28.最弱竜の真実
「あはは!本当に、何の心配もなかったわね!?」
ナツキはフュノを片足で踏みつけて見下ろしていた。
竜に戻らない限り、フュノが『テイム』の能力を使えない事を、姉達はよく知っている。
自分達が『テイム』される事を恐れるあまり。小さい頃からフュノには、何度も、あらゆるパターンであらゆるモノに『テイム』をさせて、実験をしてきたのだから。
フュノは姉達に遊んでもらっていると勘違いしていたようだが。姉達からすると、あれは死活問題で、遊びではなかった。
フュノは蹲り、首元の鈴を強く握りしめる。
例え竜に戻ったとしても、姉達に勝てはしない。でも、竜に戻らないと逃げ切れる可能性もない。この状況は、殆どヒャクマの時と同じだ。
ヒャクマの時と違うのは、姉達はフュノと同じ聖竜なので『聖なる大地』へ逃げ込んでも意味がないという事。
ナツキはフュノを足で拾い上げると、ボールのようにコハルに向かって蹴り上げた。
コハルも蹴鞠のように、足で器用にフュノを受け止める。
「うふふ。フュノ。小さい頃から何もできない竜でしたけれど。
本当に、最後まで何もできない竜でしたわね。
お前がわたくし達と同じ聖竜だとは、考えたくもないですわ」
ヒャクマからは、猫がネズミを甚振るように、遊んでいる間に死んだのなら仕方がない、そんな程度の殺意しか感じられなかった。
だが。今この姉達からは、確実なる殺意を感じる。
(……怖い……ゼロン様)
わたしは、姉達に何か悪い事をしてしまったのだろうか。
何故、ここまで憎まれていたのだろう。
後継者争いが始まるまでは、仲の良い、大好きなお姉様達だったのに。
フュノは無心に『契約の鈴』を握りしめ、それを守った。もし、姉達の気まぐれで、この場を生き延びる事ができれば、城に戻る事ができれば。
鈴がある限り、ゼロンの傍にいる事が許される。
「うふふ。ねぇ、フュノ?あなた、何を庇っているんですの?」
だが、それすらも、コハルに気づかれてしまった。
抵抗して首元を守るフュノの手を、コハルは力強く引き剥がす。腕力でもコハルには勝てない。コハルの力に負け、フュノの手が契約の鈴から離れる。
「……ふぐぅうっ!……い……やっ!」
鈴を守りきれない事に、悔しくて悲しくて。フュノは涙が止まらない。
フュノが庇っていたものは、銀色のチョーカーと、小さな銀の鈴だった。
それを見つけたコハルが、にっこりと笑う。会ってからずっと皆この笑顔だ。傀儡のように表面だけで、皆、何も笑っていない。
「ねぇフュノ?この小汚い鈴が、どうかしたのかしら?」
コハルは長い爪をチョーカーに引っ掛けて、グイと上に持ち上げた。フュノは、もう体に力が入らない。チョーカーに引きずられるままに、フュノの体も持ち上がる。
『チョーカーが切れて、鈴が持ち主の体から離れても、契約を破ったことになる』
――ゼロンは、以前そう言っていた。
「や、やめ……ゼ、ゼロン、様……」
このままではチョーカーが切れて、契約が破れてしまう。
とても大事にしてきたものが、姉達に壊されてしまう。
聖竜達は、銀竜の名前を知らない。
フュノが呟いてしまった聞きなれない名前に、ナツキは目を丸くした。
「……はあ? ゼロン?
