30.身勝手な願い
コハル達は全員聖竜の姿に戻り、『フュノらしきモノ』と戦った――のだが……その力は、異質で、圧倒的過ぎた。
聖竜達の攻撃は、何一つ『ソレ』には届かない。
『ソレ』が咆哮と同時に吐き出した光線に触れた瞬間。聖竜達の翼はドロリと溶け、地面に転がされた。『聖なる大地』へ逃げ込もうにも何故か空間は開かず、聖竜達は地上を逃げ回る事しかできなくなった。
『ソレ』が軽く手を払えば、巻き起こる風は幾重もの鋭い刃となり、聖竜達を極限まで切り刻む。
死なないように、動けないように。じっくりと。
『ソレ』は、聖竜達で遊んでいるようだった。
「……フュノ……フュノっ!?」
シュウカとナツキが交互にその名を叫ぶが、『ソレ』には届かない。
その瞳に、光はない。
意識を失い、本能だけがその身体を支配していた。
例え、声が届いてフュノが意識を取り戻したとしても。聖竜達の行動を振り返ると、話し合いは叶わないのかもしれないが。
◇◇◇
「おい……なんだ、コレ」
突然、空から聞き覚えのある声がした。
嫌な予感と共に、コハルが力を振り絞り、上を向く。
「……何故、あなた達、が……」
そこに居たのは、コハルの想像通り。三体の魔竜だった。
黒竜セントと茶竜ヒャクマは、予定通り黄竜リオクと合流。打倒桃竜に向けて、コハルを探していた。
途中、妙な気配がして興味本位で急行してみたところ。そこに居たのは、竜の形をした『ソレ』と、殆ど力尽きてしまっている聖竜三体だった。
「おい、アレ何だ?……やばいだろ」
黄竜リオクが、じり、と空中で後ずさる。
『ソレ』が何かは分からないが、嫌な空気が渦巻いている。これ以上、近寄ってはいけない、頭の中で警鐘が鳴る。
「……聖竜……?……いや、魔竜なのか?」
この世に存在する竜は、聖竜か魔竜の二種類。それ以外の竜は、存在しない。
だが目の前の竜は、おそらくどちらでもない、理を外れた竜。
この竜に関わってはいけない。聖竜達に構わずこの場を離れなければ。魔竜達は本能的にそれを察し、踵を返そうとしたのだが――。
『ソレ』が、再び咆哮した。
それが攻撃なのだ、と気付く間も無く。聖竜同様、魔竜達の翼はドロリと溶け、全身から力が抜ける。
飛ぶ力を失った魔竜達は、聖竜達のいる地面へと叩きつけられた。
「は……早く、『魔の大地』へ……!」
セントが叫び、『魔の大地』へ逃げ込むべく宙に触れる。
普段なら、そこに大地への空間が開く、はずなのだが――。
宙を空振りしたヒャクマが焦り、叫ぶ。
「マジかよ!空間が開かねえ!?」
大地への空間が開かない。
それは聖竜達も同様だった。『聖なる大地』へ逃げられるものなら、既に逃げている。
それは、二つの大地が、何者かの侵入を拒んでいるかのようだった。
これまで見た事もない、異形な竜。魔竜と聖竜が揃って攻撃をしても、一切歯は立たない。
唯一、この異形の竜と渡り合えるであろう、銀竜ゼロンは、ここには居ない――。
『ソレ』が、ヒャクマに気づいて目を細める。
意識を持たないはずの『ソレ』の目が、ニィ、と嗤う。
「ひ……うそだろ……」
吸い込まれるような空虚な瞳だが、その瞳に、ヒャクマは見覚えがあった。
その事実に、背筋がゾクリと冷える。
「おい……。まさか……。
これ、あの青竜なのか……?」
嘘だろう、と。ヒャクマの足が小刻みに震える。
ヒャクマは、気づいてしまう。
聖竜側の理由はわからないが、少なくとも『魔の大地』への空間が開かないのは、ヒャクマが原因だ。
青竜フュノは、茶竜ヒャクマに相当な恨みがある。
異形な竜となった青竜フュノが、ヒャクマをここから逃がすまいとしている。
よく気づきました、と言わんばかりに。もう一度『ソレ』がヒャクマを見て、目を細めて嗤った。
ヒャクマは近くに転がるコハルの喉元を掴み、叫ぶ。
「アレ、何なんだよ!?聖竜ってこうなっちまうのか!?き……聞いたことねぇぞ!?」
コハルもヒャクマの手を振り払い、ヒステリックに叫ぶ。
「知らないわよ!もぉ半分魔竜みたいなモノじゃない!
