇


《……だけど、それが逆に、あの子を苦しめてしまった》


 その能力に気付いた他の聖竜達は、フュノを恐れ、陥れ、苦しめた。

 フュノが成長を始める前に、フュノの成長は、人知れず止められた。


 誰よりも先に、後継者争いで脱落するように、謀られた。


《あの子は、『テイム』以外を、全て封じられた》


◇◇◇


「……やはり、あの聖竜達か……」


 ゼロンが、ギリと奥歯を噛み締める。

 だが、そのゼロンの怒りを『聖なる大地』は否定する。


《いいえ。これは、あの子を愛した、わたしの罪》


 聖竜の中で、唯一『特別な力』と『特別な能力』を持って生まれた、青竜フュノ。

 大地がフュノを愛してしまったからこそ、始まった悲劇。



 ゼロンは『聖なる大地』を、鼻で笑う。


「ふん。お前達『大地』は、それが罪だとでもいいたいのか」


 『大地』が犯した罪には、ゼロン本人にも心当たりがある。

 ゼロンも、『魔の大地』から愛されているのだから。


 『テイム』のような気の利いた能力は与えられなかったが、他の魔竜達から見れば、ゼロンの能力は異質だろう。

 何より自分が一番良くわかっている。ゼロンには、ほぼ万能の能力が与えられているのだから。


 小さい頃から、他の魔竜達がどのように自分を倒し、『魔竜王』を目指せるのか、疑問で仕方が無かった。


 結局、これも同じ話という事だ。

 『魔竜王』になるのは、最初から『魔の大地』から愛されているゼロン以外にない、というだけの話だったのだ。



 『竜王という存在は、大地の一部となる』と、以前、現魔竜王は言った。

 だからこそ、大地は愛する子を特別待遇し、同じ罪を繰り返し犯していた。


◇◇◇


《そして、これは、新たな罪》


 ゼロンの手がふんわりと温かく優しい光に包まれ、そこに青い光球が現れる。


「……これは?」


《それは、『聖なる力』。わたしの、愛しい力》


 その青い光球から、確かに聖竜フュノの気配が感じられる。

 これはまだ純粋な聖竜だった頃の、フュノの『聖なる力』そのものだろう。


《『魔の大地』の愛しい子。あなたにとって、それは毒となる》


 『聖なる大地』と『魔の大地』は、お互い干渉してはならない。それが、『大地の摂理』。

 本来であれば、『聖なる大地』は魔竜であるゼロンと話をする事も、力を与える事も許されていない。


 その摂理を無視してでも。

 新たに、罪を犯してでも。


《……あの子を、助けて》


 ゼロンは、静かに嗤う。

 『聖なる大地』というのは、常にゼロンが欲しいモノを与えてくれる。

 知識も、フュノも、力すらも。


「ああ。心配ない、安心しろ。

 それに……。フュノがボクの毒になることは、ありえない」


 『聖なる大地』に頼まれなくても、命を掛けてでも、フュノは助ける。

 ゼロンは迷う事なく、その青い光球を飲み込んだ。


◇◇◇


 体内に取り込んだ『聖なる力』が、ゼロンの中で広がっていく。

 『聖なる力』を取り込んで、初めてわかった。これは吸収したり、浄化できたりするようなモノではない。水に浮かぶ油のように、ただそこに留まり、身体を揺蕩うモノだ。


 ゼロンの身体に、確かにフュノの存在を感じる。

 『聖なる力』が揺蕩う場所。そこにフュノが居るようで、愛おしい。


(ああ……。そういう事だったのか)


 『聖なる力』の仕組みは、粗方理解できた。

 そして、ゼロンの魔素を大事に取り込んでいた、フュノの気持ちも――。

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後継者争いは出来レース

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