21.銀竜の嫉妬
「全く……気に入らない」
突然ゼロンに『気に入らない』と言われ、フュノは慌ててゼロンを見る。
フュノにはゼロンに対して後ろめたい事は何も無いつもりなのだが、知らない間に何かやらかしてしてしまったのかもいう不安で、じんわりと泣きそうになる。
実際に色々と……心当たりもありすぎる。
これは一刻も早く頑張って、ヒャクマの魔素を浄化できるようになった方が良いかもしれない。頑張ってどうにかなる話なのかは、分からないけど。
不安そうなフュノの視線に気づいたゼロンが、フュノを軽く抱きしめて優しく笑う。
「大丈夫。フュノの事ではないよ」
「よ、良かったです……。私、何かやってしまったのかと……」
ゼロンがそのフュノの勘違いに苦笑して、フュノを落ち着かせるように頭を撫でると、フュノも満足そうな笑顔に戻る。
そんなフュノを見ていると、ゼロンの心も釣られて温かくなるが――その反面、指先に感じるヒャクマの魔素に対して、苛つきが増す。
(……気に入らないな)
ゼロンはもう一度、心の中で呟いた。
「大丈夫です!わたし、頑張ってこの魔素消してみせますから」
フュノが、ふんと両手を曲げて、鼻息荒く意気込む。
このヒャクマの魔素が心臓に残る限り体調は戻らないし、ゼロンの機嫌も悪くなるのであれば、やっぱり頑張ってこれを浄化してみるしかない。
だが、フュノの意気込みも空しく、ゼロンはそれを簡単に否定する。
「多分、それは出来ないと思う」
ゼロンの魔素が消える事態の方が不自然なのだから、フュノが頑張ってどうこうできるものでもないはずだ。もし、本当にフュノが魔素を消せる珍しい体質なのだとしたら、既にヒャクマの魔素も消えているはず。
消すこともできず、猛毒のように、フュノの体を蝕むヒャクマの魔素。
何故だか、ヒャクマはフュノに妙な執着を示していた。これがヒャクマの意図的なマーキングのようにすら、思えてくる。
――ゼロンの心の奥底で、何かがモヤっとする。
(これは……許せないな)
ゼロンにはこの自分の感情が、何なのか分からない。だが、このモヤモヤとしたヒャクマへの苛つきが、収まる気配はない。
指でヒャクマの魔素を追いかけているおかげで、色々と『仕組み』が分かってきた。少し複雑ではあるが――ゼロンの能力であれば、これを分離できるかもしれない。
「大丈夫だよ。ボクが、取ってあげる」
「……え?」
『そんな事、できるんですか?』
フュノに、そう聞く間も与えず。
ゼロンはフュノの身体を少しずらして胸を優しく持ちあげると、心臓に一番近い場所へと口づけをした。
「……ゼ…………ひゃぁ……っ!?」
(なななななッ……どぉぉおおっ!?)
想定外に刺激の強い非常事態に、鼻血がこみ上げる。フュノは声にならない悲鳴を上げ、慌てて鼻の付け根を押さえると仰け反り上を向く。
今鼻血を吹き出すと、ゼロンの綺麗な銀髪へ、全面的に鮮血を降りかけることになる。
それだけは絶対ダメだ。死んでもダメだ。もし鼻血が綺麗な銀髪に着色してしまったら、フュノもこの先、生きていけない。
しばらくして、ゼロンは胸元から口を放すと、フュノの頭を自分の肩に預けさせるようにそっと抱え込んだ。その体制で、ゼロンはフュノの胸元を見つめる。ゼロンは何かを待っているようだった。
鼻の付け根を力強く押さえているフュノとは正反対に、その金色の瞳は真剣そのもので、それが成功したのか、じっと様子を見守っている。
鼻血が落ち着いた頃、フュノもゼロンに倣い、自分の胸元を覗き込んでみると――。
「……ひぃぇ!?」
その場所からじんわりと、茶色く濁った光球が排出されていた。
自分の胸から得体の知れないモノが出てきている様子は、見ていて気持ち良いものではない。
フュノはソレを見ないように、「うへぇ」と天井を見上げて目を瞑った。
茶色く濁る光球がフュノから全て抜け出ると、それはころりと落ちた。ゼロンは空中で光球を受け取ると、ほぅと息を吐く。
できるかどうかはやってみないと分からなかったが……無事に、ヒャクマの魔素をフュノから分離させることに、成功した。
成功したことに、ゼロンがほっとしたのも束の間……手の中の光球が、『あの時』のフュノとヒャクマの姿を、ゼロンに思い起こさせる。
最強魔竜であるゼロンにとって、ヒャクマの力など足元にも及ばない。だけど、あの時。ヒャクマに心臓を貫かれて、目に見えて生気を失っていくフュノの姿に、ゼロンは何一つ、体を動かす事はできなかった。
フュノを助ける事ができたはずなのに……ゼロンには、あの時、何もできなかった。
ヒャクマの歪んだ嗤いが、脳裏に浮かぶ。
あの時……フュノが、ヒャクマに奪われた。そう、思ってしまった。
ゼロンは、無言で光球を握ると、それを分解した。
