22.竜達の集い
『聖なる大地』
そこは常に光に満ち溢れ、美しく輝く大地。
『聖なる大地』に生きるモノ達は、『聖竜王』を神として崇め、その恩恵を授かる。
次世代の聖竜王候補は、美しい竜の四姉妹。優雅に、かつ仲睦まじく空を舞う竜姉妹の姿は、『聖なる大地』の皆に愛される、有名な光景だった。
――後継者争いが始まるまでは。
◇◇◇
『聖なる大地』の聖竜王の城。
次女・緑竜ナツキは落ち着きなく庭をうろついていたが、突然頭を掻き毟ると叫び声を上げた。
「野蛮な魔竜!信じられない!」
ナツキは、黄色の魔竜に奇襲を受け、危うく命を落とすところだった。
正々堂々と戦ったら、黄竜とは、まだまともに戦えたはずだ。開戦早々、ナツキは突然黄竜に翼を絡み取られ、海へと叩きつけられた。
黄竜は事前に水中呼吸の準備をしていたようだが、ナツキは突然の事でもちろん何の準備も無い。海中で息もできないナツキに、執拗に溺死を狙ってくる黄竜。
それは、ナツキにとって無様な負けだった。屈辱の中、早々にナツキは『聖なる大地』へと逃げ込んだ。
ナツキ同様に、三女・橙竜シュウカも庭で頭を抱えて叫び声を上げる。
「ああっ、茶竜もネチネチと面倒な竜でしたッ!」
何とか茶竜から『聖なる大地』へ逃げ戻り、しばらく眠りについていたシュウカだったが。茶竜にやられた傷も、大分癒えてきている。
シュウカはぎりぎりまで茶竜を押していたが、一瞬の隙をつかれて茶竜に逆転されてしまった。
逆転された後の、性格が歪んだようなネチネチとした茶竜の甚振り方は、思い出しただけでも身震いがする。
ナツキとシュウカは、『聖なる大地』で合流していた。
この二体は元々後継者争いでも、手を組んでコハルを倒そうとしていたぐらいは仲が良い。強い力を持つ長女・コハルと、何の力も持たない四女・フュノの間で、『普通の聖竜』である二体は、妙に馬が合った。
――そこに、ふわりと柔らかい声が聞こえてくる。
ナツキとシュウカはその声の主に向かい、揃って嫌な顔をする。
「ふん。魔竜に負けるなんて、みっともないですわ」
長女・桃竜コハル。
優位に黒色の魔竜を追い詰めていたが、あと一歩という所で黒竜が『魔の大地』へ逃げ込んでしまった。
聖竜は『魔の大地』には入れないため、これ以上は追いかけられない。
黒竜の事は一旦諦めて他の姉妹たちの状況を探った所、ナツキとシュウカが魔竜に敗れて『聖なる大地』に戻っているという。
他に気になる情報もあったので一旦ナツキとシュウカに合流をしようと、コハルも『聖なる大地』へと戻ってきていた。
「……コハル姉様」
あまり歓迎されている様子でもないが……いつもの事なので、コハルも気にはしない。
ふわりと桃色の髪をかき上げて、ナツキ達を鼻で笑う。
「これでは後継者争いも、やるだけ無駄ですわね?」
そのコハルの態度にカチンとして、今にも掴み掛かろうとするナツキとシュウカ。だが、コハルは冷静にそっと手を出して、二人を制止する。
後継者争いでもない限り、コハルには逆らわない方が無難。まして『聖なる大地』での争いは禁じられている。
争う場所は、『狭間の大地』。これは大地で決められた最低限のルールだ。
コハルを何とかしたいが……今ここで暴れる事は無駄だと理解している二人は、一旦心を落ち着かせて素直にコハルに従う。
コハルは腕を組んでその様子を見ていたが――。
二人が落ち着くと、コハルはその表情を曇らせた。あの気になる情報を、ナツキとシュウカにも共有しておいた方が良い。
コハルは羽のついた扇子を広げ、口元を隠して二人だけに聞こえるよう、そっと耳打ちをする。
「……フュノが、まだ生きていますわ」
「なんですって!?」
「うそでしょッ!?」
想定外の事態に、ナツキとシュウカが大声を出してしまう。コハルは、しっと指を口に当てて、二人を制止する。
姉達全員、既にフュノは銀竜に殺されているものだと思っていた。まだフュノが生きている理由がわからない。
銀竜とのあまりの力の差に、フュノが怯んで未だに戦いを挑めずにいるのか……それとも――。
沈黙を破るように。
シュウカが何かを思い出して、指をパチンと鳴らす。
シュウカにとって嫌な記憶ではあるが、今は希望の光となるかもしれない。
「あたしと戦っていた茶竜のヤツが、あたしを追い詰めながら言ってたよ!
