31.ゼロン様の正体
ゼロンの姿を確認した魔竜達が、一斉に安堵の息を漏らした。
後継者争いにおいては最大の敵ではあるが、今、この場においては何よりも頼もしい。
魔竜達の溶けた翼は回復が遅く、この調子だときっと数日間は空を飛ぶ事が叶わない。
逃げる事もできず、何の攻撃も届かない。ただ怯える事しかできない。魔竜達の戦意は既に失われている。
フュノから執拗に狙われ、魔竜の中でも一番深い傷を負っているヒャクマが、ゼロンに叫んで助けを求める。
「ゼ……ゼロン!それ、お前の青竜だろう!?
お前、何とかしろよ……!」
ゼロンがピクリと反応し、ヒャクマを一瞥した。
ヒャクマが過去、フュノに執着していたことも、殺しかけたことも忘れないし、それを許すつもりはない。
だが、既にヒャクマはフュノに執着していない――寧ろ、その存在を怯えて、『ゼロンの青竜』と認識している、その姿は小気味良い。
ゼロンは上機嫌に、目を細めて嗤う。
「ヒャクマ、どうしたの? 随分と賢くなったね?
やっと正解。あれは、ボクの竜なの」
そんなゼロンとヒャクマのやり取りを聞いて、聖竜達が目を見開く。
『ゼロン様』。
その名前を、つい今しがた、聖竜達は聞いた。
フュノは鈴を守り、確かに『ゼロン様』と呟いた。
シュウカが呆然と、その名を呟き、確認をする。
「ゼロン……?……は?……ゼロン様?」
「……嘘……でしょ……?」
まさかフュノの思い人である『ゼロン様』は、この銀竜だとでも言うのか。
魔竜の中でも、異常とも言える銀色の魔竜。過去の戦いで、聖竜達もその力は痛いほど実感している。
あの時、コハルたちにとって不幸中の幸いだったのは、銀竜が殆どフュノを追い掛け回していたので、自分達への害が少なかったという事。一番被害にあったのはフュノのはずなのだが。それなのに、一体どこに惚れる要素があったというのか。
(まずい、ですわね……)
だけど、この予想が正しいのだとしたら……。
フュノを追い詰めた聖竜達を、銀竜が無事に逃がしてくれるだろうか。
魔竜達とは真逆に、聖竜達はゼロンを警戒する。
ゼロンはそんな聖竜達に気づくと、低く唸り声を上げた。
「随分お久しぶりですね、『お姉様達』。
ねえ。ボクのフュノに、何を、したの?」
聖竜達は、そのゼロンの視線の威圧だけで、言葉を失う。
フュノだけではない。これは銀竜ゼロンも敵に回したのだと、即座に理解する。
逆に、聖竜達の青褪めた様子で、ゼロンも状況を察する。
『聖なる大地』はフュノを『愛しい子』と呼んだ。
その『聖なる大地』がフュノを手放さざるを得ないほどの状況を、この聖竜達は作ったという事だ。
このまま見逃すつもりは無いが、傷の状況から見て、聖竜達がこの場から逃げきれる事はないだろう。
「もし……フュノの意識が戻らなかったら、全員殺してあげますね。
絶対…………許しませんから」
低い声で――嗤うゼロンに、聖竜達は声にならない悲鳴を上げた。
◇◇◇
(さて……どうしようか)
ゼロンは振り返ると、冷静にフュノを分析する。
聖竜とも魔竜とも言えない。暗闇に沈む、青い竜。
全身から魔素の気配が滲み出ている。この魔素は、ゼロンの魔素に近いものだ。
魔素はフュノの体内で浄化していると思っていたが。やはり、『水と油』。浄化はできていなかったらしい。
魔素と同時に、聖なる力の気配も滲み出ている。これまでのフュノの力とは比べ物にならないほどに強い力。
これまで、この力がフュノのどこにあったというのかも分からない。
『聖なる大地』は、フュノを大地から解放したと言った。
解放されたことで、聖竜という存在ではなくなったフュノの身体は、もう魔素を拒む事は、無い。
これまでどこかにフュノが隠し持っていた『聖なる力』と『魔素』。