あんた達の仲間でしょ!?
あんた達がっ……!あんた達が、何とかしなさいよ!」
ヒャクマとコハルが罵り合う姿を、『ソレ』はどこか楽しそうに見つめていたのだが――。
ふと、何かに気付き、空を見上げた。
『ソレ』が低く唸る。
――その視線の先に、銀色に輝く竜がいた。
◇◇◇
「……フュノ?」
ゼロンは、その竜を見た瞬間。『ソレ』はフュノなのだと理解した。
かなり見た目が変わってしまっているが、愛しい竜。間違いようがない。
(一体、何が起きた……?)
ゼロンは冷静に、状況を俯瞰した。
聖竜とも魔竜とも言えない。異形な竜に姿を変えているフュノ。
だが、まずはフュノが無事だったことに、安堵する。姿など、二の次だ。
遠目ではあるが、幸いにも怪我をしていないようだ。
フュノに対峙しているのは、聖竜三体と魔竜三体。
桃色の聖竜とヒャクマが何か言い争ってはいるが、残り二体の聖竜は殆ど力尽きて動けそうもない。
リオクとセントも翼を失い、戦意を喪失して呆然としている。
(いや、今はフュノが先だ……)
ゼロンが大地に降下をしようとした、その時だった。
《……の……子》
風に交じるように、声が届く。
「――?」
《……『魔の大地』の……愛しい子……》
ゼロンは一旦その場に留まり、空を見上げる。
「誰だ……?」
声は確かに聞こえた。幻聴などではない。
これまで聞いたことのない声ではあるが、魔竜王に似た雰囲気の、親近感を覚える声。
これは『大地の意志』だと理解する。
だが……その声には、フュノの――聖竜の気配も感じられた。
「まさか……『聖なる大地』、なのか?」
今度ははっきりと、その声が聞こえる。
《わたしは、あの子を愛するもの》
ゼロンはそれを、肯定と受け取った。
だが、『聖なる大地』が、対極の存在である魔竜に、果たして何の用があるというのか。
ゼロンの疑問を無視し、『聖なる大地』は続ける。
《あの子を、全てから……大地から、解放しました》
「……解放……?」
フュノが『聖なる大地』から解放された。それは、フュノが聖竜という呪縛から逃れたという事だろうか。
『聖なる大地』が、何故そうしたのかは分からない。
だが――そうか。
だから、フュノは聖竜の姿を失っているのか、とゼロンも理解をする。
《勝手な事を言って、ごめんなさい。
それでも……あの子を、助けて。大事な、愛しい、あの子を》
ゼロンは『聖なる大地』の言葉に、ふ、と笑う。
ここにゼロン同様、フュノを愛する存在があったとは。
だが、もう『聖なる大地』にも、フュノを渡すつもりはない。
フュノは、誰にも渡さない。
「安心しろ、『聖なる大地』。
フュノは、必ず助ける。……ボクの、大事な竜だ」
《……ありがとう……『魔の大地』の愛しい子……》
礼を言うべきは、こちらかもしれない。
フュノは、もうお前にも返さない。
◇◇◇
ゼロンは大地へ降り立つと、『契約の鈴』を見つけて拾い上げた。
力を失い、鈍く光る鈴がカラカラと鳴る。
所々、鈴に血が付いている。
異形の竜ではない――聖竜フュノの、血だ。
怪我が無いように見えたが、聖竜達にやられたのか。
姉達を信じてこの場に来たのに、裏切られたのか。
どれだけ悲しみ、辛い思いをしたのだろう。
泣き叫ぶフュノの姿が、脳裏に浮かび鈴と重なる。
聖竜達は許せないが、『聖なる大地』が言う通り、まずはフュノを助ける事が先決だろう。
それに……聖竜以前に、事の発端は全て『大地の摂理』にある。
「確かに……身勝手な願いだな」
ゼロンは力を失った鈴を握りしめ、フュノの前に立ちはだかる。
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