あたしを殺した後、聖竜を仕留めた事を銀竜に自慢しに行ってやるとか何トカ。
もしアイツがフュノを見つけたら、きっと放ってはおかないよ?」
しかし、それを聞いたコハルが、信じられないと目を見開いて頭を抱える。
「そんな……信じられませんわ……詳細は分からないけれど。
茶竜は、致命傷を負って『魔の大地』へ逃げ戻っていますわ……」
衝撃の事態に、ナツキがゴクリと喉を鳴らす。
「まさか……フュノが……?」
――沈黙が三人を襲う。
これは、聖竜達にとって、まずい事になった。
きっと、フュノは怯えて銀竜に戦いを挑んでいないのではない。確実に、魔竜と渡り合える力をつけているのだろう。
銀竜と戦う中で強化されたのか、何か新しい能力を開花させてしまったのか。
茶竜は、決して弱い竜ではなかった。
例えコハルでも、茶竜に致命傷を負わせる事は、簡単な事ではない。
――このままだと。三人とも、フュノに『テイム』をされてしまう。
その結末だけは、避けないといけない。
おずおずと、シュウカが手を上げて、姉達へ提案する。
「ま……魔竜より、先にフュノじゃないかナ?」
シュウカの意見に、ナツキも賛同する。
「そ、そうよ!今ならまだ間に合うかもしれないわ!
このままだと……手遅れになるわよ!?」
コハルは少し考える素振りを見せたが――実際、考えるまでもない。
姉妹達の言う通り。手遅れになる前に、やるしかない。
扇子で口元を隠してはいるが……コハルは嗤っていた。
「そうですわね……『テイム』で後継者争いに勝つなんて、正々堂々としたやり方ではありませんわ。
あれは、神聖なる『聖竜王』の座を、侮辱する能力ですわ」
コハルが適当な理由をつけて自分達の行為を正当化すると、聖竜姉妹三人は声を潜めてフュノを呼び寄せるための策を練り始める。
◇◇◇
『魔の大地』
そこは常に闇に包まれた、静寂なる大地。
『魔の大地』に生きるモノ達は、『魔竜王』を神として崇め、その恩恵を授かる。
『魔の大地』側でも、争いに敗れた二体の魔竜――黒竜セントと茶竜ヒャクマが合流していた。
ヒャクマの傷はまだ完全に癒えておらず、火傷の跡が生々しい。
ゼロンの白銀の炎は、幸いなことに『魔の大地』まで届かなかった。ヒャクマは命からがらゼロンの攻撃から逃げ延びる事ができていた。
だが、ゼロンに受けた傷の治りは異様に遅い。着実に回復は進んでいるが、まだ全回復までには数日かかりそうだ。
「アイツ信じらんねーよ! この状況で、俺に本気で攻撃したんだぜ!?」
ヒャクマはゼロンに対する怒りを爆発させている。だが、それと同時に、あの並外れた力に恐怖すら感じていた。
セントもこれまで、ゼロンが力を隠しているのだろうということは感じていた。しかし、ヒャクマに聞いた事が全て事実だとしたら、その力は想像をはるかに超えている。
セントは、冷静に次の一手を考える。
黄竜リオクが、その狡猾さで早々に緑竜を倒していると噂に聞く。
兄弟の中でも、末っ子のリオクは妙に性格がねじ曲がっている。あまり関わりたくはないが、今はリオクと合流するのが正解だろう。
「ゼロンは後回しだ。まず邪魔な聖竜を潰そう」
ヒャクマはセントの意見に頷きつつも――聖竜、青竜、ゼロン、と連想してしまい、あの恐怖に改めてゾクリと背筋を冷やす。
「ああ、それには賛成だが……聖竜でも『青竜』は危ない。
青竜に手を出すと、確実にゼロンがくる」
普段強気だったヒャクマの豹変ぶりを見て、セントもゼロンに警戒せざるを得ない。
ヒャクマの話を聞く限り、今後ゼロンが兄弟達に対してどう出てくるか分からない。
そもそもゼロンなら、聖竜も魔竜も関係なく、一体で全てを一掃できる可能性すらある。未だにゼロンがそれをしない理由も、よくわからない。
「わかった。まずはリオクと合流して、桃竜を倒そう」
桃竜は、聖竜の中では一番強い、とセントは確信している。
逆に、桃竜さえ潰してしまえば、あとはどうにでもなる。何故ゼロンが青竜に拘るのかは分からないが、青竜は何の脅威にもならないくらい弱かったはず。
最悪、その存在を無視した所で、何の害もない。
「ああ。リオクの所へ向かう間に、俺の傷も癒えてくれるだろうよ」
こうして、魔竜三兄弟は桃竜コハルを倒すべく立ち上がる。
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