23.ポチの進む道
フュノは、ポチと庭園でまったりとお茶を飲んでいた。
ゼロンからは勝手に城から出ないよう命じられているが、フュノには特に城の外に用事も無い。
たまにメイドに交じって掃除や洗濯をしたり、井戸端会議に参加したり。ポチの部屋で、回収したコレクションを愛でる事が最近の日課となっていた。
天気が良い日は、こうしてポチと一緒に庭園でお茶を飲みながら流れる雲を見つめている。
何の脅威も無い。何に怯えなくても大丈夫なんて、これほど贅沢な時間は無い。
庭園には色とりどりの花が咲き、豊かな香りが広がっている。澄んだ空気と入り混じり、フュノの心を癒してくれる。
ゼロンがこの場所を気に入っていると言っていたが、それもよくわかる。
そんなゆったりとした時を過ごしてはいるが……フュノの心の奥底には、何かが引っ掛かっていた。
あの日……ゼロンが、フュノからヒャクマの魔素を取り出してくれた時。
薄れゆく意識の中で、ゼロンが『魔竜王にならない』と言った気がしてならない。
(気のせいであれば良いけど……)
ゼロンはフュノの恋焦がれる存在でもあるが、同時に憧れの『竜』でもある。
『竜王』とは、その大地の頂点に君臨する、神聖なる存在。そして、竜王の子供である『竜』とは、竜王の座を本能的に求める存在。
フュノは未熟な竜ではあるが――それでも『竜』として。憧れの魔竜ゼロンが、『魔竜王』にならない未来は、考えたくもなかった。
自意識過剰であれば良いのだが。もしフュノのせいで、ゼロンが『魔竜王にならない』と言ったのであれば……自分が、ゼロンの邪魔しているのであれば、それは絶対許せることではない。
そんなフュノの気持ちに気付くことも無く。ポチは、雲を食べてしまうかのように、「ワフゥ」と大きく欠伸をする。
最近季節の変わり目で、ポチは換毛期に突入している。足でカシカシと頭を軽く掻いただけで、その白い毛が中庭全体に舞う。
ポチの部屋に置かせてもらっている、フュノのコレクションが毛だらけになっている事に気づいた時、フュノはポチの全ての毛を刈り取ってやろうかとも考えた。
フュノは忍ばせていた大きめのブラシで、ポチの毛繕いを始める。白い巨大オオカミのブラッシングは、かなりやり甲斐のある作業だ。
ポチはブラッシングが気持ちよさそうに、もう一度大きく欠伸をすると、目を細めて尻尾を揺らす。
「そういえばさ。結局、ゼロン様とフュノって、今どうなってんの?」
一時期、ポチは二人の仲が進展したと思ったのだが。その後は平行線を辿っているように見えていた。
実は見えない所で進展している……とも考えてはみたが、フュノがそれを隠すとは思えない。もし進展したら、きっと毎日ポチへ状況を語ってくれるだろう。
フュノにはそんなポチの質問の意図がよくわらず、一瞬キョトンとする。
「どうもこうも、何もないわよ?
もちろんゼロン様は凛々しくて素敵だし、最近神々しさも増している気がするけどね?」
フュノはゼロンの姿を思い浮かべると、楽しそうに全身を使ってブラッシングを続ける。
結構な重労働だが、最近は城内に引き籠ってばかりだったので、久しぶりに体を動かすのは気持ち良い。
実際、あの日以来、フュノはゼロンが『魔竜王にならない』と言い出してしまうのではないかと、怖くて何も聞けないでいた。これでは、二人の仲が進展するはずもない。
ゼロンの事は大好きだし、その存在自体が憧れだ。
そんなゼロンに、聖竜のフュノが近くに居る事を許可されている。それだけで、フュノは十分満足だった。
フュノが寝る時に、ゼロンは城内の魔素と密度が合うように適量の魔素を流し込んでくれる。
その優しさを身近に感じられるだけで、フュノの心は締め付けられるように満たされる。
強いて、不満があるとするならば――。
最近フュノは、自分自身が魔素に慣れすぎた事に、物足りなさを感じている。結局、ヒャクマの魔素は浄化ができなかったが、ゼロンの魔素であれば、今やフュノの体は瞬殺で浄化してしまう。
ストーカー気質が濃いフュノ視点では、これでは何か物足りない……むしろ、もっと魔素に苦しみたい。
その結果。ゼロンが寝静まった後、フュノは自主的にゼロンの魔素を吸い込むまでに成長した。これを、フュノの中では『直魔素吸収』と命名している。
フュノが魔素を吸いすぎて、ゼロンが体調を崩してしまってからは、少し量を控えるようにしているけど。しばらく止められそうにもない。