握り締めた手を、険しい顔をして睨みつけるゼロン。状況に追いつけないフュノが、その様子を心配して、ゼロンへ話しかける。
「ゼロン様、今のは一体……おおっ……えぇぇ!?」
心臓から違和感が綺麗に消えている。それに気が付いたフュノの声も、次第に驚きの声へと変わる。
パタパタを胸の辺りを触ってみるが、そこにはもう何の違和感も残っていない。
どういう仕組みかは分からないが、茶色い光球がヒャクマの魔素だったという事で間違いないだろう。
フュノはゼロンの腕に包まれた状態で、違和感が取れてスッキリしたことを単純に喜んでいるが……ゼロンは握りしめた手を、まだ緩められなかった。
手の中には、ヒャクマの感触が、まだしっかりと残っている。
このヒャクマの魔素が、フュノを苦しめていたかと思うと……フュノの中に居たのだと考えると、それがどうしても許せない。
あのヒャクマの嗤いが、頭から離れない。
(自分で思っていたより……ボクの心は、狭いらしいな)
「ゼロン様……?」
手を見つめて自分の感情に戸惑うゼロンの視界が、突然、フュノの顔に遮られる。
フュノは無言になったゼロンを心配して覗き込んでくれたらしいが、その顔はすっきりとした表情そのものだった。
フュノの瞳は、既にヒャクマの事なんてすっかり忘れて、純粋にゼロンだけを見つめている。
ヒャクマに感情を捕らえられているのは、フュノではない。ゼロンの方だ。
「……ふふ」
ゼロンは自分の感情に驚いたが……それに、自然と笑いがこみ上げてきた。
フュノといると、自分の新たな一面を発見できる。これまでも、そうだった。
ゼロンはこれまで自分では気付いていなかったが、嫉妬深くて心は狭いし、独占欲も強いらしい。
突然笑い出したゼロンに、フュノがキョトンと首を傾げる。
ゼロンがフュノの頬に触れると、フュノはくすぐったそうに、目を細めて笑う。
ゼロンの中で、はっきりと感情が解放された。
もう、この感情を隠す事も、押さえる事も、したくない。
フュノは二度とヒャクマに渡さないし、絶対この先手放さない。
ヒャクマがその魔素をフュノの心臓に残した事も、許さない。その場所に居るのは……フュノの心を満たすのは、ゼロンであるべきなのだから。
「ごめんね、フュノ。少しだけ、苦しいかも」
「……はい?」
「でも……どうしても許せないんだ。ごめんね?」
ゼロンに突然謝られて、フュノは何を言われているのか分からないままに――。
ゼロンはフュノを優しく押し倒し、もう一度フュノの胸に口づけをする。
まるでヒャクマの魔素があった場所を自分の魔素で埋めるように、今度はフュノの心臓へ自身の魔素を送り込む。
「な、な、ゼ、ゼ、……ゼロン……様……?」
それは、ヒャクマのものとは違う――フュノにとって慣れ親しんだ、いつもの、大好きな魔素。
聖竜の体に良くないのは分かっているけど、甘い匂いがして、フュノには拒めない。
「……ゼロン……様……多い……」
ゼロンが、送り込んでいる魔素を止める気配がない。流石に、フュノの意識もぐらりと揺らぐ。
口づけによる直魔素なんて最高級のご褒美ではあるが……心臓への直魔素は、体への負担が大きい。
そんな事、ヒャクマの一件でゼロンも分かっているはずなのに、ゼロンはそれを止めなかった。
「ゼロン、様、……も、もう……ダメ……」
強引に魔素を流し込んでいるようにも見えたが、それなりに魔素を調整してくれてはいるようで命の危険はなさそうではあるが……そろそろ限界。
これ以上は、フュノが意識を手放してしまう。
ゼロンは朦朧とし始めたフュノに気づくと、そっと胸元から口を放す。
「フュノ……ずっとボクのそばに居て」
フュノは朦朧とする世界で……嬉しくて、泣きそうで、苦しくて、歪みそうになる顔を、無理やり笑顔にしてみせた。
フュノは力を振り絞って、その両手でゼロンの頬を挟む。金色の瞳に、フュノの下手な笑顔が映り込んでいる。
「……ゼロン様は……魔竜王に……なるお方……です」
『だから、一緒には、いられないです』
フュノも、いずれゼロンが『魔の大地』に戻る事を理解している。
聖竜であるフュノが、その大地へ入れない事も。この先、自分が迎えるべき運命も、全て理解している。
ゼロンは自分の頬に触れるフュノの手を握り返す。その顔は、とても穏やかだ。
「大丈夫。ボクは、魔竜王にはならない」
既にフュノには魔素が深く浸透しており、その視界は暗い。
ゼロンの言葉は、悲しいほどに嬉しいけれど。
自分のせいで、ゼロンが魔竜王にならないなんて、そんな選択肢が存在してはいけない。
「……絶対……、は……ダメ……」
フュノの意識が遠のく――。
「もう、決めたから」
遠い意識の中で、ゼロンと唇が触れあった気がした――。
読んでいただいてありがとうございます!
ゼロンさん万能タイプの魔竜です!