何?あんた、男でもできたわけ?」
コハルが、ギリ、とチョーカーへ爪を立てる。
銀のチョーカーに、ピシリと直線状に切れ目が入った。
◇◇◇
コハルは、誰よりもフュノを嫌っていた。
皆に力が弱いと思われている、哀れな末っ子の青い竜。
この青竜さえ、生まれてこなければよかったのに、と。
コハルは、フュノを恨んでさえいた。
ナツキとシュウカが持つ力は、生まれた時から、コハルに遠く及ばなかった。
『聖なる大地』から愛されているのは、力を与えられたのは、自分だと。
コハルは、そう考えていた。フュノが生まれるまでは――。
フュノが生まれた瞬間、コハルは、そうではなかった事を悟ってしまう。
フュノは『テイム』という能力を持って生まれてきた。
それは唯一無二の、希少な能力だという。
『聖なる大地』に愛されているのは、自分ではない、フュノだ。
このままフュノが成長すると、姉妹全員、確実に『テイム』をされる。
後継者争いも何も関係ない。既に、『聖竜王』は確定しているようなものではないか。
『聖なる大地』はフュノを愛し、選んだのだ。
そう悟った瞬間。
コハルは、姉妹にも――母親である聖竜王にすら隠している、自らの呪師の能力で、フュノに深く複雑な呪いをかけた。
聖なる力を押さえつけ、自由に使わせない、最悪の呪いを。
その呪いは何年もの間フュノを蝕み続け、ここに立派な最弱竜は完成した。
あの時、コハルがフュノに呪いをかけなかったら。
フュノは既に『聖竜王』になっているかもしれないし、呪いの力が無くとも最弱竜になったのかもしれない。
それを確かめる術は、もはや、無い。
確かなのはフュノが生まれた時、フュノは『聖なる大地』に愛されていた事。
フュノが、コハルから『聖なる大地』を奪った事。
誰からも愛されず、竜一匹すら『テイム』できない、孤独な最弱竜になればいい。
その呪われた目標は、いつしかコハルの生き甲斐となっていた。
◇◇◇
それなのに。
孤独な最弱竜のくせに、男ができたという。
許せない。ありえない。
姉妹からも、何者からも愛されず、孤独に死んでこそ、価値が出る竜のはずなのに。
コハルの心に憎しみが吹き溢れ、チョーカーを強く両手で握りしめると……力一杯、それを引き千切った。
チョーカーが切れ、フュノを支える物が無くなり、その小さな体が地面へと落ちる。
同時に鈴がはじけ飛び――空中で『ちりん』と鳴った。
「…………っ!!」
――『契約は、破棄された』。
それが、フュノにも、わかった。
「……そん……な」
フュノは残った力で地面に転がる鈴へにじり寄ると、そっとそれを拾い上げる。
鈴はただ鈍く光るだけで、何の反応もない。
フュノは初めて……壊れた人形のように、泣き叫ぶ。
「うるっさいわね。これで終わりにしましょう。ナツキ、シュウカ!」
「はい、コハル姉様ッ!」
「あはは、これでやっと……!」
ナツキもシュウカも、これ以上フュノの『テイム』に怯えたくはない。これでやっと『テイム』の恐怖から解放される。
コハルの指示で、三人同時にフュノへと手を翳す。聖竜達の手の先に、鋭く光り輝く槍が幾本も出現し、一斉にフュノに向かって飛ぶ。
フュノは逃げる事も忘れて。ただ、ひたすらに泣いた。
全身に聖竜達の光の槍が突き刺さるが、心が痛すぎて苦しすぎて、体が痛いのかどうかもわからない。
ただ、力を失った鈴が、手からこぼれ落ちた。
これでもう、ゼロンの元には戻れない。ポチともタルマウスとも、もう会えない。
ゼロンの城で過ごした日々は、優しくて、幸せで、楽しくて、特別な日々だった。
口にすると悲しくなるから、お互い何も言わなかったけど。
言葉なんてなくても、気持ちは伝わっていた。
とても。皆が。ゼロン様が。大事に、大切にしてくれた。
……じわり。
フュノの中に、初めて黒い感情が生まれる。
――もう終わり。全部、終わり。終わっちゃった。
この理不尽かつ、非情な姉達のせいで。
理解をしたくもない、聖竜という存在のせいで。
『こいつら、全て、この世から消してしまいたい』
フュノは黒い感情を爆発させ、地響きより低く、深く、吠えた。
読んでいただきましてありがとうございます!
知らないってこわい。