進展がないと言われた事に、ポチは寂しそうに「ワフゥ」と鳴く。
「結構二人、いい感じだと……思ったんだけどなあ」
フュノは、はた、とブラッシングの手を止めた。
「そっか。ポチは知らないんだ」
タルマウスは元々『魔の大地』から来たというし、たまに見せるあの複雑な表情は色々と事情を知っているのだろう。
しかし、ポチは『魔の大地』に近い『狭間の大地』のモノ。大地の制約を知らなくても、不思議ではない。
フュノはブラシに絡まった毛を丁寧に取りながら、自分にも言い聞かせるように、ポツポツと話し始める。
「わたし達のように『聖なる大地』のモノは『魔の大地』に入れないの。
逆に、『魔の大地』のモノは『聖なる大地』には入れない。
『大地の摂理』っていうヤツらしいのだけど、それ以上の理由は、よくわからないわ」
フュノは毛を丸めると、ポンと空に放り上げる。
「わたし達は生まれつき、対極となる大地の力を全く持っていないの。
その大地の力を持たないモノが、その大地に入ろうとすると……拒まれて、弾かれちゃうのよ」
聖竜フュノは、対極である『魔の大地』の力を全く持っていない。
『魔の大地』はその力を持たないモノを、受け入れない。
つまり、聖竜フュノが無理に『魔の大地』へ入ろうとしても、『魔の大地』はフュノを受け入れず、弾き出す。
ポチは尻尾を止めて、フュノを見上げた。
「それって……」
フュノは頷いて、再びブラッシング作業に戻る。
「だからゼロン様とは、いつか……お別れなの」
「そんな……!」
フュノは全てを説明しなかったが……ポチはそれを理解し、衝撃を隠さなかった。
今現在。最強魔竜ゼロンは、何故か『狭間の大地』で建国して、争いとは無縁に一国の王を演じている。
そんなゼロンだが、いつかは必ず、魔竜王の後継者争いに戻る日が来る。
その時、ゼロンが他の魔竜達に負ける事はありえない。間違いなく、ゼロンは『魔竜王』になるのだろう。
『魔竜王』となった竜は『魔の大地』に戻るのが『大地の摂理』。
その後『魔竜王』は、『狭間の大地』には二度と戻れない。
いつか、『聖竜王』側の後継者争いも再開される。
『魔の大地』へ付いて行く事が許されず、『狭間の大地』へ一人残された最弱竜フュノには、その先、生き残る術もない。
尻尾を垂らし悲しそうに鳴くポチを、フュノは優しくブラッシングをして慰める。
フュノは、ずっと前から……自分には、能力も力も無いのだと、気づいた時から。既に、その覚悟はできている。
「ありがとう、ポチ。わたしは、大丈夫だから」
フュノは、『聖竜王』には絶対なれない。
それなら、今、この時を大事に……悔いが残らないよう、ゼロンの魔素を目一杯吸いまくった方が良い。
ちなみに、ゼロンはフュノの『直魔素吸収』に気付いていないようだが、感の鋭いタルマウスはきっと気付いているのだろう。今朝、『これ以上、ゼロン様の体調崩させるようなことをしたら、許さないわよォ』とか怒られた。
タルマウスの怒った顔を思い出して、フュノが笑う。
「今、わたしの周りに、ゼロン様も、ポチも、タマちゃんもいる。
こんなに素敵な時間を生きたのよ? ……もう、十分」
フュノが、ポスンとポチの体に顔を埋める。
覚悟はできているが。
十分だから、もう大丈夫だと、何度も自分に言い聞かせている。
「フュノ……」
ポチは元気なく尻尾を振った。
ずっと、タルマウスが微妙な顔をしていた理由が、やっとわかった。
――『その時』。
タルマウスがどうするのかは分からない。多くのモノは『魔竜王』となったゼロンと共に『魔の大地』へ渡るのだろう、と思う。
(だけど、俺は……。フュノの最期まで『狭間の大地』に残ろう。傍で見届けよう……)
ポチは、フュノには言わずに……そう、心に決めた。
◇◇◇
「……何だ?」
ポチが鼻をヒクヒクと動かす。
庭園の花の香りに交じって、これまで感じた事のない、妙な気配がする。
「ポチ、どうしたの? …………えっ!?」
フュノも、『ソレ』に気が付いた。
庭園を泳ぐように、ヒラヒラと舞う、1頭の蝶。
珍しい――桃色に輝く、蝶。
「……コハル姉様……?」
桃色の蝶は、迷う事なくフュノの手の甲に降り立った。
読んでいただけましてありがとうございます!
洗濯物についてしまうので、換毛期のブラッシングは中庭でもやってはいけません。