大地から解放された事で、それらが融合を果たしたものの、制御できずに暴走をしている……というところだろうか。
(これは、上手くすれば……)
今はそんな状況ではないと分かりつつ、喜びと興奮で、ゼロンは顔が引き攣るのを止められない。
これでフュノは『魔の大地』に入る事ができるのかもしれない。
(やはり、『大地の摂理』から外れた事に、感謝すべきだな)
だが、全てはフュノが正気を戻した後の話だ。
◇◇◇
ゼロンは銀に輝く尻尾を振り上げると、勢いよくフュノに叩きつけた。
砂埃が一面に舞い上がり全ての視界を塞ぐ。地が割けるかの轟音と共に、フュノの身体が後ろにぐらりと揺れる。
フュノはその衝撃に耐えきると、高らかな咆哮と共に、青黒い光線を吹き出した。砂埃で視界を塞がれ、標的を見失っているフュノは、手あたり次第広範囲に光線をまき散らす。
光線に触れただけで、雲は一瞬で消滅し、地面はマグマのように赤く溶ける。
ゼロンはそれを器用にヒラりと躱して、フュノの後ろに回り込む。
再度、ゼロンはその尻尾を大きく振りかざすと、フュノを後頭部から叩きつけた。
フュノは前にぐらりと倒れ込みそうになったが――片足をつき、その場に踏みとどまった。
(これは……想像以上だな)
ゼロンは、最近フュノが自ら魔素を吸っている事を知っていた。実際はタルマウスに『あまり吸われすぎて体調を崩さないように』と注意をされて、気付かされのではあるが。
最初の出会いから考えると、フュノの体には相当な魔素が蓄積されている。
その『魔素』と、同量の『聖なる力』が融合されているのだとしたら。
さらに、『足し算』ではなく、『掛け算』で融合されているとしたら――。
今は暴走をしているおかげで、攻撃は粗く、能力も使いこなせてはいないようだが。
おそらく、間違いないだろう。
――今のフュノは、ゼロンに匹敵する。
ゼロンは生まれて初めて、内心で冷や汗をかいた。
◇◇◇
意識を失い本能のままに戦うフュノは、粗いながらも全力で攻撃を仕掛けてくる。
そこには、一切の躊躇いもない。
一方、ゼロンはこれ以上フュノを傷つけられない。
戦いは長引く一方だった。
これ以上長引かせても、フュノを苦しめてしまう。
ゼロンは覚悟を決めると、自身の尻尾に強力な電流を通す。
「フュノ……、ごめんね。少しだけ、我慢して」
ゼロンは一瞬目を瞑り、深くフュノに謝った。後で正気に戻ったらしっかりと抱きしめてあげよう。
(だから……お願いだから、正気に戻って――)
ゼロンは電流を帯びる尾を、全力でフュノに叩き込んだ。
その衝撃でフュノは吹き飛び、数十メートル先の地面にめり込む――。
電流で麻痺をしたのか、脳震盪を起こしたのか。
フュノの動きが、止まる。
「……フュノ!」
ゼロンが、その名を叫ぶ。
だが。ゼロンの叫びも空しく。
フュノは、再びゆらりと立ち上がると、虚ろな瞳でゼロンに立ち向かう。
(やはり声が届かないか……。一体、どうすれば……)
ゼロンはフュノに反撃させまいと、立て続けに電流を帯びた尾でフュノを投げ飛ばす。
致命傷は与えないように、意識を戻すための手立てを探しながら。
ただひたすらに、ゼロンはフュノを投げ飛ばしては転がした。
◇◇◇
魔竜と聖竜達は、遠くでフュノを転がし続けるゼロンを眺めていた。
ゼロンは、おそらく殆ど能力を使っていない。ほぼ直接攻撃だけで、フュノが攻撃を出せないように、タイミングを見計らって飄々と転がし続けている。
その姿は、フュノ以上に、恐ろしい化物に見える。
ナツキが、たまらずに呟く。
「フュノ……。その男の、一体……何を気に入ったの……」
銀竜には敵対するだけ、時間の無駄。
全員、改めて戦意を喪失した。
読んでいただきましてありがとうございます!
ラストまで、もうひと踏ん張りです!




